セキとオーナーの出会い? クリスマス前だけど乾杯しましょ!
夕方から降り出した雨は、雪に変わっていた。
風は冷たく、冷えきったアスファルトに白い雪がほんの少しだけとどまるも、すぐに溶けて消える。
しかし、たわわに実ったレモンは、うっすらと雪化粧され、店からもれた明かりと相まって幻想的な風景を醸し出していた。
着流し和服に羽織りを引っ掛けたセキは、一層冷えてきた店先に出て外を伺う。
温かいオレンジ色の光りが、木目の扉からぱあ…と漏れて、雪と夜道を照らした。
『
都会の路地裏にある、古民家風のちょっと変わった美容室。
個性豊かなスタッフ達は幽霊なのだが、不思議と常連客も多い。
「
店内に戻ると、もみの木に飾りつけしている麗奈に声をかけた。
人である麗奈は、どうしたって電車で帰らなくてはいけない。
「あと、ちょっとです!」
「さっきもそう言ってたわよ。あとはやっておくから、帰りなさいな」
「ダメです! ユナちゃんと…今年のツリーは二人で飾ろうって約束したんです!」
「まったく。頑固ねぇ」
女言葉に違和感はなく、これが京ことばだったら、そのまま御座敷にあがっても、芸姑として誰も疑いはしないだろう。
麗奈に頷くユナもまた、長い黒髪に小さな帽子。ゴスロリ姿のあまりに可憐な幽霊だ。
糸でつながったキラキラのティンセルガーランドを、もみの木の周りにくるくると括り付け、てっぺんを星で飾ればずいぶん賑やかなクリスマスツリーが出来上がった。
金銀の丸い球体は、光りを反射しながらも周囲を映す。見慣れた飾りが水晶のようで美しい。
だが、手作り感のある物がいくつか…。
「これはアキ坊や?」
和柄の端切れ布で作られたトンボ。
クリスマスツリーに赤とんぼとは奇妙なのだが、緑に赤が映えて以外に似合っていたりする。
「はい! 私が作りました。こっちの花や
星もそうです」
「へえ。うまいもんだな」
「ゲンスケさんのもあるんですよ」
「わ、まじ?」
「えへへ。こっちのが、エモトさん。これがセキさんとオーナー。ユナちゃんと私です」
それぞれに特徴がある可愛らしい小さな六体の人形。
頭にバンダナを巻いたゲンスケとわかるそれを、なぜか横から手を伸ばしたエモトがかっさらう。
「自分がやろう」
「へ? あ、お願いします」
ただ飾り付けると思われたそれを、エモトは、ツリーに押し付けた。
「よし。くぎで刺せばいいんだよな?」
咄嗟に何をしようとしたのか理解し、あわててエモトの手からゲンスケ人形を助け出す。
「違います!」
「違うだろう!」
麗奈と、ゲンスケ、息のあった二人のツッコミ。
「もう。麗奈ちゃん、ごめんなさいねぇ。せっかくのサプライズプレゼントだったのでしょうに」
「あ、いえ、プレゼントってほどではないのですが…せっかくクリスマスですし」
セキの言葉に、麗奈はごにょごにょと照れながらも、かなり引きつった笑いになっている。
仕方ないわねぇ。
「で、これは?」
次にセキが気になったのは、五円玉のような飾りが六枚、ピンクのフリルリボンで連なった物。
「あ、それはユナちゃんの手作りです」
「ユナちゃん?」
ユナの感性は、エモトにちかい。セキと顔を見合わせたゲンスケの眉間に、再びしわが浮かぶ。
「…ユナ。なんの飾りだ?」
「
「「……」」
「エモトといい、ユナといい…」
ガクリと項垂れたゲンスケに、セキはクスクス笑いながらも、ゲンスケの肩を叩く。
「おかげで、楽しいクリスマスになりそうね」
「当日はケーキも作っていいですか?」
「あら、もちろん♡」
「オーナーも、食べてくれるかなあ」
「オーナー、タルトが好きだぜ」
「じゃあ、苺のタルトにします!」
「うふ。毎年ね、クリスマスはオーナーからプレゼントがあるのよ。麗奈ちゃんも楽しみにしていてね」
「わあ! 本当ですか?! 楽しみです!」
初々しい麗奈に、ふと…セキがはじめてオーナーの元を訪れた時を思い出す。
今と、何一つ変わらないオーナー。
満開の桜より、真っ白に続く雪景色より、こんなに美しい幽霊がいて良いのかと思った。
そして…ユナもあの頃のまま。
ユナが、セキに言ったのだ。
『会って見る? 誰よりも強い覚悟を持ってこの世にとどまる幽霊が、どれほど尊く美しい存在なのか教えてあげる』
もし、あの時ユナについていかなかったら…。
いや、どんな道でもセキの辿り着く先は、オーナーだろう。
『私の元で働きたい? ふ〜ん。飽きたらさっさとやめていいからね!』
…この人と一緒にいて、どうやって飽きればいいっていうのかしらね。
「あら、ツリー飾ったのね。いいじゃない!」
オーナーが姿を見せるだけで、無機質だった全てに輝きが生まれる。それほどの存在なのに、オーナーは体裁を飾ったり、重々しくすましたりもしない。
ほんと、この人にはかなわないわね。
ツリーを飾ったご褒美にと、オーナーがユナと麗奈を両手で抱きしめる。
美しい…。
「やっぱりクリスマスは、シャンパンですか?」
くすぐったそうに照れる麗奈に、セキはつい、当日お披露目するつもりだった物を出してしまった。
「シャンパンもいいけど…オーナーは、やっぱりこれでしょ?」
セキの手には、美しい空色の瓶。
『純米大吟醸 ゆり』
無色透明でありながら、飲んだ者には色を残すオーナーお気に入りのお酒。
このお酒に…どんな思い出があるのか。
「セキ?」
極上の笑顔で微笑むオーナーに、小さくため息をつく。
この人、ほんとうにわかっていないのかしらね。
「はあ。ま、今は色々な意味を込めて乾杯しましょ。ね、オーナー?」
店内の空気がオーナーの上気に呼応する。
注ぐ音、素晴らしい香り。決して薄いわけではないのに…柔らかい味わい。
「クリスマスが終われば、すぐ正月ね」
頬をほんのり色付かせたオーナーが呟く。
「みんなに、感謝ね」
オーナーのグラスと、セキのグラスが澄んだ音を鳴らした。
『セキとオーナーの出会い? クリスマス前だけど乾杯しましょ』
おわり
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