ある夜の出会い、ある朝の再会

田吾作Bが現れた

ある夜の出会い、ある朝の再会

「よぉお前さん。こんなところで何をしているんだい」


 木立の一つに背を預け、近くで仕留めた鳥の魔物の肉を使った串焼きが焚火で焼けているのをながめていた冒険者のランディはふと左上からの声に気付いた。


 そこにいた男も同業者らしく、革鎧を身に着け、両刃の斧を背中に背負ってこちらを興味深そうにのぞきこんでいる。


「あぁ、自己紹介が遅れたな。俺はクライヴ。この先にある村の人間なんだが」


 村と聞いてランディは思わずため息を吐きたくなった。実は今日、自分と男がいる峠の先にある村に厄介になる予定だったのだが、何分その村に続く道の一つが岩で塞がっていたのだ。村まで一直線に行けるルートであったそこが通行止めであったため、仕方なく別の道を通る羽目に遭ったのである。


 それさえなければ自分はちゃんとした寝床を確保できたというのに、と徐々に暗くなっていく空を見て思いながらもそれをおくびにも出さず自己紹介を返していく。


「ランディだ。それでクライヴさんとやら。一体あんたはどうしてここにいる?」


「いやなに、ちょっと夜中の見回りでな。この村の近辺に最近魔物が多く出るようになって、俺が巡回してるって訳だ」


 確かに自分がこの魔物を狩った時、他にも色々と魔物がいた。鳥だけでなく鹿やイノシシなどもだ。なおこうして焼いているのが鳥のものだけなのは鳥型の魔物以外は撃退がせいぜいだったからだが、その自分の成果をこの男はよだれを垂らしながら見つめている。


「なぁランディ、すまねぇけどそれ一つもらえねぇか」


「悪いがこれは俺のもんだ。食いたいなら自分でやれ」


 可食部も少なく、苦労して捌いたこの肉を分ける気はさらさらない。シッシッと手で払うが、クライヴはちぇーと軽くスネながら自分の隣に腰を下ろす。くれてやる気は無いぞとばかりにランディはにらむも相手は特に気に留めた様子もない。


「しかしここで野宿とはお前さんも運が無いねぇ」


「仕方ないだろう。村へと一直線の道が崩れたんだ。夜に下手に動けんし、それも朝が来るまでの辛抱だ」


「おーおー頑張るねぇ」


 茶化してくる相手に軽くウンザリしつつもランディは十分火が通ったであろう串をとってかじりつく。血抜きは十分だったらしく雑味はあまり感じない。とはいえあまり塩も振らずに焼いたそれは野趣あふれる味であり、あまり味わうものでもないなと持っていた水筒のふたを開け、一気にそれを流し込んでいく。


「なぁ、残りの二本……」


「誰がやるか。全部食わせろと抜かす奴にくれてやるものは――っ」


 食い意地の張った浅ましい奴をにらみ返そうとした時、不意にここらに集まってくる無数の気配をランディは感じ取った。


 すぐに立って火を消すと同時に腰のブロードソードを抜くと、自分の背中を守るようにクライヴも背中の斧を手に取って構えている。この非常時に向こうもおちゃらけている余裕はないらしく、真剣な様子でこちらにランディに声をかける。


「悪い、俺の背中を守ってくれねぇか?」


「俺の背後に迫る敵を倒してくれるならやってやる」


「決まりだな。じゃあ行くぞ!!」


 短い話し合いが終わるのとほぼ同時、ここらを取り囲んでいた犬型の魔物が二人に迫る。ランディは縦一文字に、クライヴは横一線に武器を振るい、襲い掛かる魔物を両断していく。


「ははっ! こりゃ楽だ!」


「アンタの仲間が合流してくれたらもっと楽になるんだがな!!」


「奴らも今頑張ってるだろうさ! そらっ!!」


 次いでやって来た鹿の魔物も頭を前に倒し、角で貫かんとこちらにやってくる。


「クライヴ!」


「おう!」


 ランディは横に逸れると真横から魔物に切りかかり、クライヴも迫って来た魔物にひと当てしてひるませ、ランディの背中に角を立てようとする魔物の首をその大斧で両断。


 鮮やかな血と共に宙を舞った魔物の首はどさりと鈍い音を立てて地面に落ち、様子をうかがっていた魔物達を怯えさせる。


「まだまだやれるよな?」


「この程度で音を上げるほどヤワじゃないんでな」


「ホント頼もしいじゃねぇか! なら行こうぜぇ相棒!」


「勝手に相棒扱いするな!!」


 未だこちらを取り囲む魔物がいる中、いい笑顔を浮かべるクライヴが突っ込むのに合わせてランディも続く。


「俺ぁ木こりやるのが夢でな!」


「胡散臭いな!」


 樹の上にいた猿の魔物はクライヴが樹ごと切り倒し、飛び移ろうとした魔物を一体ずつ首を刎ねていく。


「この、デカブツが!!」


「それと真っ向勝負するお前はなんなんだろうな!」


 猪型の魔物の頭を真正面から叩き潰そうと斧を振り下ろしたクライヴに合わせ、脳天に一撃をもらってひるんだ魔物の首にランディは横から剣を突き立てる。もう血まみれで斬るのには使えなくなったが仕方がないと覚悟しつつ剣を構え、即席の相棒の背中に彼は陣取る。


「夜はこれからだ。魔物ども」


「人間を、なめるなよ」


 二人の男は吼え猛る。そして戦いの高揚に身を任せながら次々と襲い来る魔物を倒していくのであった――。




「はぁ、はぁ……これで、全部か?」


 長い夜も遂に終わりを迎え、朝の陽ざしが峠に差し込む。肩で息をしながらもランディは辺りを見渡し、周囲に敵影が無いかを調べる。しかし気配は無いことからもう終わったのだと息を吐き、近くにいたはずの相方へと声をかけようとする。


「クライヴ……? おい、クライヴ。一体どこに行った?」


 見渡せど見渡せど見えるのはおびただしい魔物の死体と飛び散った血のみ。昨晩会ったばかりのあの口やかましい男は一体どこに行ったのかと辺りに視線を向けるがかすかな気配すら見当たらない。


「全く、声も欠けずに人を置いていくとは……まぁいい」


 どうせ近くにある村に既に戻っているのだろうとランディはあたりをつけると、ブロードソードに付いた血を魔物の毛やそこらの草葉でぬぐい取り、鞘に納めて村へと歩いていくのであった――。




「そんな……本当、なんですか」


「ええ、間違いありません……」


 そしてたどり着いた峠の村にてランディは衝撃の真実を知る。勝手に姿を消したあの男を呼び出さんと村長の家を訪ね、今すぐにでも連れて来てくれと頼み込んだ時に彼は知った。


「嘘を言わないでくれ……だ、だって奴は……」


「本当です。クライヴはこの村の英雄なのですから」


 ――百年も前、この村の近くで発生した魔物の群れに果敢に立ち向かい、その命を以てこの村を救ったのだと。信じがたい真実にランディは呆然となった。


「しかし驚きました。話を聞けば聞くほど伝承の彼と瓜二つです。よもや村人でなく外から来られたあなたがわが村の英雄と会うことになったとは」


「今でも信じられません。奴が伝説の人物だったなんて」


 魔物に幻でも見せられたのかと思いながらも、彼と交わした言葉、声を掛け合いながら共に戦ったあの感覚は偽物とは到底ランディには思うことが出来なかった。


「……その、英雄クライヴを祀るものとかはありませんか?」


「村の北、かつて彼の生家があった場所に石碑があります。よろしければ顔を出してやっていただけないでしょうか」


「わかりました。ありがとうございます」


 そして礼を述べるとランディは村長の家を後にし、そのまま石碑のある家の跡地へと向かっていく。


「知らなかったんだって」


 石碑に刻まれた英雄の名前を見ながらランディは後悔と困惑に満ちた言葉をつぶやく。


「まさかお前がこの村の英雄だったなんてな」


 まだランディは信じることが出来ない。相棒と馴れ馴れしく呼んできたあの男が、今にもこうして後ろから声をかけてきそうなあの男がこの村で祀られているだなんて思えなかった。


「……悪かったな。肉、寄越さないで」


 あの晩結局肉はほんの少ししか食べておらず、残りはあのままだ。頭にきたまま文句を言いに村に行ったのものだから結局食事もとっていない。下手したらあの肉も野生の動物が既に食べてしまったかもしれない。


「それと、ありがとう。お前のおかげで助かった」


 夜が明けた時、周囲に転がっていた魔物の死体は紛れもなく本物であり、死臭もハッキリと感じられた。しかも切断面からしてあの男の使っていた斧によるものもしっかりあったのだ。だから余計に現実だとしか思えない。


「……ありがとう、英雄クライヴ」


 手を合わせてしばし祈るとランディは石碑を後にする。次もしこの村を訪れることがあったのならば何かお供えをしたいと考えながら。


 そしてそんな彼の後姿を見て一人の男が微笑んだ。その姿は、朝もやに消える。

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