通学路と昇降口での出来事
しばらく歩いた頃だろうか。私を急に後ろから衝撃が襲った。それと同時に「わぁっ!」という明るい声が耳に響く。私はいたた…と思いながら背中をさする。
恐る恐る後ろを見ると、そこには同じくらいの少女が悪戯げな笑顔を浮べて立っていていた。
私は彼女を知っている。満天の笑顔、そう言えるだろう表情をした彼女は口を開く。
「えへへっ!
びっくりした?」
「綾…んもう、びっくりしたよ」
私と彼女、綾はそんな会話をする。綾はいつも明るく、誰にでも笑顔を見せて話す。私も、そんな綾に声をかけられ、話すようになった。多分、『友人』と呼べる間柄だと思っている。
「そんなに驚くとは。驚かせがいがあるよねっ!」
綾はそう言いながら私の隣で歩き始めた。私は彼女の言葉に軽く返しながら歩く。
学校の姿が少しずつ見えてくる。私は憂鬱な気分が襲いかかると思っていたけれど、綾と話していたからか、思ったよりも心は軽かった。
「おはよー」、「おはよっ」という声がそこかしこから聞こえる程に門の近くには人が集まっていた。綾も何人か知り合いがいたのか、「おはよ〜!」と挨拶をしていた。
私は綾に、
「別に私といなくても、あっちの友達の方が一緒にいて楽しいんじゃないの?」
と言ってみた。
そうすると、綾は何故か不満そうに口を開く。
「んもうっ、私は秘杏と一緒にいたいの!
それに秘杏っていっつも1人でいるじゃん。まさか私以外に友達いないとか、ないよね?」
と言って疑いの目を向けてくる綾に私は言葉を詰まらせる。
ちなみに秘杏とは私の今の名前。正確に言えば弧那 秘杏、それが私の名前である。
友達がいない、とまではいかないが親しく話すのは綾を含め数人程度だった。
「そ、んな事ないよ?」
「本当にー?」
今日はいつも以上に綾の追求の手が伸びてくる。なんとか追求の手から逃れていると、いつの間にか目の前に昇降口のガラスに私を映していた。
新品みたいなガラスは私と綾、後ろの空を色すらも綺麗に映す。その時、制服を身に纏った私は、少しだけ楽しそうにしていた事に気がついた。
ガラスの扉を通ると、靴箱が列をつくって並んでいる。私と綾はその内の一列に向かうと靴を履き替える。その間も、綾の楽しそうな声がやむ事はなかった。何故か私はその声を煩いと思っていない。
私の通っている学校は正式名称「中高一貫霞ヶ関学園」という。敷地内に校舎が何個もあり、施設も充実していると評判の学校だ。
それに──私は先程からきゃあきゃあと歓声のようなものが聞こえる方向をちらりと見る。そこには多くの女子生徒に数人の男子生徒。男子生徒が女子生徒に囲まれている図が広がっていた。そこだけアイドルのライブ会場のような雰囲気があった。
ここの学校は御曹司と呼ばれる人物が何人か在籍している。彼らは家柄もそうだが、“異能”と呼ばれるものも強力だと噂だ。
…朝から見たくないものを見てしまった。私は先程まで明るかった気持ちが一気に下がるのを感じた。綾はあちゃちゃ…みたいな顔をしているのが視界の隅に映る。
「早く行こっか」
私は綾にそう声をかけると綾の手を引き、さっさと歩いて行こうとした。もう見たくなかったからだ。
「あっ、待ってよ秘杏!」
綾はちらりと男子達の方を見ると私に手を引かれた事で小走りで着いてくる。
だが、その声で男子達がこちらに気がついたようだ。女子に囲まれていた茶髪の、(私は思っていないけど)イケメンと言われる一人がこちらに近づいてくる。それに伴い、他の男子、群がっていた女子の視線もこちらに向いた。
面倒な、と思ってしまう。私が学校に行きたくない理由の一因がこれだった。
「おはよう、秘杏」
こちらが避けている事に気がついているのか、いないのかはわからないが笑顔を浮かべ話しかけてくる。
私は少しだけ視線を向けると静かに一言だけ言葉を発した。
「話しかけないでください、私は何も話す事はありませんから」
「お前…まだ気にしているのか?
あの時の事は謝っただろう。」
その言葉を聞いてすぐ、私は思わずなんだこいつ、みたいな視線を向けてしまった。彼が発したあの時、というのは授業中にでも思い出そう。今思い出してしまうとこの場でつい悪態がぽろりと口から出てしまいそうだ。
朝からそんな事をしていると気が滅入ってしまう。
もう行こう、と綾に目配せしていた時、彼と綾以外の声が聞こえた。それは、彼の周りに群がっていた女子生徒の一人のものだった。
「なによ、海里君が謝っているじゃん。しかもなんでそんな無愛想なのよ!」
「そうよ!海里君に謝りなさいよ」
「“能力無し”の癖に!」
一人が言うと、他の子も声を荒げ始める。
煩いなぁ…なんて考えるがまともに相手をするときりがない。ここは無視するのが正解。
私はもう一度綾の手を引くと、綾は私の考えを汲み取ってくれたようで女子生徒達を無視して歩き始める。
女子生徒の前を通り過ぎる時、綾がべーっなんて事をしていたのが見えたが特に気に留める事はしなかった。少し、いい気味だと思っていたのかも知れない。
ぎゃあぎゃあと後ろから声が聞こえた。女子生徒が騒ぎ立てているようだ。そんな事気にせず、私達は教室へ向かう為階段を上がり始める。
その中で声を発さずにこちらを見ている存在、海里がいた事など気が付かなかった。
◇
──秘杏達が去った後、海里は他の男子達に声を掛けられていた。
最初に声を掛けたのは金髪で、いかにもヤンキーという雰囲気の男子だった。
「お前〜また避けられてんじゃん」
「蓮…お前も同じだろう、あいつは俺ら全員を避けてるんだからな」
蓮と呼ばれた金髪の男子は海里の肩に腕を乗せ、煽るように言った。海里は煽りをまるで意に介していないように返す。「まあな〜」と蓮は軽く笑い声を零しながら言う。
俺ら、とはこの二人を含め5人の事を指していた。いや、本当は四人なのだが、それを彼は知らない。
秘杏はその四人からとある事をされ、それから嫌っている。
秘杏が視界に入った時、彼らの双眸には“執着”と言える感情が浮かんでいた。
何故ここまで執着するのか。それを一言で言い表すとしたら、「運命」なんて幻想的な言葉なのかも知れない。秘杏からしたら迷惑でしかない事なのだが。
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