テイク8その1 長所と短所
嗣は完全に油断していた。ようやく地獄から脱出出来たと喜んでいたのに。
教室から抜け油断していたのと、まさか他クラスまで適応内だとは思っていなかった。……いや結局どれも言い訳だ。全部嗣の招いた結果である。
とは言え成果は得た。教室と言う名の刑務所から脱獄出来たのだ。これは大きな一歩を歩めた証拠であろう。
「くそおおおおおおおおおおお! このやろおおおおおおおおおおおおお!!」
嗣はいつも死後には真っ暗闇の世界にいるともう学んでいるので、脇目も振らずに叫喚した。被害を受けるのはクズ神だけだ。神にはもちろん、神以外がこの場にいたとしても気を遣う必要などないだろう。
『うるさいうるさいうるさいわあああああい! 黙れえええええい!』
「クソやろおおおおおおおおおおお! 俺を現実世界に早く戻せえええええええ!」
『ほんと、わがままな奴じゃのー。うるさいやつをここにいさせてもワシが疲れるだけじゃ。さっさと行ってこい』
神もうるさい嗣に嫌気が差したようだ。まあそれもそうか。なんたって嗣は人間が出せる限界と呼べる120デシベルを発した。ギネス記録にも載るような騒音レベルだ。飛行機のエンジン近くや落雷近く、車のクラクションを近くで聞いた場合に、神と同じ体験が出来たことになる。でも興味が湧いて試したいと思っても耳に悪いので実際に試すのはオススメしない。
神にもどうやら聴覚はあるようで人間と似た耳を塞ぎ耳に入る不快音を緩和した。映像ならミュートにすればいいだけなのに、神はポンコツであるためにそのことも忘れている。
杖の先端を画面にいる嗣に向け、「えいっ」と嗣を現実世界へと戻した。
———
割とうるさい攻撃は神に効くのを確認出来た嗣は戻ってきた現実世界で満足に頷いた。でもその直後、目を開けて驚いた。
——嗣の周りに女子が群がったままだ。
嗣は自クラスの自分の机に座っていた。さっき教室を抜けたばかり。けれど死んだことでスタート地点に戻されたのだ。
(は? 教室出たのに? ここからやり直し? マジかよっ!?)
このゲームにはセーブポイントという概念がないのだろうか。そうだとしたら鬼畜が過ぎないだろうか。どこまで進んでも小さなミスで死ねばやり直しだ。
確かに嗣は何度も復活を許された身ではある。あまり贅沢言っていると今度こそ本当に殺され兼ねない。それが一番恐るべき結末で、逆にそれさえ避けられれば問題は何もないと見るべきだろう。
でもやっぱり畜生が過ぎないか?
時間は進んでる。でも死ねばやり直し。
それなら夜になれば絶対に学校から抜け出せる、ということか。まあそれまで神が死んでもやり直せるというこの状況を続けているかどうか怪しいところではあるが。
学校を抜けたら勝ちが見えてくる。だからこそ一刻も早くここから抜け出したい気持ちが逸ってしまう。嗣はこのまま気持ちに抗うことすら叶わぬまま「生」に縋る。沼る一方、だ。依存症とはまた違う。ベクトルも次元も違う。神が与えた鬼畜な試練は現代医療では治せないだろう。
嗣に恋する女子生徒も同様だ。彼女らは自分で気づくことも難しいのではないだろうか。100パーセントではない。希望があるなら誰かに教えてもらうだが、誰がその役割を買うかが重要だ。
テイク7で男子が女子にいろいろ言われていた。それもかなり可愛い女子に言われてしまってはメンタル的にもきついだろう。依存症だって治すのが大変なのに、神からの直接下されたイタズラなんかどうやって治すというのか。
「ええい! 鬱陶しい! 邪魔だ! どけ!」
もう同じ繰り返しで煩わしい。素早く女子を払い退け、後扉に向かった。
悪役そのものの表情なのに、女子の中に怖がりや嫌う者は現れない。
「誰か気づけよ、今の状況に。クソだなマジで。結局さっき言った記憶も消えてる」
寵愛を受ける本人がそう思う。だけどその本人でさえ彼女らの愛を止めることが敵わない。出来るなら他者に注意を向けている。出来ないから何度も死んでいるのだ。
「何が言いたい?」
「……なんでもないさ」
「言えよ?」
「お前ら無能に言っても意味ないな」
「喧嘩売ってんのか? 殺すぞ?」
「それしか言えないか?」
嗣の意味深な発言に気づいた畔戸が、訝しげな目を向ける。
また言ってもさっきと同じ二の轍を踏むだろう。何を言おうが自分が死ぬ以上彼らは記憶が消える。
嗣の過激な発言に更に男子全員の視線が細く鋭くなった。
「お前、ゴミすぎないか? 調子に乗って何が目的だ?」
「生きるのが大変なの知ってるか? どれだけ人が簡単に死ぬか知ってるか?」
「ああ? 知るかそんなの」
「だよね。ならそれを知ってから俺に話しかけて来い。じゃあな、お前らに構っている暇はない。俺はいち早くここから出ねばならん」
「はあ? 何言ってんの?」
「知らなくていいよ。どうせ、さ」
嗣は悲しげな表情を一瞬だけ油断で見せた。
なんで言ったのか言った本人もわからない。ただの気まぐれだ。
嗣は強がって大きく見せている。誰の味方もおらず心細く思っている。解消されないポッカリと空いた穴はいつ埋まるのやら。
「生」に縋る気持ちが増えても別に心細さがなくなる訳ではない。どころか回数を増すごとに穴は広がっている。本人も正直辛い。別に共感を得たい訳でもないのだけれど、まあ自分が思ってる一つくらいは言っておきたかったってのがある。
誰にも理解して貰えぬ苦しさは本当に精神的にキツイのだ。
「あっそ。じゃあ消えろ。死にでもしてさー」
「あーそうさせて貰う。じゃあな、クソ共」
「「「嗣君! 待って! 私も行くーーーーーーーーー」」」
「来んなっ! もう喋るな! ———————頼む、頼むよ……」
嗣が神と出会ってから今まで見せなかった珍しい一面が垣間見え始める。でも嗣は元々弱い性格があった。高校の短い時間では見せることはなかった一部を今出現させただけのことである。
神には棒読みの演技が入った雑なものであったが、雑念、演技の淀みがない澄んだそれは確実に刺さる者がいる。弱そうな嗣の表情に気絶した女子もいた。バタンバタンと次々に女子が卒倒していく。
男子は何事か、と身の回りをぐるっと一周見渡す。
倒れていない女子も何とか正気を保てている状態であり、眩暈でちゃんと立つこと
さえままらない。
これは演技だけでは絶対に無理だっただろう。本音だったからこそ成せた嗣の強みである。
嗣は教室が騒然としている内に空気となってすり抜けることに成功したのだった。
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