また何処かで
華玥
朝の記憶
ずっと、ずっと夢を見ていた。
どんな夢なのかは覚えていない。けれどそれは、とても心地良い夢。でも、それはすぐに終わってしまう。まるで湯冷ましのように、さらりと記憶は消えてしまう。
す、と瞼を上げると目の前に広がるは自分の部屋の天井。白い天井は窓から入ってくる光によってちらちらと光っている。
窓の外からは車の通る音、ランニングをしている人の話し声等が響いていた。そんないつもの朝の音は当たり前、というように私の耳に入ってきた。
私はふわぁと欠伸をすると伸びをする。まだ寝ていたい、なんて怠けた事を考えてみるがそれは叶わないだろう。ちらりと部屋にある時計の針を見ると6時30分より少し前を指している。
そして今日は水曜日、平日なのだ。
私は中学二年生。当然の事ながら学校に行かなくてはならない。
──さあ、今日も自分を仮面で隠さないと──
その考えが頭の中を過ると学校に行きたくないという願望がより一層強くなった気がした。
でも時間は止まる事を知らず、チクタクと音を立て時計は進んでいく。その時、私が昨日の夜に設定したであろうアラームが鳴り響く。
あゝ、煩わしい。私は、朝の音の中でその音だけは唯一嫌いだ。けれど、設定したのは自分だ。そう考えると訳も分からず笑う。
自分の事だろうに、それをあたかも他人事のみたいに頭は受け入れた。そして心もそれを当たり前として受け入れていた。
◇
いつもの日常が戻ってくる。
私はベットから起き上がると部屋のドアノブに触れた。
リビングに行く前に洗面所で顔を洗う。私の目の色は、ヘーゼルアイと呼ばれるそうだ。茶色に少し緑が入ったような色の瞳が鏡に映る。
それと同時に鏡に映った寝癖はいつもよりも大人しかった。でも煩わしい、そう思う。普段はそんな事思わないはずなのに、今日は何故か面倒になっていた。
洗面所のドアノブに掛かっている髪ゴムを一つ手に取ると雑に髪を纏め、一つに結い上げた。横髪だけは結えるほどの長さがなかったのでそのままにしておく。
リビングに入ると、そこには誰もいなかった。いつもの事と思いながらキッチンの方へと向かおうとする。
私は今この家に同居人と2人で暮らしている。その同居人は朝練にでも行っているのだろう。彼女は今、高校一年生で部活にも精を出している。
ふと、机の上に置いてある物に視線が惹かれた。そこには卵のサンドイッチと殻の剥いてあるゆで卵、ヨーグルトが置いてあり、可愛いらしい花柄のメモが添えられている。メモに目を通すと、「ちゃんと食べてね!」の一言だけ書かれていた。
彼女のそういう気遣いが嬉しくて、同時に煩わしいと思ってしまう。
私は、人の気遣いを素直に受け取れない自分が嫌いだ。
サンドイッチを一口頬張る。美味しい、そんな感情がふわりと広がる。彼女が作ってくれる物はどれも美味しいと私は知っている。
ゆで卵はどこもへこんだところがなく、綺麗な曲面を見せていた。どうしてへこんだところが出来ないんだろう。私は疑問に思った。帰ったら聞いてみよう。
ヨーグルトまでしっかりと食べた私はせめて、と思い食器を洗う。
それが終わったら制服に着替えて、日焼け止めを塗る。
焼ける事は特に気にしていないが痛いのは嫌だ。だから日焼け止めは塗るようにしている。
身支度を終えると、家の扉を開ける。鍵をしっかりと閉め、通学路を歩き始める。窓から入って来ていた日差しは直接見るとうざいくらいに輝いて見えた。夏の朝はカラッとした暑さが広がっていた。
私以外にも登校している生徒はちらほら。それ以外にも通勤している人やランニングをしている人。大学生だろうか、朝練している人がいた。
話し声や笑い声がそこかしらから聞こえてくる。私はそれを聞きながらコツコツとローファーの音をたて歩く。
この世界は平和だ。戦争、なんて物騒なものは確かにあるけれど、私の“本来の居場所”よりは幾分かましだと思う。
まだこの世界は穢れ知らない。
だけど、穢れというのはいつの間にか回復出来ないほどに進行している事ある。
この世界は私を受け入れた。受け入れてしまった。
──それと同時に、私は穢れそのものでありながら、この世界が好きになってしまった。
好きに、なんてなりたくなかった。
この世界を明るくしている太陽は、今日も無意味に、馬鹿みたいに私を、世界を照らしていた。
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