ぬいぐるみ会議 ~この中にひとり人間がいる~

常盤木雀

この中にひとり人間がいる

 ぽすり。


 突然どこかに落とされた感覚があって、気がつくと知らない部屋にいた。

 淡いクリーム色の壁紙、やわらかい光、ふかふかの絨毯、快適な室温と湿度。それから、ぬいぐるみたちがたくさんいる。知り合いはいない。


「あのう、すみません。これは何かのお祭りですか? ぼく、気付いたらここにいたんです」


 ぼくは、勇気を出して近くのぬいぐるみに声をかけた。くまさんだ。


「わたしも分からないの。お祭りなの?」

「ぬいぐるみがたくさんいるから、そうかなって思ったんです」


 くまさんも知らないみたいだった。

 まわりをよく見ると、ぼくたち以外も似たような会話をしている。誰も分からないなんて、どうしてぼくたちはここにいるんだろう。


「“こんにちは”」


 天井から声が降ってきた。

 ぼくはびっくりして上を見上げたけれど、何もなかった。声だけが聞こえる。


「“本日はようこそいらっしゃいました。皆さんを招待するためにこの部屋を準備したのですが、なかなか過ごしやすい良い部屋だと思いませんか?”」


「ようこそって、やっぱりお祭りなのかな。それともパーティー?」

「しいっ。聞こえなくなっちゃうよ」


「“たくさんのぬいぐるみの皆さんにお越しいただきましたが、実はこの中にひとりだけ、人間がいるんです。誰かな? 分かりますか?”」


 ……人間?

 色々なぬいぐるみと目が合うけれど、人間はいない。人間はほとんどのぼくたちより大きいから、隠れる場所はないのに。


「“これから皆さんにはゲームをしてもらいます”」


 ゲーム!


「“人間は、今はぬいぐるみの姿をしています。皆さんは誰が人間なのか当ててください。正解したら、皆さん全員、元の場所に戻れます。もちろん人間も人間に戻れますよ”」


「不正解だとどうなるの?」


 誰かがすかさず質問した。ぼくだって疑問に思っていた、ちょっと声をあげるのが遅かっただけだ。


「“不正解だったときは、人間だと思われてしまったぬいぐるみに人間になってもらいます。期間は一週間。一週間過ぎたらぬいぐるみに戻ってここに帰ってきます。他の皆さんは、ここから出られません。一週間後にもう一回ゲームをしてもらいます。正解するまでその繰り返しです”」


「……人間だと思われれば、人間になれる?」


 誰かの呟きに、はっとした。

 人間になってみたい!


「“それでは、ご自由に相談してください”」


「ぼくが人間です!」

「わたしが人間です!」

「いやいや、何を言ってるんだ、我こそが人間だ」

「本物の人間は自分です」


 みんな一斉に騒ぎだした。ぼくもぴょんぴょん跳ねながら主張する。

 ぬいぐるみが嫌なわけではないけれど、人間になれるならなってみたい。しかも一週間で戻れるなら安心だ。ちょっと試してみるにはちょうど良い。


「皆、落ち着きたまえ」


 ペンギンさんのぬいぐるみが、部屋の真ん中に立った。


「わたしはぬいぐるみだ。人間ではない。だから、スムーズに話し合うためにも進行役を務めようと思うが、かまわないだろうか」


 場が静まる。


「ありがとう。それではまず、ぬいぐるみは右側に、人間だという者は左側に、移動をしてほしい」


 ペンギンさんは賢いぬいぐるみのようだ。

 ぼくたちはとてとて歩いて二手に分かれた。向き合って座る。人間側の方が多かった。


「ふむ。人間になりたいのは若い子らが多いようだな。それなら、人間たちには人間らしさをアピールしてもらおうか。我々ぬいぐるみ側はそれを聞こう」


「俺は人間だ。帰ってご飯を食べたい」


 いぬさんが我先に口を開いた。

 すごい。そうやって人間だってアピールすれば良いのか。


「わたしは、わたしは、持ち主のまあちゃんと一緒に遊んでみたいの!」


「……それ、ぬいぐるみだって言ってないか?」

「持ち主って言っちゃってるね」

「君はぬいぐるみだ、こっちへおいで」


 さっきのくまさんがしゃべったと思ったら、あっという間に脱落してしまった。くまさんは泣きそうな声で「ぬいぐるみです……」と言って移動していった。

 人間アピールは思ったより難しそうだ。変なことを言うと、ベテランのぬいぐるみたちに指摘されてしまう。


「続けるね。わたしは人間だから、『幼稚園』に行ってるよ」

「ぼくも『幼稚園』行ってる!」

「俺も!」

「わたしも!」


「自分は幼稚園じゃなくて、仕事にいってます」

「仕事? ……『お仕事』? わたしも『お仕事』してる! いらっしゃいませーってして、ぴってするの」

「わたしもしてるよ。『先生』をしてるよ」

「ぼくは『幼稚園』も『お仕事』も両方してるよ! 『消防車』するんだよ!」

「それ全部全部やってるもん!」


「いやおかしいでしょ……」


 星のぬいぐるみがため息をついている。このぬいぐるみは、『お仕事』を言い出したぬいぐるみだ。


「何がおかしいの?」

「幼稚園と仕事を両方なんておかしいし、まして全部やってるなんてありえないです」

「えー。じゃあ君はどんな仕事をしてるの?」

「普通の仕事ですよ。社内の情報をまとめたり、客先に出す資料をつくったり」

「……よく分からないけど、そんな『お仕事』あるの?」

「聞いたことなーい」

「自分でつくった言葉じゃない?」

「そうかも。それか持ち主か」

「君もぬいぐるみ側に」

「自分は人間です」


 星のぬいぐるみは変わり者みたいだ。

 変な言葉を使って、そんなことでは人間らしく見えないのに。


「まあ、ぬいぐるみ自身が人間だと言い張るなら、仕方ないな」

「良かったね、星の」


「うーん、わたしは六歳です!」

「あ、年齢! ぼくはこのまえ五歳になりました」

「わたしは三歳です」

「……三十二歳です」


 少しの沈黙。

 星さん、三十二歳って、数字が大きいと勝ちのゲームじゃないんだよ。もう少し考えて答えようよ。



「“さて、そろそろ皆さん、候補は決まりましたか?”」


 人間アピールがまばらになったころ、再び上から声が降ってきた。

 人間側にいてもあまり発言しないぬいぐるみもいたし、アピールをたくさんできたぬいぐるみもできていないぬいぐるみもいるけれど、これで終わりのようだ。


「“皆さん、まるく輪になってください。……三十秒待ちますので、自分以外のどのぬいぐるみが人間だと思うか、決めてください”」


 ぐるりと見渡して、考える。

 ぼくは上手に人間だと伝えられたと思う。だからぬいぐるみ側のみんなからは、投票してもらえるだろう。でも、人間側の方が数が多いから、ぼくの投票で他のぬいぐるみが選ばれないように、慎重に決めなくては。

 一番人間らしくなくて、他のぬいぐるみが投票しなさそうなぬいぐるみ。


「“では時間です。決めた相手を見てください。見続けていてくださいね。集計します”」


 どのくらいぼくを見てくれているか気になるけれど、我慢。ぼくは星のぬいぐるみを見続けた。


「“はい、結果発表です! 大正解!”」


 見つめていた星のぬいぐるみが、突然強い光で照らされる。

 もしかして。


「“星のぬいぐるみになっていた人間を、よく皆さん見破りましたね”」


 人間側だったぬいぐるみは、みんなぽかんとしている。みんな、ぼくと同じ考えで星のぬいぐるみを選んだのかもしれない。

 それにしても、あんなに変なやつが、本当に人間だったとは。


「“正解したので、皆さん全員おうちに帰れます。本日はありがとうございました!”」


 星のぬいぐるみを照らしていた光が大きくなって、ぼくは眩しくて視界を閉ざした。

 そして。


 ぽすん。


 お尻に衝撃を受けたと思ったら、いつもの部屋にいた。


「ただいま」


 小さくあいさつする。

 人間にもなってみたかったけれど、やっぱりおうちが落ち着いて好きだ。



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