四季剣のストレアパラレア

桃波灯火

四季剣のストレアパラレア

「…………っ」

 風が頬を撫でる。それだけで痛みを感じた。それと同時に少し前の記憶がありありとよみがえる。


 そうだ、あの時儂は……。


「はぁっ!」

 その記憶を切り払うように踏み込む。短く息を吐き、流れるように抜刀。そのままの勢いで訓練用の藁人形に斬りかかった。


 右上段からの一撃で人形の左腕を斬りおとす。その勢いのまま一回転し、慣性の威力を落とさないまま一突き。


 その衝撃で藁人形は倒れてどさっと音を立てた。


「ふぅ、儂ももう歳じゃな」

 藁人形での訓練は日課だ。これがないと落ち着かないし、剣の冴えも悪い。国に仕える前から行ってきたことであり、この日課が今の儂を作り出してくれたといっても過言ではない。


「ロザー殿、今日も見事な剣技でした」

 藁人形をかたずけようと剣を置いた儂を呼び止める声。


「おぉ、ネヒトか」

 声のした方にふりかえるとネヒト団長がいた。ネヒトは戦線から遠く離れたこの町の騎士団長を務めている。実力は申し分なく、いつか名を上げると思っていたが、武勲や出世よりも家庭を取った。この国じゃ珍しい。悪く言えば変わり者だ。まぁ、儂が言えたことではないかもしれん。


「相変わらず、しつこいの」


「やっぱり、了承していただけませんか……」

 ネヒトが残念そうな顔をする。


「そうじゃ。それに左遷された老兵を団長にするなど、周囲の反発がはかりしれないじゃろうに」

 ネヒトは儂がこの町に来てから毎朝訪ねてくる。それは儂に団長になってもらうため。


「ロザー殿! この大陸で名をはせたあなたが団長になることに反発するものなどおりません!」

 ネヒトは毎回そう言ってくる。


「儂の考えは変わらんよ。そうじゃ、息子が学校に入学するそうじゃな、今度入学祝いを送るぞ、なにがいいか考えておけ」

 そう言ってネヒトから視線を外し、藁人形を脇に抱えた。


「話をそらさないでください! 鬼剣の二刀きけんのにとうと謳われたあなたなら……」


「ネヒト!」

 ネヒトの言葉を遮って止める。ネヒトがビクッと体を震わせてこちらを見た。


「その名は言うな、儂はその名をすでに捨てた身なんじゃからな」

 儂はネヒトを見つめた。その次に自分の左手に視線を移す。剣を握ったことでできたマメは儂の人生を表しているように思えた。次いで右手。こちらは左手よりもマメが大きいうえ、手の荒れ具合がすさまじい。


「……申し訳ありません」

 ネヒトが力なくそう呟いた。


「気にするでない。貴様はこの町の象徴じゃ、儂が団長にならなくともやっていける。今までもそうだったろう?」


「ロザー殿……」

 ネヒトは様々な感情が絡まったような複雑な顔をしていた。


「なに、儂も引退するわけじゃない。サポートは惜しみなくするつもりじゃ」

 ネヒトに背を向ける。さて、詰所に行く前に朝食を食べなくては。


「はいっ、よろしくお願いいたします!」

 決意を感じる声。しかし、納得しきっていないことは分かっている。それに気づいていないふりをして、儂は屋敷に戻った。

 



「ロナント! ロナント、しっかりしろ!」

 儂は侮っていた。それがこの仕打ちだ。


 我が師団の団長であり旧友のロナントは今、生死をさまよっていた。


「傷は、傷はふさがらんのか!」

 ロナントの手を握る。生暖かい血がべったりと手にくっついた。手のひら越しにロナントの体が冷えていくのが分かる。


 我が第一師団はロナント団長を筆頭にしてとある砦の攻略を行っていた。そこはかつて人族のものだったのだが、魔族の進行によって奪われてしまった。それから何年たとうとも奪還することはできていない。


 そんな中、戦線を飛び回って戦果をあげていた第一師団に白羽の矢が立ったのだ。


 第一師団は各国の精鋭と手を組んて連合軍を組織。


 しかし、いざ打って出ようと進軍してからすぐのこと、隊列の後ろから悲鳴が上がった。


 魔王国国境近くの国が裏切ったのだ。そやつらを無視できない我々は砦から進軍してきた魔王軍と挟み撃ちに合ってしまった。


 その後、我々はなんとか挟み撃ちを突破したが、被害は甚大だった。


 ロナントもその一人。


 あの時儂は、ロナントは、とうとう砦を取り戻すことができるのだと浮かれていた。各地での成功体験が儂らの感覚を麻痺させていたのだ。リーダーの浮足立ちは部下にも多大な影響を与える。それに気づき、自制と共に軍を統制することができなかった。


「ロザー、おれはもうここまでのようだ」

 ロナントの声は弱弱しくかすれていた。


「そんなことをいうでない! 死ぬんじゃない、帰って一緒に酒を飲むといったのはそっちであろう!?」

 ロナントの手を握る。剣マメができた兵士の手だ。こやつの歩みが分かる良い手だった。


「すまない、ロザー」

 弱くだが確実に、ロナントが儂の手を握り返した。


「お前、剣が二本とも折れちまっただろう? 俺の、やるからよ……使ってくれ」

 ロナントが目くばせすると、そばに控えていた兵士が一振りの剣を持ってきた。


「だめじゃ、それは使えん! おぬしが、おぬしが使わねばならんっ……」

 あのロナントが、剣聖と謳われたロナントが剣を手放す。その事実というより、それを決めたロナントを見て察してしまった。


「ロザー……、国を、民を……、あとは、たのんだ…ぞ」




 腰に差した剣に触れた。さっき使っていた訓練用のとは重みが違うそれ。ロナントの形見だ。


 儂はあの後、作戦失敗の責任を取らされてこの町に左遷。死んでしまったロナントの願いをかなえられそうにもない。もう、儂は前線には立てないのだ。


「ふぅ」

 小さく息を吐く。


「……のう、ネヒト」


「ロザー殿!」

 儂がネヒトに声をかけると同時、ネヒトが叫んだ。


「なにを慌てておる、貴様らしくないじゃない、か?」

 振り返ると、目の前に一振りの剣が地面に突き刺さっていた。


「これは……」


「「春剣:うらら……」」

 普通の片手剣と比べ、比較にならないほど細身の剣。刀身は薄い桃色に光り輝いている。このような頼りない剣、戦いの最中に折れてしまうように思える。しかし、見た目と反して強い存在感を放っているそれから、私は目を離せなかった。


「な、なぜ、この剣がここに……?」

 ネヒトは驚きを隠せない表情のまましりもちをついていた。儂も倒れてしまいそうだ。それくらいの圧をこの剣から感じる。


 春剣はこの大陸に伝わる伝説の四季剣の一つだ。


 他に夏剣・秋剣・冬剣と存在し、時期は見境なく、大陸の誰かにわたるとされる。その四季剣を持ったものは多かれ少なかれ時代に影響を与えると伝えられていた。


 勇者様は夏剣を、魔王は冬剣を持っている。春剣と秋剣は当代、主を持っていないか不明とされていた。そのうちの一本が目の前にある。儂はその事実をいまだ受け止められないでいた。


「……ネヒト、貴様が主なんじゃないかの?」

 お互い少しの沈黙の後、ようやく喋れたのはそれだけだった。

 



「……ふぅ」

 小さく息を吐いた。目の前には両腕が斬りおとされた藁人形が一つ。儂は訓練用の剣を持ち、


「ロザー殿、今日も精がでますね」


「ネヒトか、また団長の勧誘かの?」

 振り返ると剣を持ったネヒトがいた。


「いえいえ、もう諦めましたよ」

 そういいながらネヒトは儂の腰に差した剣を見る。


 春剣:麗だ。あの時、儂はネヒトが春剣の主だと信じて疑わなかった。しかし、結果は違った。ネヒトが麗を握ろうとした瞬間、彼は弾き飛ばされたのだ。


 そして麗は今、儂の腰に収まっておる。


 それからというもの、ずっとこの麗との向き合い方を考えていた。


「なんじゃ、麗が惜しいのか?」

 からかうように問いかける。


「うぐっ…、そりゃあの四季剣ですよ」

 冗談めかして、しかし確実に不服そうな口調でネヒトが抗議した。


「それはそうと、なんのようじゃ?」

 儂の問いかけにネヒトは数舜だけ沈黙した。


「……ロザー殿、私と一戦交えませんか?」


「どうしたんじゃ、いきなり?」


「春剣を見たとき、決心がついたんです。団長にふさわしい人間になろうと、四季剣に認められるような戦士になろうと。たとえ、今後私が四季剣を握れなくても」

 ネヒトは静かにそうこぼすと、剣を抜いた。


「いいじゃろう」


「……」

 ネヒトは目礼した。その後剣を構える。


「参る!」

 儂は踏み込んで――。


「敵襲! 敵襲!」

 早馬に乗った兵士がそう叫んでやってきた。


「ネヒト団長! ロザー殿、魔王軍です!」


「魔王軍じゃと? なんでこんな辺境に!?」


「わ、わかりません……。とにかく、町民が!」


「なに?」


「すでに、犠牲者も出ています……」

 青い顔をして兵士がそう言った。


「ネヒト、貴様はこの兵士とともに人集めて避難誘導じゃ」


「で、ですが……ロザー殿は?」

 ネヒトは手早く準備を整えながらそう問うた。迅速だ、これなら今後も安心だろう。


「儂は、兵を先導して魔王軍を打つ」


「ならば私も!」

 そういうネヒトを手で制する。


「儂は魔族と実戦経験がある。安心せい」




 門の外に軍を展開させる。魔王軍はもうすぐそこに迫っていた。彼らの進軍が地面を震わし、彼らの叫び声が私たちを叩く。


「諸君、貴様らの使命はなんだ!」

 兵士の表情は重い。


「辺境が故、責められないと踏んでいたことは責めん! しかし、我々の使命はなんだ! 民を守ることだろう!」

 兵士を鼓舞しながら自分の言葉が自分の胸に突き刺さる。


「もう一度いう、民を守ることだ。魔族を倒すことじゃない!」

 そう。儂は前線から離され、老い先の短さを言い訳にして立ち止まっていた。異名を捨て、ロナントの形見だけを持って二刀流をもやめて。ましてやその形見すら振らず。


 麗を手にしてからずっと、なぜこの剣は儂のもとにやってきたのかを考えていた。


「緩みを捨てろ! 貴様らに町民の命がかかっている」

 麗を誰もたどり着けないような崖下にでも捨ててしまおうとも考えた。


「全軍、かかれぇぇぇぇ!」

 ロナントの形見、そして麗を抜く。二本を持って儂は魔族に斬りかかった。


 我々の仕事は前線で魔族を打ち滅ぼすことか。否、それは手段であって目的ではない。我々は殺人鬼ではないのだ。


 いつしか儂は前線で戦うことに価値を見出していたのだと思う。ロナントと共に剣を振るい、魔族を倒して回る。それに高揚していたといわれてしまえば否定ができない。儂はいつしか違う方向を見ていたのだ。


 前線で戦うこと以外に意味はないのか。答えは否。儂は一人で凝り固まっていたのである。麗はそれを溶かしてくれた気がした。


 二刀流の復活。儂が賜った二本目は初心を思い出させるだけにとどまらず、昇華させてくれたように思う。この出会いに報いなければならない。それが民を救うことにつながるだろう。


 だから、儂は剣を振るうのだ。

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