第3話 魔術
「ここまで来てもらって何ですが……というより最初から考えてみればおかしいのですが、S級指名の仕事にルーキーを連れて行かせるって、どうなんでしょうね」
「それは思ったけど、もう村に着いちゃったし……」
「アルコールで頭がバカになってたんですかね。あの女」
「まあ現地に着くまで気付かなかった私達も問題だよねぇ」
王都を出て二日が経った。この世界に来てから三日目である。
思えばここまで全く身を休めた記憶が無い。ギルドに登録して、その足ですぐに依頼の村まで来た。
途中で野宿をしたが、慣れない異世界で、おまけに野外で寝るというのはかなりのストレスで、知らぬ間に魔具と契約していたことで得ている強化された身体能力が無ければとっくにお荷物になっていただろう。
やってきた村は聞いていた通り小さな村だった。王都が私の想定していた異世界からかなり文明が進んでいたのに対してこの村は想定していた村だった。王都で見たような機械は欠片もないし、結界も無い。槍を持った若者が村の門を守っていた。
「魔物の襲来が激しいですから、中途半端な守りでは容易く破られます。かといって王都並みの結界を張るには魔力資源が足りませんし、貴重な機械を結界の無い村に置く訳にもいかない。だから技術の独占みたいなことが起きているのです」
内心考えていた私の疑問にエステラさんが答えてくれた。
技術を集約した結果、都会に人が集まり田舎が過疎る。前の世界も異世界も大して変わらない。
「エステラさんも故郷から出てきたの?」
「私は他の人とはちょっと事情が違います」
「……」
エステラさんについて分からないことだらけだが、簡単に踏み込んでいいものか少し悩んだ。何となく彼女は私と似たような雰囲気を感じる。触れれば触れるほど闇に沈んでいくような。
「ま、とにかく依頼だね。イリスから信用を貰う為にも!」
私は思考を振り払うようにあえて大声で言った。
依頼主は村長で、村の中で最も豪華な建物に住んでいるらしい。探して見ると一軒だけ他より大きな家があった。
他の家が普通の形状をしているのに対して、鉄筋コンクリートで出来ているような、デザイナーズハウスみたいな家だった。上から見ると直角三角形の形に見えそうだ。どう見てもこれが村長宅だろう。
「すみません。S級冒険者のエステラです」
エステラさんが扉をノックする。すると扉が開き、そこから高齢の男性が現れた。
「依頼を受けてやって来ました」
「あなたがエステラ。お待ちしておりました、ささお入りください」
村長さんに招かれた私達は家の中へ入った。王都では結局ギルド以外の建物には入らなかったので、これが初の民家となるが、それがデザイナーズハウス風だと、普通の基準が分からないので反応に困るところだ。
いくつかの廊下と扉を抜けて応接室へ案内される。応接室には広い机とソファがあった。お茶を私達に渡すと村長は「しばしお待ちを」と言って部屋の外に出た。
外とは違いこの家にはいくつかの機械があった。例えば村長が淹れたお茶のお湯を温めていたポットとか。頭上に光り輝く電球とか。
電力はどこでどう賄っているのだろう。この村のどこにも電線は無かった。
テーブルの上に置かれたお茶は紅茶だった。私はそれを飲もうとしてエステラさんに止められた。
「毒の確認をさせてください」
「……毒?!」
「女冒険者相手だとたまにあるんですよ。まあ男性でもあるにはあるらしいですが」
「なるほど。気を抜けば即レイプってワケね」
「流石にそこまでの無法地帯ではないと信じたいですが、用心に越したことはありません」
エステラさんはそう言うと私のコップを持って紅茶を一口飲んだ。てっきりステータスの確認をするんだと思っていた私は度肝を抜かれた。
「毒があるかもしれないって言って飲むのって割と酷くない。新手のイジメ? 新人いびり?」
「あなたの分の紅茶を奪う目的ならもっと遠慮なく飲みますよ。どうぞ。飲んだ感じ毒物は無さそうです」
「毒があったら飲んだらヤバいんじゃ?」
「先日も言ったと思いますが私は少し他の人と違うんですよ。端的に言えば自動治癒能力を持っているのです」
自動治癒をするのなら確かに安心だ。
私はあえてエステラさんが口付けたところから紅茶を飲んだ。ストレートティーだった。美味しい。心なしか若干甘い気がした。
座っているソファに深く腰掛ける。こっち来てから初めて落ち着けるかもしれない。私は軽く息を吐いて天井を見上げた。天井の高い家って少し落ち着かない。何か見下ろされているような気分になるのだ。これが自分の家とかだったら征服欲みたいなものを満たせるのだろうが、他人の家だと気に障るだけだ。
ってそんなことよりもだ。
「……自動治癒?」
「疑問に思うの遅すぎませんか?」
「いやあ何て言うか記憶が無いから何が普通で何が変なのか区別つかないんだよ」
「魔具を持っていたり、特殊な出自だったりすると、その人毎に異なる特性を得ていることが多いです。それは体の機能として現れるので、使い手の意志に関係なく発動するもの。私の自動治癒もそんな特性の一つだと認識してください」
「パッシブスキルってことね」
「まさしくそれです」
ゲームで使われる用語が割と伝わるのは何でだろうか。まさか本当にこの世界にゲームがあるんじゃないだろうか。こうして私が転移した事例がある以上、過去の転移者がいないとも限らないし、何らかの形で私の世界の技術が伝わっている可能性もある。私の世界の技術がこっちの魔力と組み合わさることで王都が出来たのかも。
憶測の域を出ないけれど意外と悪くないと思う。
夢がある。
やがて村長がやってきた。その手には何かの鍵めいたオブジェがあった。
「遠路はるばるご苦労様です」
「依頼ですので、お気になさらず。それよりそれは遺跡の鍵ですか?」
「はい。依頼の内容から話させていただくと、遺跡の攻略をしてもらいたいのです。この村の近くにあるレギオン遺跡。そこに魔物が住み着いたようなのです」
「魔物ですか?」
「ええ。今まで何人も冒険者の方に依頼を受けてもらっているのですが……」
「そういうことでしたら、引き受けます」
村長の言い方からしてその何人もの冒険者の末路は……。そんな普通なら誰だって物怖じするような状況でエステラさんは二つ返事で引き受けた。S級冒険者として指名されただけあって実力者なんだろう。美人だし。
村長はほっとしたように息を吐いた。冒険者が引き受けてくれるかどうかが不安だったのだろう。
「それから村の若い衆が総出で遺跡に向かったのですが、一人も帰っておりません」
「……不安にさせる情報を後だししないでよ。詐欺か。……ん? あれ、じゃああの門番は? 若い男の人だったけど」
「彼らは若作りをしている老人です。実年齢は60を超えていたかと」
「それ若作りのレベル越えてないですか? 遺伝子操作してるようにしか思えないんですけど」
「村に伝わる精力剤の力です。おひとついかがですかな」
「エンリョします」
村長の家を出た私達は言われた通りの道を進んだ。村にいる人たちを眺めていると、確かに若い人はいないように見える。でも門番はどう見ても若い男性にしか見えない。鍛えてる40代とかなら分かる気がするけれど、60代を越えているというのは信じられない。
精力剤で若さを取り戻し過ぎだ。
村にいた行商人からいくつかの道具を購入してから、遺跡に向かうことになった。
「遺跡攻略を舐めたら死にますよ」
「ははぁ」
「初心者が調子に乗って準備を怠った状態で遺跡に潜った結果、二度と帰って来なかったなんて事例は両手両足の指でも足りませんから。それから自分の魔具の情報は知っておくべきですね。魔具は特に個性が強いですから」
「ステータスだね。……ってやり方分からないんだけど」
「教えますよ」
そう言うとエステラさんは私の後ろに回り込んだ。
身を寄せてきて両手首を掴まれた。
耳元にエステラさんの吐息がかかった。
「ひゃう……ちょ、ちょ、ちょエステラさん?! ななななな何をなされるおつもりか?!」
「あまり興奮しないでください。精神の乱れは魔力の乱れ。魔術の精度が落ちます」
「お、おーけーおーけー。初めてなので優しくお願いします」
エステラさんが私の右腕を動かした。指揮者がタクトを振る様に。この場合のタクトは私の右腕なのだけど。
この腕の動きは魔術の詠唱にあたる部分らしい。ステータスくらいの簡単なものなら一度発動して感覚を掴めば、手振りも口頭での詠唱もいらないらしいが、最初の一回目はやはり重要だ。ここで失敗すれば失敗のイメージが根強く残り、ゆくゆくは魔力の使用に影響が出るとエステラさんは言った。
「集中してください。ステータスとは知識欲の結晶。知りたいという感情が無くては絶対に発動できません。逆に言えばそれさえあれば誰にでも扱えます」
「知りたい……か」
私は何を知りたいのだろうか。
この世界にやってきた理由? エステラさんのこと? それとも……それとも、いつまでこの世界にいられるか……。
どうでもいい。
何でもいい。
一度は諦めた全てが、私の手が届く場所にある。だったらそれだけを考えろ。
体の中を熱いものが巡るのが分かった。これが魔力なのだろう。
熱は万能感を私にもたらし、段々と私を殺していく。
まるで自分が世界に溶け込んだような錯覚を感じた。魔力を操るのはひたすらに落ちていく感覚に似ている。落ちて落ちて落ちた先にあるのは恐らく個人の崩壊。
落ちる感覚を食い止めるのは人間の感情。今回であれば知識欲そして好奇心。
私は何を知りたいのだろう。
「目を開けてください」
知らず知らずのうちに目を閉じていたらしい。エステラさんの言葉を聞いて、私は目を開いた。私の視界にホログラム映像のようにウインドウが浮き上がっていた。
エステラさんが私の背から離れる。ぬくもりが消えて少し寂しくなる。
私は魔具を呼び出して、先ほど発動した魔術を魔具に向ける。魔具の名前は『魔剣アケディア』。固有の能力は『魔力の放出』。それ以外の情報は『????』となっていて読み取れない。
「今のが魔術……」
夢にまで見た初めての魔術。
それを成した私は不思議と何も感じていなかった。
期待が大きすぎたのか、ステータスが割と地味な結果に終わったからなのか。
少なくとも、あの紳士的なウェアウルフと戦った時はもっと昂っていた。
「自分のことについては何か分かりましたか?」
「いや全くだね。多分、私の実力が足りてないんじゃないかな」
流れるように嘘を吐いた。ほんの少しの罪悪感が私の胸に去来するが、すぐにそれは消え去った。
一度魔術を経験したからか、熱は少し引いたらしい。
私は村を歩き回ってステータスを見て回った。好奇心が足りてないのか対した情報はないし、他人にステータスを使っても何も見えない。人間に対しては魔力抵抗で見れてないだけだろう。
村の入口の辺りで私の歩みは止まる。試しに門番にステータスを使ったら、年齢はどちらも66歳だった。信じられない。精力剤ぱねぇ。
頭がぼうっとする。風を引いた時の様に思考が纏まらない。
頭が重い。
草のベッドの上に寝転がり、空を見ていると段々と落ち着いてきた。
しばらく放心しかけていた隙にエステラさんが道具を買い集めていたようだ。
「いつまでアホ面してるんですか。そろそろ遺跡に向かいましょう」
「知らないのエステラさん。美少女のアホ面には価値があるんだよ」
「ということは普段からあなたの顔には価値があるってことですね」
「やだなーもー褒められても……って普段からアホ面してるって言いたいの?!」
戯言を口にすると段々と脳内回路が繋がっていくような感覚を覚えた。
頭の重さも熱もすっかり消えた。
「それだけ騒げるなら元気ですね。では行きましょう。レギオン遺跡へ」
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