第128話 新しい時代
いよいよ、『原初の星救出作戦』のフェーズ1を終了する時が来た。
フェーズの期限にはまだ時間があったが、アレル改造計画がまとまったせいか確率風に変化が出始めた。世界球分離が近いのかも知れない。もし世界球分離が近いのであればタイムシフト分離を解除したほうがいいと思われる。下手をすると以前のように赤色分離の可能性が出るからだ。
予定されていたミッションは完了していたし、俺たちはすぐに撤退することにした。
「本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
見送りに来たキュレル首相がホワンの手を取って言った。
「アレル改造計画の成功をお祈りしています」
ホワンも満足そうにしている。
キュレル首相は俺たちメンバー全員と握手をして見送ってくれた。
ただし、一部の人間を除いて。
「本当に残るんですか?」
「はい、面白い研究が出来そうなので」と今宮信二。
「私も、研究者なのでこんな機会は見逃せません」と上条絹。
「私は、上条さんのバディなので」と夢野妖子。
「俺たちも、二人で決めました」と神岡龍一。
「龍一と一緒ならやれます」と今宮麗華。
そう、神海一族から五人が過去の『原初の星』に残ることにしたのだ。
「せっかく仲良くなれたのに、残念ね」とメリス。
「そうだよ。調査隊に入って欲しかったのに!」とユリ。うん、うん。
「夜這いを教えるつもりだったのじゃ」とツウ姫。おいっ。
「なんか、俺恨まれそう」言い出しっぺだからな。
「大丈夫ですよ。自分たちで決めたので大丈夫です」と今宮信二。
「でも、この無限回廊ならどこかで会える気がします」と上条絹。
「そうよね。共感通信も使えるし、すぐに見つけられそう!」と今宮麗華。
「次会うまでに、もっとおいしい紅茶見つけますね!」
またすぐに会えそうな挨拶をしているが、千百年を隔てた無限回廊で偶然再会するなんてことはまず無理だろう。もちろん共感通信があれば探せるんだろうけど、連絡できるのは同じ時代にいるときだけだ。
再会の確率が絶望的に低いことは言わなかった。それは彼らのほうが良く分かっているだろうから。
* * *
「世界球が分離したら、私たちを知ってる人は分離したほうの世界に行くのよね?」
エアカーから眼下に小さくなる『原初の星』を見ながらメリスは言った。
「ああ、そうだな」
「こっちの世界に残るのは、私たちを知らない人々だけ」とユリ。
「そうだな。これから神海三世界を作る人たちだからな」
「そこが腑に落ちぬところじゃのぉ」とツウ姫。
「ほんとよね」とメリス。
「全くね」とユリ。
まぁ、世界球分離するとしたら俺たちが訪問する前の時点からになるからな。
「もし、失敗したらどうするのじゃ?」とツウ姫。
「うん? 世界球が分離したあとか?」
「そうじゃ」
「それは彼等が自力でなんとかするしかないだろ」
「そうだよね」とメリス。
「そうね」とユリ。
「独り立ちじゃな」とツウ姫。
そしてタイムシフト分離を解除してから約一カ月後、『創造者の世界』は見事に世界球分離を果たしたのだった。
幸運を祈る。
* * *
その後、俺たちは無限回廊の日常に戻っていった。
俺たちの仕事は無限回廊の調査である。
当然、『創造者の世界』から分離した新しい世界球も調査対象である。その世界球『創造者の世界'』は『創造者の世界』の位置から見ると白球をひとつ飛び越えた外側の列になった。
俺たちは近くの無限回廊ステーションから時々この『創造者の世界'』を眺めていた。
「『創造者の世界』より外側なのが、ちょっと心配よね」とメリス。
「ああ。でも思ったより近い」
「そうね。もっと外側に行ってもおかしくないもん」とユリ。
「両方監視するのに都合がいいのじゃ」とツウ姫。
そう、俺たちは神海チームに代わって両方の世界球を監視している。まぁ、神海三世界から新しい共感エージェントが来る予定なんだが教育が間に合っていないようだ。
* * *
「タイムシフト分離してこないね」
中央転移ドームから『創造者の世界'』を見上げたメリスが言った。
『創造者の世界'』では『アレル改造計画』を実施している筈である。うまく行けば百年後、浮遊巨星との遭遇を回避するタイムシフト分離を実行するはずである。だから当面は何も起こらない筈だ。
「今はまだ浮遊巨星を回避できない歴史のままなんだよね? 今、千里眼で覗いたら荒廃した星なんだよね?」とメリス。
「多分な。星を逃げ出してない筈だから、あまり見たくないな」
「一応、存在しているってことは、浮遊巨星を回避できる予定なんだよね」とユリ。
「そこが微妙なところだよな。世界球の位置にも変化はないし、まだ混とんとしているのかも知れないな」
「混とんとしている?」
「まだ、決定に至らないという話だ」
「タイムシフトジェネレーターは確実に作れる筈よね」とメリス。
「タイムシフト研究所はもともと彼等の設計だしね」とユリ。
「さらに分離することもあり得るのじゃ」とツウ姫。
ツウ姫の言う通りかもしれない。まだまだ未知数なのだ。
そんな話をしていたら、突然確率風アラートが鳴り響いた。
「近いな」
「『創造者の世界'』よ」とメリス。
「なんだと!」
見ると、紫色に変化しながら二つに分離した。
「タイムシフト分離だ!」
「どうして? 早すぎない?」とメリス。
「あまり、移動してないね」とユリ。
確かに『創造者の世界'』の時はもっと外側に移動していた。今回は一列外側に移動しただけだった。
「キタのじゃ~~~~」とツウ姫。
俺たちが期待を込めて見ていたら、転移ドームに転移してくる者がいた。
「すみません。ちょっと実験です」と上条絹。
あれっ?
「ど、どうしたんだ?」
「タイムシフトジェネレーターが出来たので使ってみました」と今宮麗華。
「もう出来たのかよ!」
「凄い! 早い!」とメリス。
「ほんと、信じらんない」とユリ。
「手品のようじゃ」とツウ姫。ほんとだな。
「実は、世界球分離前に殆ど物理生成しておいたんです」と神岡龍一。
なるほど。そういえば、世界球分離までの一カ月間は白球システムを使えた筈だ。もともとタイムシフト研究所はあの星の人間が作ったものだし問題ないな。
「それで、試運転がてら挨拶に来ました」と上条絹。
「これ、お土産の紅茶です!」と夢野妖子。
良く分からんが彼らもレム、リムに負けず劣らず凄い奴らなのかも。さすが神海一族だな。
「そうか。よく来たな!」
「ほんとです! 歓迎します!」とメリス。
「どんどん試運転しましょう!」とユリ。
「夜這いの仕方を教えるのじゃ」とツウ姫。おいっ。
俺は、なんとなく無限回廊の新しい時代がやって来たような気がした。
多重世界の旅人 りゅう @ryuu-ky
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます