転生したら『ぬいぐるみ』だったうえに勇者パーティを追放されたから寝返って魔王になってみた
くらんく
決戦の時
「よくここまで辿り着いたな勇者――いや、我が友ライディーン」
魔王城最深部、深紅の絨毯の上で向かい合うのは、かつて同じパーティで寝食を共にした無二の親友である2人。
雷の守護竜の加護を受け、数々の死闘を乗り越えてここまで辿り着いた勇者ライディーン。彼はすでに満身創痍ながらも、魔王と相対するために今日まで剣を振り続けていたため、少しばかりの痛みなど気にも留めていなかった。
一方の魔王はぬいぐるみである。2本の足で歩く度にどこからともなく、にきゅ、という効果音が鳴るライオンのぬいぐるみである。彼の名はマホキティ。つい数年前まで勇者パーティのマスコットを務めていた男である。
マホキティには秘密があった。それは前世の記憶がある事だ。だがそれはこの世界のものではない。地球という星の、日本という国の、一般的な学生としての記憶だった。彼は異世界転生者なのだ。
そんな彼がぬいぐるみに転生し、前世の記憶を用いてこの世界の人気キャラクターの地位を手に入れたのは必然だったのかもしれない。なぜなら彼は世界中のありとあらゆる人気キャラクターに学びを得ていたからだ。
そして遂に彼は勇者パーティのマスコットに就任した。民の期待と注目を一身に背負う存在として、多くの人々に賛同と理解、そして協力を得るためにメンバーの1人として加入したのだ。
しかし、それは言わば客寄せパンダ。パーティの旅や戦闘においては足手纏いにすぎないという事実に、マホキティ自身が最も心を痛めていた。
だからライディーンはマホキティを追放した。
ライディーンは心にもない言葉を親友であるぬいぐるみに投げかけ、2度とパーティに近づかないようマホキティを遠ざけた。ライディーンにとってそれは辛い選択であったが、これが最善なのだと涙を呑んで自分に言い聞かせた。
そんなライディーンに待っていたのは国民からの軽蔑であった。
世界の人気者を追いやったとあってバッシングは苛烈を極め、勇者を応援する者が徐々に減っていくという事態に発展。それに伴って魔王軍への賛同者が増えるという異常事態が起こっていた。
そこでマホキティは動いた。
人気者である自分を客寄せパンダとして使わないかと魔王軍に売り込んだのだ。魔王軍でもファンの多いマホキティの加入は快く受け入れられ、更に魔王軍への賛同者が増えた。そうした実績が認められマホキティは魔王の座まで上り詰めたのだ。
そして、時は来た。
目の前にはかつての親友ライディーン。勇者と魔王の直接対決。互いの実力は知っていた。だからこそライディーンは涙を流さずにはいられなかった。
「私を倒せるものなら倒してみるがいい!」
精一杯強がってみるがマホキティの声も上ずっている。
マホキティはライディーンが自分を倒しに来るその時をずっと待っていた。だが、いざ別れの時が来ると、もっと一緒にいたいとも思ってしまう。だから最後まで彼は魔王であり続けた。
「今まで……、ありがとう……、マホリン!」
白い綿が宙に舞った。
それから世界は平和になった。
マホキティが魔王になってから弱体化していた魔王軍は、求心力のあるトップを失 い瓦解した。魔王軍への賛同者は、応援していたぬいぐるみがいなくなったことで我に返り、勇者パーティは手のひらを返したように称賛されるようになった。
国王からは巨大な豪邸を与えると言われたが、ライディーンはそれを固辞し、これまで多くの人間の汚れた面を見て来たからか、人目を避けるように森の奥に住んでいる。
近くを通りがかった人の話では、ライディーン元気にしているらしい。むしろ今までよりも楽しそうな表情をしていたという。
それともう一つ。ライディーンの家の中からは不思議な音が聞こえたそうだ。にきゅ、にきゅ、という不思議な音が。
転生したら『ぬいぐるみ』だったうえに勇者パーティを追放されたから寝返って魔王になってみた くらんく @okclank
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