高校最後の不完全燃焼

朝凪 凜

第1話

「危ないっ!!」

 そんな声が聞こえて振り向いたときには、私の視界はすでに地面に向かっていた。

「すみません! 誰かー! 保健室に連れてくの手伝ってー!」

 まわりを見回してようやく今の状況が理解できてきた。

 ハードルの脇を通っていたけれど、考え事に夢中でどうやら横切っていたところでハードル練習をしていた子にぶつかったのだ。

「あっ! ごめんなさい! 大丈夫? けがはない? ちょっと考え事をしていてまわりを見ていなかったわ」

 そう声をかけて立ち上がろうとしたところで足首に激痛が走った。

「私は大丈夫です。先輩、怪我してるから気をつけてください。私のせいで怪我をさせてしまってすみません」

 まだ夏が過ぎたばかりで半袖短パンで練習をしていたから改めて足元を見ると、出血もしていた。私はおとなしく、後輩の未玖みくちゃんと私の友達で陸上部の部長ある仁美ひとみが声をかけながら保健室まで肩を貸してくれた。


「はい、一応消毒と止血をして包帯は巻いたけど、病院で診てもらわないとダメね。これ、痛いでしょ?」

 包帯の上から軽く足首の辺りを触っただけで痛みがある。

「うっ、はい、痛いです」

「筋を痛めてるだけだったらまだいいけど、骨折してたら大変だから、出来ればすぐにでも病院に行ってもらいたいけど、誰か迎えに来てもらえるかしら」

「うーん、家には誰も居ないのでそれは難しいですね……」

 友達が言っていたけれど、どうもハードルの下敷きになったらしく、思いっきり捻ったようだ。

 もうじき秋の総体が始まる。そんな時に私は辞退をしなければいけないことに悔しかった。誰のせいでもない自分の不注意なのが不幸中の幸いではあった。

「でも良かったわ。未玖みくちゃんは怪我ないようだし、私が普通に練習していていきなりぶつかったとかだったら自分を責めるかもしれないけど、これは100%私の不注意だもの。負い目なんか一切無いんだからね」

「でも、私が気をつけていたらこんなことには――」

「それは違うわ。トラックを不用意に横切った人にぶつかって、半身不随になることだってあるのよ。選手のまわりには近づかないように気をつけなきゃいけないの。パワー全開で全力疾走している人にぶつかるのはかなり危険だからね」

 まだ自分が悪いと思っているのか、腑に落ちない顔をしながらも頷く。

「はい。でも先輩は3年生だからこれが最後じゃないですか。そんな申し訳なくて……」

 そう言われたことに気づいた瞬間、肩の荷がふと軽くなった。

「そっか。そうね。でも逆に総体に出れなくなったことでみんなのサポートに回れるんだからいいのよ。多分ね、今までもずっと頑張らなきゃって思っていていっぱいいっぱいだったみたい。だからさっきも周りを見てなかったからぶつかった。

 今、総体に出れないと聞いてちょっとほっとしたの。もう頑張らなくていいんだ、って」

琴美ことみ、あんたそんなこと考えてたの? もうちょっと友達に相談したりとか頼んなさいよ」

 心配そうな顔で覗き込んでくる友達に苦笑いする。

「そりゃあそうよ、仁美に抜かされるものかって必死だったんだから。そんなライバルに相談なんて出来るわけないじゃない」

「それは、悪かった。もうちょっとみんなのことも気にかけてられなくて部長だなんて恥ずかしいわ」

「そんなあなたにジロジロ見られてたら気が散って練習に身が入らないからいいわよ」

「もう、そんなこと言って……。まあいいわ。それじゃあ私が病院に連れて行くから、あとは先生と副部長の指示を聞いておいて」

 後輩に指示を出して、私の前で膝をついて肩を貸してくれる。

 校門のところでタクシーを呼んでもらった。

「琴美、悪かったわね。本当に」

「いいわよ。後輩の前じゃカッコ悪いとこ見せらんないでしょ? 悔しいのは事実だけど、それよりも楽になった方が大きいのは本当。大会は頑張ってね」

 にっこりと笑ってタクシーに乗せてもらい、一人で病院に行く。

「ほらほら、大会前に部長がいなくてどうすんの。さっさと練習にもどんなさい!」

 そう言って無理矢理帰した。

 そうして病院に向かって走り出したところでようやく泣くことができた。

「せっかく、せっかくここまで来たのに……」

 病院に着くまで一人泣いていた。

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