テイク8その3 希望

(うわっ!! 女子!!! 何でここにっ!?)


 扉を開ける音が後ろからして嗣は体を捻って振り返る。


 安心していた嗣は肩をびくりと浮き上がらせ、急いで立ち上がった。二人だけだと油断していれば自分を殺す敵が目の前にいたからだ。さすがに焦る。誰でも焦る。やはり油断してしまうとこのゲームは一瞬で自分を破滅させてしまうのだろう。改めて思い知らされた。


「大丈夫だ。彼女が君の味方、仲間さ。まあひとまずお茶でも飲んで落ち着きたまえ。ずっと緊張しぱなしだっただろう?」

「あ……ありがとうございます」


 ソファーに合わせてか低い木の机に、氷とお茶の入ったガラスコップが置かれていた。水滴がコップに付着しているのは中身が冷たい証拠だろう。


「お茶」の文字を言われて一度意識すると、喉が飲み物を欲しがり出す。ごくんと喉をならすとそれを持ち上げた。

 嗣はコップの底を上げて、お茶を一気に喉へと流し込む。冷たいお茶が喉を潤した。ただの麦茶なはずなのにいつもより美味しく感じられる。それは生きるために努力したからだろう。これまで四面楚歌であったが、必死に生き残ろうと努力してきた。


「さ、白銀しろがねくんも立ってないで座って寛いでくれ」

「はい、失礼します」


 確かに白銀と呼ばれたその少女は嗣を前にしても何の反応も示さない。少し警戒していたが杞憂だったようで何よりだ。

 

 それよりも——。

 彼女の姿に嗣は顔を赤らめる。今まで女子を見ても全く意識していなかったと言えば嘘になるが、死ぬようになってからと言うもの、命が優先だった嗣は女子を見ても恋愛的感情を抱くことはなかった。しかし彼女を直視してそれは崩される。彼女は異次元の可愛さを兼ね備えていた。


 佇まいも全部含めて彼女は素晴らしい。


 水色の艶やかなロングヘアーに雪のような白い肌。髪の一箇所が二つ編みされているのが彼女によく似合う。高校生っぽくない大人びた顔立ちはこの殺生な世界に生き延びてきた賜物なのかと思わされてしまう。

 そして彼女の瞳はオレンジ・ジルコンと呼ばれる宝石だった。瞳は宝石以上に輝きを放っており、嗣さえ何度も魅了する。


「えっ!?」

「ど、どうしたんだい? 白銀くん」

「いえ、本当に彼が私のことを好きじゃないのかどうかの確認です」


 ぼーっと惚けていた嗣の右隣に何の躊躇いもなくピッタリくっつくような形で座るもんだから嗣は思わず体をのけぞらせた。

 白銀はソファーに手を置いて前屈みになってから嗣に顔を近づけた。美しい澄んだ瞳が嗣を見上げている。


 彼女の行動は嗣の甘い考えを払拭するようなそんな大胆な行動だ。

 嗣も彼女の言動によって恋愛感情を一切捨てきらなければならない、と思い改めるきっかけにもなった。なんせ嗣はその感情を持つことで、命の危機があるのだ。だからたとえ好きな女子が出来たとしてもその感情を押し殺さなければならないのである。


 辛いがそれは生き残る術の一つでしかないだろう。


「それはどういう?」

「あなたに私の耐性があるかどうかの確認です。あなたに身を委ねて死にたくないので」

「あれ? それって俺と……」

「ああ、そうだよ。君たちは同じ境遇なのさ。だから君たち二人で助け合ってほしいと思ってね。って白銀くんにもさっき説明したんだけどねー」

「すみません、それでも死ねないので慎重になってしまうのです」

「理解しているとも。特に白銀くんはもう死ねないらしいね……そうだ、君はかなり死んでたよね? やっぱり君も死ねないのかい?」


 え、白銀はもう死ねない? いや、それが普通なのだろう、本来ならば。

 嗣が特別なだけなのだ。


「先に名前から。俺、家泉嗣って言います。かれこれ五回以上死んでますが、神との取引? でまだ死ねる回数はあると思います。いつ本当に死ぬかわかりませんが」

「何それ。私と待遇全然違うじゃん。……私は白銀累空しろがねるいあ。私はあなたと違って最初の一回、チュートリアルと言われた分だけ死んでここに辿り着いたのに。あなたとはやっぱり一緒にいられない。私の命が危うくなるもの」

「まあまあ。白銀くん、事態を分かり合えるそういない仲間だ。君も孤独を感じていたのではないのかな?」

「そう、ですね……。失礼しました。ただ私はまだ死ねないのです。私にはまだやりたいこともありますから」

「まあここは安全圏だ。二人ともここで休んでおきなさい」


 嗣はそんな校長佐々木の一言に救われてもう一息ついた。彼ならば信用できる。同じ目的を持つ仲間まで紹介してくれた。そんな彼に感謝の念が絶えることはない。


 だけど、ドアが力一杯叩かれる大きな鈍い音がして、もうここに居られないのだと嗣はもちろん、白銀も悟ったことだろう。彼らの異常さをまだ知らない校長だけは


「何事だい!? 何の音かね!?」


 と驚きを隠せない様相であったが、まあ今までのことを考えれば当然というか、むしろ今まで何事もなかったことを褒めるべきだろう。それだけ神に冒された彼ら、彼女らの思考はもう終わっている。

 

 二人は落ち着き払った感じで背伸びしながら徐にソファーから立ち上がった。二人は共通の敵を持つ仲間。


「ここも危険らしいですね」

「そう、みたいね」

「何のことかな? どういうこと?」

「「彼女(彼)らが来ます」」


 二人ともよーく理解している。だから真剣そのものの声が被った。白銀は一回しか死んでいないらしいが、それでもかなり苦労して校長室までやってきたのだろう。校長に事態を伝えようとする努力が身振りと口調から感じられる。

 

「鍵がかかっているのになのかな?」

「ええ、間違いなくぶち破ってくるのでしょう」

「そうだな。ここも安全じゃなくなる。逃げないとな」

「そうか、もう少し話を聞きたかったが、それなら仕方ないね〜。そっちが塞がれているのならちと出口には遠ざかってしまうが、校門の反対側、運動場に出るこっちの扉から出ると良いよ」


 校長佐々木は確実に二人の一番の理解者だ。二人の危機的状況を理解しているからなのか、白銀に恋愛感情を持つこともなく、嗣に嫌悪感を抱くこともしてこない。この人が神であるべきなのではないかと思うほどである。


 二人は外に繋がっているらしい扉の前に立ったのだが、どう見てもそれは壁一面の本棚だ。校長机の後にはぎっしりと難しそうな本が並んでいるだけである。

 しかし校長が青色の本の一冊を押し込んだ。すると本棚全てがゆっくりとスライドしていく。


 あれ? ここって異世界かなんかだっけ?


 その機能を作ったのはただの校長の趣味らしいのだが、とても丁寧な作りには驚かされた。それはちゃんと校長が自費にて密かに工事したらしい。関係者にも相談した上であり問題もないのだと言う。本当かどうかを確かめる術はないが、親切にしてくれる校長は信じて良いのではないだろうか。

 

 男のロマンと呼ぶべき秘密基地のようなものを造れるのはとても羨ましい。やってみたくても現実的に難しいそれをやってのける実行力のある人には素直に尊敬の念を抱く。


 遅れて校長も音と目視でドアが破られかけているのに気が付いたようだ。


「確かにもう厚いはずのドアが破られそうだね。まだ全然何も聞けていないが、また会って話せることを願っているよ。頑張ってくれ、何も出来なくてすまないね」

「いえ、お茶美味しかったです。ありがとうございました」

「私も少しでしたが匿って貰えて休息出来ました。ありがとうございました」

「私はまだ何もしておらんよ。二人ともどうか無事でな。本当はついて行ってでもして二人を助けたいのだがね。私が若い二人についていくのは足手纏いにしかならないのが残念で仕方ないよ」

「お気持ちだけでとても嬉しいです。学校にはもう味方もいないのだと諦めておりましたから。本当にありがとうございました」


 人の優しさに久々触れることが出来た嗣は嬉しくなり何度も校長に頭を下げた。

 彼以上の優しさを誇るものはこれ以降には出てこないのではないのかとさえ思える。それくらい校長は神対応だった。


 二人はそれぞれの外靴を持ち、校長に続いて運動場側に出る。

 

 校長室の構造を知る者は生徒は愚か、教師だってそうそういないだろう。運動場側には誰も先回りしてきた様子なく姿はない。一先ずは安心だ。

 だけど校門で多くの生徒が待ち構えているのではないだろうか。それを潜り抜けて学校から出ねばならない訳である。それはなかなかの苦行になるだろう。まだ死ねる可能性を持っている嗣ならまだしも、白銀にとって簡単に死の雑踏に踏み込めるものではない。それは最早自殺行為と言っても過言ではないだろう。


「野球グラウンドに緑の高いネットあるだろう?」

「はい、ありますね」

「そこの一番右の高いポールの裏、押してみるといいよ。そうすれば道が開ける」


 有力な情報を校長から手に入れた。嗣の通う学校は大きく、普通の運動場と野球グラウンドとサッカーグラウンドが横に並んでいる。そのうちの野球グラウンドに校長室のような仕組みがあるらしいのだ。


 校長に見送られて教えられた野球グランドへと、二人は向かった。希望という名のその道が近づいてくる。













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