テイク8その2 出会い

(よし!!!! 取り敢えず成功だ。もう油断はしない、何ならここからだ)



【キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン】

 

 チャイムが鳴った。


 生徒の動きが教室または移動教室にて拘束される。これはチャンスだろう。

 意外と長い休憩時間が終わり、ここからは嗣の無双時間が始まる。と言いたいが実際どうなるかは不明である。それがゲームの醍醐味だろうか。

 ただのゲームならまだしも本当に死んでしまう今全く味わいたくないのだが。


 嗣は死にたくないという強いから慎重に足を廊下に擦りながら前へと進む。早く行った方がいいと分かっていながら、緊張で足が竦んでしまう。


 さっきはちょっと歩いた、そう今まさに嗣が歩いている場所で声を掛けられ死亡した。どこから声を掛けられるかもわからない。首を大袈裟に振りながら前も後も警戒を怠らないようにする。どうしても死にたくない。

 既に何回も死んでて説得ないけれど、本当に死にたくない気持ちだけは人一倍にある。


(油断は出来ないがまあ授業中だしな。大丈夫だろう)


 油断は一つもしていない。寧ろ気を張っている。

 あったとするならば、それは油断ではない。


 ——抜けだ。気を張っていても奇襲などには反応するのはかなり難しい。

 もう一つ。何だかんだで二連続簡単に教室を脱出出来て忘れていた。

 このゲームが鬼畜であることを。

 ダダダ、と騒がしくなる音に嗣は察し畏怖した。


「へ?」

「「「「「嗣くーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」」」」」


 我先にと全教室から女子生徒たちが続々と押し寄せた。


「おいおいおいおいおいおいおい、マジかよマジかよ」


 授業中とか関係ないらしい。恋というのは恐ろしいのだ。誰にも彼女らの想いを止めることは出来ない。生徒が一斉に押し寄せた。暴走列車のように連なり向かってくる。その光景は嗣からすれば暴走列車より悍ましいものだ。

 嗣は顔を蒼白にしながら、全生徒に向けて階段を勢いよく転がるように駆け降りた。時には数段以上階段を飛び降りる。幸いにも告白を受けず三階から一気に下駄箱までやってきた。


「「「「「待ってええええええええええええええええええええええ! 嗣くーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」」」」」

「あー鬱陶しい! ついてくるなよ!」


 女子たちは目を眩しく輝かせ嗣を追う。


 耳を塞いでも耳を切り取っても死ぬ以上、嗣は告白を未然に防ぐ方法を持ち合わせていない。言われてしまえば即終了。だから彼女らがいない場所まで逃げる必要があるのだ。無防備であるにもかかわらず誰も告白の言葉を紡がないのは少し不思議であるが、運も実力のうちということにしておこう。


 ってのは冗談で、何かしらの条件があると考えるべきであろう。あとは知らない。

 こういうのは深く考えたら全部負けだ。思考を停止させるのも良くはないが、考えすぎも良くない。俯瞰して見ることも大切である。

 今はただ逃げることだけ考えよう。それが長く生き残る秘訣である。多分。


 外は走り易い運動靴の方が確実に良いだろう。下駄箱は扉がないタイプで外靴をすんなりと取り出せた。上靴をもう来るつもりもない学校の下駄箱に戻す必要もないのでそのままにしておく。そうすることで戻す手間が僅かだが省けるのである。一秒でも時間は惜しいものだ。


 嗣のすぐ後に迫る女子たちはそのままのようで、一人として靴を履き替える素振りを見せない。校内の階段で勢いよく降りて女子との間を離した分はそれによって近付いた。しかし嗣にしてみればこの後、埋まった隙間を走って突き放せば良いだけなのである。追いかけるのは女子で逃げる嗣は男子だ。初めから持つ体力なども違うだろう。だから焦らず行動をすればいい。ただそれだけである。


「私が嗣君と付き合うの!」


 その言葉に嗣の胸が強く一回ドキンと鳴った。ただ嗣が破裂する様子はいつまで経っても見られない。これは告白ではなく一人の女性の意気込みでありセーフなのだろう。それでしか説明がつかない。


「ダメよ! 私が付き合うのよ!」

「いやいや! 私が付き合うの!」

「何で! 私が付き合うのです!」

「違うわ! 私が付き合いたい!」

「おかしい! 付き合うのは私!」

「私が一番に嗣君を愛している!」


 嗣にしてみれば付き合うという単語が出てくる度にドキドキが止まらなくなるので、やめて欲しいですものなのだが、それを言ったところでどうにもならないだろう。黙って逃げる。


 嗣の通う高校はなかなか女子の顔面偏差値も高い。そんな女子たちが一斉に嗣を追いかける。同じ学年の女子生徒だけでなく、他学年の青と黄の蝶ネクタイを付けた女子生徒も嗣を追っている。人が増殖中であった。


 彼女らに捕まってはいけない気がする。背中を向けているのに、告白を受けないのであれば、告白を受けるタイミングは捕まった時。自然とそんな予想が頭をよぎるのである。


 嗣は下駄箱を出て、校門目掛けて走った。出る前、職員用下駄箱の方から大きな男性の声が聞こえる。そっちに視線を動かすと、


「おーい、そこのきみぃ〜、こっちじゃあこっちぃ〜」


 小太りの男がジャンプと大袈裟に手招きのジェスチャーまでして嗣を呼び込んでいる。


 余裕のない嗣は正直無視しても良かったが、汗までびっしょりと流して一生懸命嗣を呼び込んでいるようだったので、何だか可哀想になって職員室用廊下に逃げ込んだ。これだけは勘違いしないで欲しいのだが、嗣は怒りっぽくはなったものの別に優しさを失ったわけではない。まあ嗣の性格の原型を留めなくなっていることに変わりはないのだが。


 嗣は脱いだ靴を手に持ったまま職員室用下駄箱のすぐ目の前にあった、男と一緒に校長室と書かれた場所に二人で入室した。男は中へ入るとすぐに鍵をかける。とても慌てた様相で彼もまた女子たちから逃げるようなそんな感じだ。

 かなり汗だくで手に持った大きめの白いタオルで汗を拭っている。

 神も言っていた。別室であれば告白されても問題ない、と。だから嗣も正気が保てる男二人だけの空間に久しぶりの一息がつけた。入室してすぐ「ふー」と息を吐く。

 

 持った靴は校長室入り口に備え付けられた靴箱に入れる。

 既にいくつか黒い革靴と、女子生徒用のローファーが置かれていた。特に気にすることなく、嗣は部屋の奥へと進んだ。


 男にソファーに座るよう促されて、嗣は高級そうな深めの二人掛けソファーまで歩んだ。ソファーは大きめ木の机を挟んで向き合った形で二つが並行に、嗣が入ってきた扉に対しては直角に並んでいた。

 嗣は二つの内の入って右側のソファー手前に腰を預ける。


 ちなみに男は校長らしい椅子に腰を落とし、校長らしいエグゼクティブデスクに肘をついて嗣の右顔をジッと観察しているようだった。

 男の位置は嗣の右斜め、出入り口の真正面の位置に配置されている。


 ソファーはとても心地よく何だか眠くなってきた。でもその前に言うことがあるので睡魔に負けてそのまま眠る訳にもいかない。ここも完全な安全地点とは呼べないだろう。


「なんで俺を?」

「そうだよね。急ぎたいのはわかるよ。でもここは安全さ。そして私はこの学校の校長の佐々木昭彦ささきあきひこであり、あなたの協力者でもある。いや、なれるかはわからないけれど、善処するつもりだ。まず何があったのかを教えて欲しいんだ。私は記憶がある。君が何度も死んだその記憶を」

「!? どうしてそれを?」

「それは私にもわからない。ただ覚えてるんだ、同じ繰り返しを。そしてもう一人、君の協力者……同じ境遇の仲間がいる。入ってくれ」


 校長を名乗る一言で校長室と繋がった応接室——嗣の右ななめ後ろにあった扉——から顔を覗かせたのは一人の女子生徒だった。

 

 

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