第2話 王都

 後ろから見るエステラさんの姿も中々にいいものだった。

 腰くらいにまで届く金髪が揺れていて、そこからちらりと見える背中は何と素肌が出ていた。前から見ると首からスカートとの接点まで肌一つ見えないのに、背中は大胆とは。

 奥ゆかしさとエロスの融合。

 最&高。

 いや変態か私は。

 エステラさんが横目で私を睨んでいた。


「あまり変なことを考えないでください」

「……精霊の、魔術だっけ? を使うと人の心が読めるの?」

「確かに魔力には精神へ干渉する機能も備わってますが、基本的には読めませんし、魔法抵抗もありますから読もうとしても弾かれます。魔力を隠蔽する技術は魔術の初歩ですし、それを習得していないあなたの思考は筒抜けと言ってもいいでしょう」

「じゃあ今私が考えたことも分かったの?」

「ええ。背中が……どう……とか」


 おふ。

 背中がいいと思っていたことがバレていたのは冷や汗ものだけど、言葉に出しにくくて顔を赤らめるエステラさんの顔を見れたのでプラマイゼロ。いやプラスが高じて天元突破だ。やはり私は変態かもしれない。

 魔術を磨いた者は、自然に漏れ出る魔力の制御が出来るらしい。今の私はそれが出来ていないから、エステラさんの魔力感知に引っかかって思考まで読まれてしまったと。

 魔力。甘美な響きだね。


「私にも魔力ってあるのかな」

「ありますよ。魔具と契約できているということが魔力がある証拠です」


 魔具とやらを普通に振るえている私には魔力が存在する。理屈は分からないけど、魔力があるのならそれでいいか。いずれ魔術を使えるかもしれない。

 子供の頃からの夢を叶えられる時がとうとう来たと見てもいいかもしれない。

 しばらく歩き森の出口に差し掛かった。

 森の外には広い平原があり、その向こうには街が見えた。周囲を石壁に阻まれていないからか、外からでも街の全景が見える。あれが王都だろうか。何となくイメージしたものと違っている。


「あれが王都です」

「あんなむき出しで大丈夫なの? 魔物とかいるんでしょ?」

「王都の周囲は魔力による結界で阻まれていますので、魔物の襲撃はありません」

「なるほどね。魔術を利用した技術ってことか」


 透明なバリアで街を守る。確かにこれなら景観も損なわない。

 結構離れた位置からでも見えるが、王都の雰囲気はかなり私が知る風景に近い気がした。長方形の形をした巨大な建物。いわゆるビルディングというやつがいくつも聳え立っているのだ。

 ファンタジーな風景にビルが溶け込んでいるのが違和感を通り越して滑稽だが、これがこの世界では普通なのだろう。


「この平原にも魔物が出ますので気を付けてくださいね」

「うん。何かあったら後ろに隠れるね」


 エステラさんは私を一瞥した。その目には明らかに軽蔑の色が見えたような気がする。ちょっとゾクッとした。


「……そこは私も戦うからとか言うところじゃないんですか?」

「私は自分に正直にありたいと思ってます」

「いい性格してますね」

「そんなぁ、褒めても何も出ないよぉ」

「皮肉です」


 エステラさんの背は私より少し高い。なので大人っぽく見えるのだけど、実際の年齢はいくつなんだろうか。聞いてみたいけどまだそこまでの関係でも無い。

 青と白を基調とした背中のはだけたコート。見ようによってはドレスにも見える。

 とても似合っているが、そんな装備で大丈夫なんだろうか。先の私のウェアウルフ戦を思い返せば、この世界の戦闘は攻撃を受けたら終わりくらいの感じなのかもしれないけど。


「エステラさんってその装備で……」

「大丈夫、問題ありません」

「そうなんだ」

「この戦闘服はグリフォンの羽毛を使用しているのでとても軽く見た目より頑丈なんです。攻撃を肩代わりする機能もあるんですよ。それに私はいくら傷付いても問題ないので」

「……」


 とりあえず問題無いらしい。

 踏み込みにくい話をチラリとされて、私はそれ以上何も言えなくなった。


「レイさんはどこまで自分のことを覚えているのですか?」

「よかった。とりあえず精神異常者だとは思われてないみたいで」

「魔術の基礎も知らないみたいですからね。ですがここまで話してきた限りだとある程度は記憶があるように見えます。今後、話を合わせるためにもどこまで覚えているか教えていただいてもいいですか?」

「故郷での暮らしとか自分の事は覚えてるよ。ただ魔術とか王都とかこの辺りの事は覚えてないかな」

「つまり何も知らない観光客と同じくらいと」

「それは嫌な例え過ぎない?」


 あながち間違えていないけれど。


「部分的に記憶が消されるケースは実は珍しくありません。消された記憶が回復して社会復帰する人も多いですからね」

「やっぱ魔術で?」

「いえカジノで大負けした方や、突然退職勧告を受けた方が多いですかね」

「それは消されたんじゃなく、消したんだと思う」

「自分で自分の記憶を消す? なんて不合理な」


 エステラさんは眉をひそめた。美少女はどんな表情をしても絵になるものだ。

 確かに不合理ではあるけれど、絶望するような事態に直面した時に人は逃避を行う。それが記憶の自発的な改竄だったりする訳だ。

 それは決して過ちではない。心を守るためには仕方がない行為でもある。問題なのはそこから立ち上がれるかどうかだ。

 なんてどっかの本で読んだようなことを思い出した。

 森を出てからは石造りの舗装された道を歩いている。空は青く陽の光が眩しい。

 空気は美味しく風が涼しい。こういう場所で寝転がったらさぞかし気持ちが良いのだろう。


「こういう場所でピクニックしたら楽しそうだね」

「食べ物の匂いにつられた魔物がよってきてスタンピード一直線ですよ」

「……ですよねー」

「でもそういう風に思うのは少し分かる気がします。昔、友達も似たようなことを言っていました」

「友達……」

「ええ。今はもう会えませんがね」


 それはそういうことなのだろう。

 人に歴史あり。エステラさんにも様々な出会いと別れがあるのだ。願わくば私との出会いも長く記憶していてほしい。

 王都に近付いてくると、見覚えがあると思っていた街の風景に少し違った感想が生まれた。ビルに浮き出る様に投影されたホログラム映像に、緑色のペンギンみたいなファンシーなキャラが映っている。ペンギンは踊っていた。現実で撮った映像というよりCGを使ったアニメーションのようだ。それ以外にもテレビのCMのように自社製品を紹介するホログラム映像や、空を飛ぶ赤い機械のようなもの。

 SF映画で見るような景色がそこにはあった。


「前の世界よりハイテクノロジーだ。トイレやお風呂も普通にありそうだね」


 私の想定していた異世界とは違うけれど、生活環境に大きく違いが無さそうなのは助かる話だ。本物の中世っぽい場所に飛ばされても困るし。

 だがこんなに文化が発達しているなら車もありそうなものだが、王都へ続く道はとても車が走れなさそうなデコボコした石畳だ。

 王都の玄関口に着いた。

 一見何も無く普通に入れそうな雰囲気だったが、近付いてみると確かにうっすらと膜のようなものがある。エステラさんがそれを普通に通り抜けているのに倣って私も……と思ったのだが。


「ぐびゃっ!」


 膜に防がれて王都に入れなかった。

 硬い壁に全身を押し付けられた感覚があった。普通に通れるものと思っていたので触れたというより激突であり、結果として私の鼻から鼻血が出た。


「痛い……」


 エステラさんが目を丸くしていた。


「……結界に阻まれた……? 少しおかしいですね」

「えっと私はどうしたら?」

「ちょっと待っててください」


 そう言うや否やエステラさんは結界に手を触れる。目を閉じて何かを念じているようだった。恐らく何らかの魔術を行使しているのだろう。

 手持無沙汰の私はエステラさんをじっと眺めていたら、目を開けた彼女と目が合った。


「これで入れるはずです」

「何をやったの?」

「結界に干渉して、侵入者を阻む機能を一時的に解除しました」

「それってあれじゃないの? ハッキング的な、違法的なやつじゃあ」

「確かに犯罪です。本来ならここから数十キロ離れた街で、王都へ入る権限を貰うのですが、それがいいならそれでも私は構いませんよ」

「バレなきゃ犯罪じゃねえってやつだね」

「話が分かるようで安心しました」


 数十キロも離れた街になんて行ってられるか。私は今王都に入りたいのだ。

 エステラさん曰く王都に張ってある結界は国のデータベースに登録されている者かどうかで入場を許可しているらしい。記憶喪失ということにしていたので、私の情報もデータベースに登録されているとエステラさんは思っていたらしい。

 データベースを見れば私の正体も分かって一石二鳥の腹積もりだったとか。

 森のキノコからは異分子にも居場所があるという話だが、どこに居場所があるのか。セキュリティガッチガチ過ぎて一人じゃあ入るのも不可能だ。


「データベースに登録されていない私が街にいて大丈夫なの?」

「上層に行ったら危険ですが、下層なら何も問題無いですよ。問題起こして騎士に捕まったりしたらあなたを招き入れた私もろとも一発アウトですが」


 王都には上層と下層がある。私が見た高層ビルの景色は上層であり、入口に当たる下層はスラムのような荒廃した場所となっている。

 何かこういうのゲームで見た気がする。ミッド〇ルだ。


「ギルドに行けばそこであなたの身分を作ることも出来ますし、まずはそこへ行くのをオススメします。私も依頼の報告で行くので、案内出来ますし」

「分かった。まずはギルドね」


 王都に着いてすぐに別れることにはならなさそうで良かった。

 急に一人にされても不安になるし。それにギルドまでの道も分からない。見た感じ王都は下層も上層もかなり広いのだ。初めて来たショッピングモールとは訳が違う。

 エステラさんについていくつかの路地を通る。

 下層はその雰囲気も去ることながら、柄の悪そうな人も結構見かけた。こちらを見ている人が多いが、誰も近寄って来ない。しばらくしてそれがエステラさんを見ているのだと気付いた。高値の花として扱われているのかとも思ったけどちょっと違うようだ。あれは恐怖か。

 エステラさんに恐怖?

 残念ながら私はこの街の人とは分かり合えないようだ。


「ギルドで身分を作ったら私とは関わらない方がいいですよ」

「えぇ、何で?!」

「私は……不幸を呼ぶので」

「……それってどういうこと? 私はエステラさんと会えて幸運だと思ってるよ。美少女とお近づきになれるのに不幸だなんて言ってたら、神様に焼かれるって」

「レイさんは口数減らした方がいいと思いますよ」

「私から口数減らしたらただの美少女になっちゃうよ」


 エステラさんは私の戯言を聞き流した。


「とにかく分かりましたね。ある程度自立できるところまでは面倒見れますが、そこからは自分でどうにかしてください」

「寄生プレイは良くないっていうもんね。頑張るよ」

「そういうことです」


 寄生プレイという言葉が普通に通じたところに驚愕したが、こんだけ文明が発達しているのだ。ゲームくらいあるのかもしれない。

 路地を何本も通って来た道を思い出すことも出来なくなった辺りで、開けた場所に出た。そこは今まで通って来た場所に比べると割と綺麗な場所で、大きな噴水がある広場だった。

 奥にある大きな建物に様々な人が入っていくのが見える。みな格好は十人十色と言った感じで、ステレオタイプな鎧姿がいれば、日本で見た普通の服のようなものを着ている人もいる。

 

「あれがギルドです。ギルド『七つの冠』。大体の人は略して七冠と呼んでますね」

「おー」


 妙に不穏なネーミングに私は背筋にピリッとした感覚を覚えた。

 ギルドの中は概ね想像通りのものだった。クエストボードは例の如くホログラムだったが、歩くとギイギイと音がする木製の床に、室内に充満する酒の匂いは私がイメージしていたものだ。この場合は残念ながらイメージ通りだったという感想になる。

 街が綺麗なのだからギルドも綺麗だろうと思ったのだ。下層がスラムとなっている時点で察するべきではあった。

 気付けばエステラさんが心配そうに私を見ていた。


「大丈夫ですか。体調が悪いように見えます」

「大丈夫だよ。お酒の匂いが好きじゃないだけだから」

「……」


 ギルドの中は右側に依頼を受け付けるカウンターや待合所があり、左側に酒場がある。私達は前者を利用しに来た。


「イリス、頼まれていたグリーンドラゴンを倒してきましたよ」


 エステラさんは誰もいないカウンターに声をかけた。しばらく待っても反応は無い。手持ち無沙汰なので酒場の方を覗いてみると何人かの男女の目があった。よくよく見てみると彼らの視線は私ではなくエステラさんに向けられていて嫌悪感を滲ませているようだった。

 私とは関わらないほうがいいとはエステラさんの言葉だけど、彼女のそれと何か関わりがあるのだろうか。


「まったく。またですか」


 エステラさんは呆れたようにため息を吐くと、カウンターの右端から中に入った。


「仕事をしてください」


 と言いながら何かを蹴っている。しばらくすると「うう……ん」という唸り声がカウンターの下の方から聞こえてきた。


「やれやれです」


 こちらに戻って来たエステラさんは肩を竦めた。


「イリスは暇さえあれば酒盛りする危険人物です。ギルドの受付としてはかなりいや割と優秀なのが残念なところですね」

「仕事中に酒盛りって……」


 日本だったら絶対SNSにあげられて炎上する。


「あなたについての話も私からしますので、酒飲みが苦手なら少し離れていても大丈夫ですよ」

「ここにいるよ。気を遣ってくれてありがとう」


 カウンターのふちに手を置いて、ぐったりとした様子のイリスが現れた。

 真紅の髪に厚い化粧。

 夜の街にいそうな雰囲気の女性だった。男を侍らせてそうな。なんて迂闊に口にしたら殺されそうなくらい鋭い目つきでイリスは私を見た。


「ナニコレ。あんた、ガキ拾ってきてんじゃないわよ」


 まさかのガキ扱いだった。


「それは後にしましょう。まずは報酬をください」


 そう言いながらエステラさんはカウンターの上に尖った爪を置いた。あれがグリーンドラゴンとやらの爪なのだろう。

 イリスが爪の前の空間をチョンと突くと、透明なウインドウのようなものが出現した。


「確認したわ。流石ね」


 イリスはカウンターの上に二、三枚の紙幣を置くと、エステラさんはそれを素早く回収した。


「あれって物を鑑定する魔術?」

「はい。ステータスといって誰でも簡単に覚えられますよ。王都のデータベースもこの魔法を応用したものです」

「ほほう。じゃあその魔術を覚えたらエステラさんの情報も見れるわけだね。恥ずかしい秘密とか暴き放題じゃん」

「そんなくだらない用途に魔術を使わないでください。あとあなたと私の力量差だと見れる情報も大したことは無いと思いますよ」

「残念」


 ステータスとは物のずばり対象のステータスを表示する魔術らしい。物、人問わず使用かのうだが、対象の魔力抵抗が高いと見れる情報にも制限が出るらしい。

 つまり相応に高い実力を持った魔術の使い手の前に立ったら丸裸も同然ということ。想像するだに恐ろしい魔術だ。情報を制するものは万事を制する。

 エステラさんがイリスに私の紹介をしてくれた。森で拾った記憶喪失の人間という触れ込みはイリスの同情に値したらしく、初見の刺々しい態度が少し軟化した。だがすぐに私がデータベースにも登録されていない人間と知るとまた疑念を抱かれたが、そこはそれ。


「レイだっけ? あんたが騎士に捕まってエステラもろとも処刑なんてことになってもギルドは一切責任をとらないからね」


 ということらしい。ギルドはある程度の自由行動が認められる代わりに、自分の責任は自分でとれという方針なのだ。いざとなったら身を守れるのは自分しかいないということ。

 エステラさんが妙に自信満々に言った。


「そこは心配いりません。私が付いてますので」


 ついさっきまでは関わらない方がいいと言っていたエステラさんの口からそんな言葉が出てくるとは。こちらとしては大変心強いのだけど。

 仮にエステラさんが厄ネタを持っていたとしても、この世界で一人になるよりはマシだ。


「あんたがいると余計面倒起きそうよね」

「それは……まさか私が何かするとでも思っているのですか?」

「そうだから言ってんのよ」


 ギルドカードというプリペイドカードに似たようなものを貰った私は晴れてこの街の住人となったらしい。データベースに私の情報が追加されたのをエステラさんが確認していた。

 その様子を見ているとイリスが私に耳打ちしてきた。


「実はアレ違法。データベースを閲覧する権限は下層の人間には与えられてないのよ」

「……エステラさんって手段選ばないタイプ?」

「あんたも厄介なやつに捕まったわね」

「そうかも」


 ギルドに登録するには簡単な依頼を一つこなすのが条件らしいが、そこはエステラさんとイリスの仲なのか、免除してくれた。だが外聞として良くないとのことで――あと私の実力を試す意味合いもある――エステラさんの仕事に私が付いて行く事になった。

 場所は王都から二日ほど歩いた場所にある村。住民の数は二十人くらいの小さな村。最近そこで呪いにまつわる問題が起きているとか。

 ギルドに登録されている冒険者の中で、最上位のS級冒険者であるエステラさんにそれの解決の依頼が来ていたのだ。

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