テイク11 予想外

『待っておったぞ』


 画面の前でえっへんと偉そうに仁王立ちする神がいた。嗣は嫌な予感を感じ取る。

 もうここで自分の人生は終わりなのだと。高校生までという短い人生だった。神の自信ありげな表情を見てそう思う。


「そうか。分かった」

『随分と潔いんじゃな。薬、効いていないのか?』

「うーん、多分効いてんじゃない? 俺もよく分からん。違うイライラな気もするけどね。でも足掻いても無理だったから関係ない。どうせ俺は死ぬ運命だったということだろうし」

『かもじゃな』

「そ。いいやとりあえず早くしてくれ」

『急かすな。お前はいつも我が儘ばっかり。まったくじゃ』


(そう言えば、死ぬってなんだろう。どうやって……? いや野暮な考えは止そう)


 死なんて一切考えたことなかった。誰にも悲しまれることなく、自分は死んでいく。悲しいことだけど、不思議と涙は出なかった。


 それどころか何もない自分の人生に思わず鼻で笑っちゃうほどである。


『何がおかしい?』

「いや、別に? それより早くしなくていいの?」

『おおお、そうじゃったわ。言ってくれてありがとな、じゃはは』

 

 嗣の言葉で思い出したらしい神は画面外で作業を始めている。うるさい作業音が聞こえてくるのであっているだろう。ただいつまで待っても画面に現れてこないのだ。


『あれ? あ、ありゃ? あーえっとー、こうして、ああしてあれー? あれれ?』


 嗣はニヤリと口角を上げた。

 これから起こる出来事は神の反応からして想像に難しくない。ガチャガチャ、と言う音がより一層激しさを増していく。もしも機械を扱っているのだとしたら壊れててもおかしくないほどに騒がしいのである。

 一体何をしているのやら。


「あれ? 神様? どうしたの? 大丈夫? あれ? あれれ? もう時間ないんじゃない? あれれ?」

『お前、分かって言っておるだろう? 図に乗るなバカが!』


 さっき笑われた仕返しとばかりに嗣は神に煽り口調を使い出す。神はわざわざ画面に顔を出しに来てまで怒り顔を見せにくる。工具のような物を手に持って何かやってるようだ。


 あんなバカな神を見ていると、別に死についてとか、今は難しく考えなくていいんじゃないかなって思う。なんていうか、あんなバカでも神やれてるんだって思って割り切った方がいいというか、まあ死ぬ時はみんな死んでしまうからね。動けなくなるまでは自分のしたいをすれば、少しは後悔だって減らせるかな。


 いつの間にか気持ち面でも楽になって、嗣はいつもの調子を取り戻す。

 あの神のことだ。またやらかすだろう。そう軽い気持ちを持つことにした。


「はい! 時間切れーーー、どんまい神様。まあまた一人で頑張っててね」

『くそおおおおおおおおおおおおおお。本当に時間切れじゃないかあああああああ』


 適当に時間切れと言ったはずだったのに、丁度嗣が告げた時間と本当の時間のタイミングが一緒だったようだ。


「あはははははは、やっぱり神様バカにするの面白いや」

『貴様ああああああああああああ、わしをバカにするかあああああああ。不敬罪じゃああああああああああああああああ』


 不敬罪を知ってるんだと、少しだけ神を見直した嗣は現実世界へと戻っていく。

 まあほんのちょっと見直しただけだけどね。あとは別に何も感じない、無である。



———



「さて、てことでただいま戻りました。現実世界」


 同じことを繰り返していては何より本人が一番飽きてくる。自分のためにもそろそろ突破口を開かなければならないわけだ。


 幸い嗣には考える頭がある。頭を使いさえすればどうにだって出来るだろう。

 確かに何度も馬鹿な死を晒してきたが、何も考えずに行動していたわけではない。こう言うのは全て経験だ。

 たとえば誰に話しかけることで死ぬのか。誰に話しかければ生き伸びるのか。どういった条件で死ぬのか。それらを考えた上での行動もいくつかあったのだ。


 彼女らはいつでも告白できる訳だがそれでも全然してこない時もある。間違いなく条件が存在するのだろう。

 それと敵だと思っていた男子生徒たち、彼らも嗣の態度次第では仲間に引き入れることが可能なのではないかと思い始めていた。


 モテているからこそ彼らに寄り添いさえすれば自ずと勝利は見えてこないだろうか。それらがただの理想に終わるか現実に終わるかは今後の嗣の対応次第ではなかろうか。

 難しい選択を迫られることになるだろう。一歩間違えば死の崖っぷち。だが崖っぷちを楽しんで、モノにしてこそ大物になれると言うものだ。


 椅子に括りつけられながら嗣は冷静を装った。新しい試みをしようとしている。実際は心臓バックバクだ。これがうまくいけばここから出られるのだから。


「誰か男子、聞いてくれないか? 俺は女子に興味ないんだ」

「家泉! そうなのか!?」

「おお、雄介なら分かってくれるか?」


 畔戸雄介くろとゆうすけとは言い合いになるほど喧嘩したが、過去を忘れているので、ボロクソに言った過去も水に流された状態だ。


 生きたい、生きたい、と心臓がどくどく言っている。ここは慎重に言葉を選ぶのが賢明だろう。


「俺はみんなを一番に考えている」

「嗣、分かってるよ。俺はお前が好きだから。だからな——」


 僅かに間があって、


「俺たちと付き合わないか?」

「は?」


(あ、いやいや男子からの告白なんて無効だ。そんなはずは。そんなはずは……)


 男子を代表して畔戸から告白を受けた嗣本人は数秒事態が飲み込めず固まった。


「あははははっは、男子に告白されて死ぬなんて可哀想にね」


【バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン】


 嗣の死の直前誰かが笑った。

 まるで嗣が死ぬのを歓迎、喜んでいるみたいに高らかに笑ったのだ。

 その笑いは凶器となって嗣の心を突き刺した。

 全てが狂わされてしまったのだ。完全に想定外である。起こった予想外、でも誰かは爽快に笑う。


 この中に校長と同じ或いは似た能力を持ちながら、嗣に敵対する輩が現れたのではないか。或いはそれ以上の存在か。

 今までそれさえ隠していたと言うのだろうか。


 しかし嗣はそれを確かめる術も、隙もなくそのまま死んだ。

 真実も闇のまま、嗣は闇へと帰還したのだった。

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