むかしむかし……

 俺達、砂漠の民や遊牧民ってのは、一般的に末子相続だって事は、お前も当然、知ってるよな。…うん、だからお前も、もう少し大きくなったら恋でもして、嫁さん貰う為に頑張って稼いで、いずれ家を出て、結婚して、そこで新たに家庭を作っていく。

 末の子供が家と財産を継ぐのは、炉の番人だからさ。

 後、ぶっちゃけて言えば、末っ子ってのは大抵甘え上手で強か、案外しっかり者が多い上に、「そういうもんだ」って育っていくから、ある程度覚悟して育つし、その分素直で言う事聞かせ易いっつー大人の事情もあるのな。

 それに老いてから授かった子供ってのは、得てして可愛いもんだしよ。人によっちゃ、孫みてぇな歳で末っ子を産ませる男も少なくねぇし。

 ……え? 俺? うーん、どうだろうな。

 俺もずっとこの暮らしだから子供は多けりゃ多い程良いって常識で育ってきてるけど、ウチの嫁さんはあの通り、元気で体力もある方だけど身体は小せぇからよ。あんま無理はさせたくねーよな。

 子供産むってのは、マジで大変だからな。これ、一度でも出産した事ある女なら誰でも言うぜ? 俺の母ちゃんも、姉ちゃんも、嫁いだ妹も言ってたもん。…あぁ、アニサも娘産んだ直後、言ってた言ってた。……娘、まだ三歳で死んじゃったけどな。

 おっと、しんみりしちまった。…違ェよ、そんな顔すんな。怖ェけど、でも欲しいんだよ。

 話がズレちまったな。…お伽噺。そう、お伽噺みてぇな話だったか。

 あのな、ムディルはさぁ。自分の親父が明らかに若過ぎるのに氏族の長やってんの、不思議に思った事ねぇ?

 ……そう、そうなんだよ。この辺の氏族では二番目に若い獅子の長だって、そりゃ若い若い言われてるみてぇだけど、俺ら狼の長よりはずっと大人だし、ウチの長はマジで若造だかんな。

 獅子の長が何かと心砕いてくれるのも、あの若さが心配ってのも理由の一つだと思うぜ? 何せやっと二十二だかんな。長やってる期間が十年もあるから、歳にしては随分頼り甲斐あるし勝手も判ってるから俺達は全然不満なんかねぇけど。

 何てったってカリムは、十二で狼の氏族長になっちまったからな。しかも末っ子じゃねぇんだぜ? お前だって叔父さん叔母さんに会った事あるから、自分の親父が一番下じゃねぇって事くらい、気付いてただろ?

 あのな、先代……そう、つまりお前の祖父ちゃんな。お前が産まれる前に亡くなっちまったから、お前はピンとこねぇかもしんねーけど。

 その先代が長だった頃、カリム含めて九人の子供が生き残ってた。妻妾は五人で、子供の数は全部で十六人。まぁ、こんな環境だから、俺の娘みてーに大人になる前に死んじゃうのも珍しくはねぇよ。だから、九人。

 カリムはその時点で生き残っていた九人の内、七番目の子供だった。

 先代は頭が切れるしっかりした人で、厳しくて冷静で寛大で豪放、正に人の上に立つに相応しい畏怖と貫録を持っていたお方だったよ。氏族長ってのは盗賊の頭でもあるから、野蛮な面もあるし冷酷で残忍な面も持っていたけど、そういう人ってのは何だかんだ言って、懐に入れた者には優しいものさ。

 氏族の長として、慈悲を持つ先代は確かに優れたリーダーだった。

 そんな人だったけど、やっぱり寄る年波にゃ勝てないね。ある日、先代がいきなりぶっ倒れちまって、それからはてんやわんや。

 本来なら完全に逝っちまう前に後継に最後の教育と教えをしっかり教授しとくもんだけど、その時末っ子…そう、ムディルの知ってる中で、一番若い叔父さんな。一年くらい前に神官の道を目指して独り立ちするっつって……あぁ、お前ら随分懐いてたから、グズると思って、夜明け前に家を出ていっちまった泣き虫の叔父さんだよ。

 アイツが跡取りだったんだけど、困った事に、アイツは自分の親父が倒れた時点で、四つになったばっかのチビちゃんだったのさ。

 そりゃあ、幾ら何でも四歳児に全部託せる訳ねーよな。託される側が可哀想だし、先代だって困ったさ。マトモに跡なんか継がせらんねぇだろ、まだたった四歳じゃ。

 いくら末子相続が基本っつっても、別に絶対って訳じゃねぇ。だから――先代は生き残ってた全ての子供を集結させた。カリムは当時まだ十歳だったから、当然家を出てなかったけど。

 まぁ、カリムも、普通に十五、六くらいになったら家出て金稼いで嫁さん探して結婚して、穏やかに過ごすつもりだったんじゃねぇの? 俺も十六で嫁さん迎えたし、男も女もこれくらいの年齢で結婚すんのが一般的なんじゃねぇのかな。…つまりムディルも、将来それくらいになったら、家を出る準備はしとかねーとな。

 男ってのは皆そうやって、独り立ちしてくもんだぜ。

 そうそう、続きな、続き。…末っ子に跡を継がせるには、四つじゃ幾ら何でも若過ぎる。つーか幼過ぎる。だからな、先代の狼は、自分の子供達に条件を出したのさ。


「お前らの中で、一番デカくて一番価値のあるものを盗ってきたヤツを、ワシの後釜に据える」


 氏族長になるってのは大きな事さ。何せ盗賊の頭でもあるんだから、獲物の取り分も一番大きいし、貯め込んだ財産も権力も桁違い。

 責任もそれなりに生じるけど、長の子供は皆それなりに教育を受けてる、お前みたいに。

 読み書きと計算なら一通り、学ばされてる。その分、頭の回転も速い。上に立つ男の子供として育ったんだから、上に立つって事を生まれた瞬間から肌で感じて、見聞きしてる。実践するだけなら、猿真似だろうがそれなりに出来るはずだろ。

 要するに、誰が長になっても俺達の暮らしはそれなりに守られたんじゃねぇかな、ってのが俺の見解だ。極端な話、お前の親父じゃなくっても。

 でも俺としては、カリムが選ばれて良かったって思ってるぜ。これは別に、幼馴染の贔屓目ってだけじゃねぇつもり。

 それを聞かされた上は三十路、下はひと桁までの兄弟は、一部除いて皆いきり立った。末子相続だと諦めてた財産と地位を、そっくり丸ごと手に入れるチャンスだもんな。

 一部除いてってのは、流石に当時四つの末っ子と、その上の七つだった娘は年齢的にも無理があるし、先ず話が理解出来る年齢でもなかったから。実質、カリムが候補の最年少だった訳さ。まぁ、十歳でも正直、幼い方だと思うぜ? 俺はアイツ、辞退すると思ってたもん。

 兄弟が千載一遇のチャンスにいきり立つ中、カリムだけは冷静だった。

 アイツ、氏族の長になりたいなんて野心はあんまなかったんだよな。

 でも、自分以外の誰かが長になった場合を想定して、それなら自分がなった方が一番マシって結論になったんだろ。

 さっき言った「お前の親父が選ばれて良かった」っつーのは、要するにそこにある訳よ。俺達への考え方が、他の兄弟とはちょっと違った訳だな。



 カリム――当時まだ十歳の少年は、考えた末に広大な砂漠の最も豊かな水の大国……そう、あの長い運河と巨大なオアシスを持つ、この砂漠一番の都市国家、ピセヌ。お前も勿論知ってるよな。

 何せ俺達砂漠の民にとって、水溢れる都市国家なんて夢物語みてーな話さ。塩の交易もやってるから、砂漠を渡る流浪民や旅人は、皆あの国を素通りなんて出来やしない。

 カリムは、ピセヌの王宮に潜り込む事にした。

 王宮なんてないはず? …あぁ、今はそんな名称じゃなくなってるんだっけか。あの国は今、議会が政治をやってるもんな。

 でも、俺達がまだムディルくらいの歳までは、王宮っつって、王族や貴族っつー身分のヤツらが出入りする城があったのさ。

 ……そう、王様ってヤツが、あの国にも居たんだよ。もっとも、その王様ってのも、飾り物みてーな存在だったらしいが。…そんでピセヌ王国…おっと、今はピセヌ共和国だっけか。とにかく、今のピセヌに王様は居ないけど。だから政治家が国を回してんだけどさ。

 王様ってのはカリムからしても、噂ばかりで肝心の姿なんて見せねぇもんだから、随分掴みどころがなくて不思議な存在だったらしいぜ。国の誰もが水を守るのは王様の務めだからって尊敬し、称えているのに、肝心の王様とやらは誰にも姿を見せない。

 そういうしきたりだったみてぇだけど、不思議だろ?

 まぁ、実際に水を守ってんのかどうかすら怪しい上に居るのか居ないのかあやふやな王様なんて、元からあってもなくても同じようなもんだろ。尊敬されていながら、お飾り。そんな感じだったんだとよ。

 話を戻すぜ。――カリムは身分を偽って、ある程度の教養を持った奴隷として自分を王宮に売らせたのさ。…その手筈を整えたのは俺の親父だからな、俺もちょっと手伝った。

 読み書きと計算、礼儀作法も問題ない。十歳っつー年齢も警戒を解くには充分だ。

 カリムは怪しまれる事なく、王宮の侍医と祐筆の弟子に収まった。…何で両方なのか、って? それは覚えも良いし勘も良いってんで、出来が良過ぎて侍医と祐筆、どっちからも「ウチの弟子に」って望まれちまったんだよな。

 アイツは何でもこなせる器用貧乏だし率先して仕事こなそうとする真面目なヤツだから、俺もそこは尊敬してるけど、潜伏してんのに本気出したら拙いだろ。目立っちゃ駄目だろ。

 …あの頃はまだ十歳だったし、今と違ってその辺りに気を配れる程、視野が広くなかったのな。

 甘ちゃんって言えば甘ちゃんだけど、早く気に入られるには出来の良さをアピールするのが手っ取り早いから、アイツも加減ってのが判らなかったんだろ。

 今ならそんなヘマしねーと思うぜ、お前の親父は結構曲者だ。

 忍び込んだ王宮は、水は豊かで緑も多く、病人は少なく医療が発展し、「流石大国は違う」って実感したらしいぜ。…嘘だと思うだろ。でも、そういう死とは縁遠い平和な国ってのも、確かにこの地上には存在するのさ。

 水があるってだけで、人の生活は随分楽になる。

 カリムが王宮への出入りを許されるようになって一ヶ月くらいか……おかしな子供が出没するようになった。…そう、おかしな少年だったらしいぜ。何せ夜中にしか現れねぇっつーんだから、その時点で怪しいだろ。

 まぁ、こっちはこっちで後ろ暗い目的で夜の王宮を探索してる訳だし、やり難いったらねーよな。

 何を盗めば良いのかと考えながらいろんな場所を嗅ぎ回ってる中に夜、フラッと現れて、問いかける事は言えば、「君は誰?」ではなく「迷子になったの?」と。

 ある意味とても常識的な質問だけどよ、静まり返る王宮の夜更けで得体の知れねぇガキが王宮を嗅ぎ回ってる怪しいガキに問いかけるにしては、随分と呑気な質問だと思うだろ。

 お前の親父は「君は誰?」って問いかける真似はしなかった。だってそう問いかけて、「そっちこそ誰?」なんて訊き返されたら、困るのは自分の方だからな。

 下手に問いかけるよりは無難にやり過ごす方が賢いと判断して、いつも「迷子じゃないよ、お気遣いなく」って適当に返して追い払ってたらしい。…否、追い払うも何も、あっちが納得して自分から姿を消してたってのが本当らしいけど。

 でもそれ、やり辛い、って? そうだなぁ、俺もそう思う。実際、アイツも困ったらしいぜ。

 何度も夜に顔を合わせるのに、自分の言い訳がいつまでも通用する訳がないのに、明らかに不審な自分に対して、いつもソイツは何も問わない。「迷子?」って訊ねて、違うと応えたら大人しく引き下がる。

 明らかに育ちが良さそうだから、自分とは根本的に同類じゃねぇって事は初見で判断したが、得体が知れないヤツって印象は変わらねぇんだもんな。そりゃ警戒するわ。

 もう一つ困った事に、カリムときたら、ただ時折夜中に顔を合わせるだけのその少年を、何故か気に入っちまった。

 警戒したいし、顔を合わせりゃ緊張するのに、気になって気になって仕方ない。

 まぁ、性別不明の子供っつーか、衣服や飾り気のない物言いから男と判断したらしいが、とにかくえらく美形なもんだから、顔を合わせりゃ思わず見惚れてたっつーくらいだし、本当に綺麗な子供だったのさ。……何その眼。お前の親父の話だよ。…俺も見た事あるような言い方だった、って? だーかーら、今その話をしてんだよ。

 ある日、とうとう好奇心に耐えかねて、カリムは問いかけちまった。…そう、「君は誰?」ってな具合に。

 そうしたらその子供、何て答えたと思う? ――「籠の鳥」って答えた。

 凄ェ意味深だろ。自分と同じくらいの少年が、そんな返事、するとは思わねぇだろ。

 でも、アイツは納得しちまったんだよな。何せ自分の意識を容易く奪う程に綺麗な、どこもかしこも瑕のない硬玉みてぇな美しさ。

 そんな子供が「籠の鳥」なんて、似合い過ぎて逆に納得するしかねぇだろ。……って、カリムは思っちゃったらしい。

 壊れそうな儚さと芯の強さを秘めた美しさに、お前の親父は惹かれた。

 自分より背の高い少年が籠の鳥と自嘲するなら、その鳥籠の扉を自分が開けてやりたいって、ぼんやり思ったのさ。……思っただけだけどな。

 何せカリムは自分の立場ってのをこれ以上なく冷静に承知してた。自分が何の為にピセヌの王宮に忍び込んで、夜な夜な探索しているのかも。そして為すべき事も。



 ピセヌに潜伏して二年弱経つ頃に、『親父がまた倒れた。』っつー緊急の知らせを結んだ砂漠鳩が飛んできた。

 一度倒れたものの頭脳はそのままで、気丈に采配をふるって氏族を治めていた先代だったけど、流石に今度は危ういって誰もが思った。俺も正直、「もう駄目だろう」って思った。倒れたのが二度目ともなればな。

 既に王宮の間取りはほぼ把握しているし、宝物庫の厳重な鍵二つと呪術の封印も時間は掛かったが何とか攻略済み。要は、いつでも忍び込めるって事。

 砂漠の交易の拠点であった都市国家は豊かで、歴史深い曰くつきの宝飾、各地からの貢物、七十年前に鉱脈から金が採れなくなって流通が途絶えたピセヌ金貨まで、ありとあらゆる金銀財宝が宝物庫には山積みで眠っていたんだっつーんだから、想像しただけで眩い話だよ。

 カリムは鳩の知らせを読んだ時、悩み、考えた。――帰るべきか、帰らざるべきか。

 水の豊かな大国での暮らしは、日々穏やかで平和だった。時折、そのぬるま湯に飽きる程には。

 でもな、カリムは、そういう偽りの暮らしを二年続けて、次第に思うようになったのさ。――王宮から財宝を奪う事は簡単だ。けれど、盗んで持ち帰り、その結果氏族の長に選ばれなかったら。自分はその先、どうすれば良いのか。ちゃんと長となった義兄または義姉の補佐を務められるのか。寧ろ、価値観の違いで「要らない」と言われる可能性だって高い。

 どうせ家を出る事になるのなら、いっそこのまま、故郷へ帰らずここで暮らすのも一つの選択なのでは。……カリムは、飽きる程退屈で平穏な暮らしを、それでも愛するようになっていたのさ。

 まだ十二歳だったんだ、揺れるのも当然だろ。

 実母も同胎の弟妹も病気や怪我で死んじまって、この世には居ない。義母や義兄や義姉との仲は悪くないが、自分一人居なくなっても悲しまれる程の仲でもない。親しい友人は居るけれど、殆どが敬うばかりで遠慮のない付き合いをしてくれる同年代の子供は少ない。何より、この国での暮らしも捨て難い。

 偽りの身分で得たこの場所には、確かに自分の居場所がある。侍医にも祐筆にも我が弟子にと求められ、どちらの下でも勤勉に働いて。どちらの師匠も、自分の父親よりずっと自分を見てくれる。

 揺れながらも、カリムはそれでも砂漠の過酷さを知った上で故郷への未練もあった。…優柔不断と言ってやるなよ、誰しも迷いはあるもんだ。何せアイツは、自分の為に氏族長を目指した訳じゃねーんだから。

 何を盗むのが良いだろう。

 竜の心臓と呼ばれる程の大きなルビーか、オアシスのほとりに落ちた流星をモチーフにした金冠、大きな黒豹の毛皮、かつて女神の涙と謳われた金剛石……美しいもの、価値のあるものがここには何でもある。ありふれていて、何が一番価値のある素晴らしい宝物なのか、判らない。

 そんな夜。カリムは宝物庫の重い扉の前で、例の少年に遭遇した。


「……。この国で、一番価値のある貴重なものって、何だと思う?」


 お前の親父はさ、よりによってそんな部屋の前で、少年に意見を求めたんだよな。…おう、凄ェだろ。普通はしねぇよ、そんな質問。

 でもってさ、こっからが驚きなんだけど、少年は問いに対して、真剣に返した訳。…おう、凄ェだろ。何なのお前ら、って思うだろ。


「僕が思うに、この国で一番価値ある宝は、水だよ」


 ――は? って思ったか? 俺も最初カリムから話を聞いた時、一瞬「は?」って思ったぜ。こん時はカリムも予期せぬ返答に「は?」って思ったかもしんねぇ。


「人は水がないと、生きていけないから。この国がここまで大きく栄えているのは、運河の所有権を持っているのと、大きなオアシスが涸れないからだと思う」


 ピセヌ王国の平和は富は水は、王が守っている。――その言い伝えを人々は信じてて、そして姿を見せない王様ってのを尊敬し、崇拝していた。

 滾々と湧き出るオアシスの清水は、王の存在によって、守られているのだと。

 その言い伝えを、カリムも勿論知ってた。迷信だと思ってただろうし、実際、既にそれはただの迷信じゃないかとその時思ったらしい。少年に問いかけを止めなかった。


「水がなければ都市は滅び、人々は暮らしに困るだろう。――王は水を守る。確かにこの国にそう伝わってるけど、それはもはや、ただの迷信なんじゃないか?」

「? 僕は、王とは言ってない。水と言った」


 カリムの疑問を、バッサリ切ったその少年の言葉こそが、カリムに気付かせたのさ。――宝っていうものの本質を。

 なぁ、ムディル。お前にも身に覚えはねぇか? 何かを宝物にして大事にした経験はねぇか? 友達の誰かが、「これは自分の宝物だ」って見せてくれたものが、お前の眼にはただのガラクタにしか映らなかった事はねぇか? ……つまり、宝ってのは、本来そういうものなのさ。

 ある者にとっては確かに大事で、ある者にとっては下らない。ある者には意味があり、ある者には何の意味もないもの。

 判り易いものなんかで言うと、宝石なんかがそうだよな。ありゃあ正に「お宝」って感じがするだろ。

 でもな、あれは綺麗にカットされて磨かれてるから美しいんであって、掘り出した原石のままだったらどうよ? そもそも、想像してみな。例えばお前が人里離れた誰も居ない土地に迷い込んだとして、そこで幾ら大量の宝石を持っていようと、それで火も起こせなければ水もなく、パンの一つだって生み出せない。金や宝石を幾ら持ってったって、それを使える場所、その価値が示せる場所に居なければ意味がないし、そんな状況だったら食いもんの方がよっぽど「お宝」だと思わねぇ?

 もっと極端に言うぜ。宝石をただ綺麗なだけの石ころとしか認識してねぇヤツにしてみたら、そんなの幾ら持ってようが、「お宝」にはならねーのさ。ソイツにとって価値のない宝石ってのは、ただの嵩張る硬ェ荷物に過ぎねぇよ。

 カリムは、巨大なオアシスを誇る都市国家で一番価値のある宝をこの瞬間、知った。――それは水を守るって言われてる、王様そのものだって事に。

 それと同時に、お前の親父はこうも思った。――ピセヌ王国で一番価値のあるものは王様だが、自分にとって一番価値のあるものはこの少年だ、と。

 何でそうなるの? って思うよな。

 でも、俺達の暮らしとは違って、水があるのが当然の国で育って、その大切さに気付き難い環境で生きている上でそういう答えが即座にポンと出てくる少年こそが、カリムの琴線を震わせたのさ。

 居るかどうかも怪しい存在自体があやふやな王様なんかより、アイツにとって眼の前に立つ夜の少年の方が、ずっと価値のある存在だったってだけの話よ。

 確かに水を守ると伝えられる王様はピセヌに住む全ての人間にとって意味がある宝かもしれねーけど、その国の人間ではない盗賊風情のカリムにとって、王様なんて何の価値もありゃしねぇ。

 だからカリムは、自分にとって一番価値のあるものを己の心に従って、持って帰る事にした。――何てったってその籠の鳥は、宝物庫のどんな財宝よりもアイツの眼には輝いて見えるんだもんな、仕方ない。

 カリムは、「鳥籠の扉を自分が開けてやりたい」って、前に思った事がある。確かに「開けてやりたい」とは思ったが、あくまでも「開けてやりたい」ってだけだ。…扉を開けて、「自由にしてあげたい」とまでは思わなかったのさ。

 ……言っただろ? お前の親父は案外曲者なんだよ。

 そんな得体の知れない美少年、連れて帰ってどうなったの、だって? わっかんねぇかなぁ? お前の親父が十二歳で狼の氏族長になったって話をしてるんだぞ? だからつまり――そういう事だよ。

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