第121話 フェーズ0
「お、お前ら。もう過去の『原初の星』に行って来たのか!」
帰った俺たちを見て、ホワンは呆気に取られた顔で言った。
「ああ、未来のほうに行ったついでにな。ちょっと予備調査だ」
まぁ、共感遷移で未来へ飛べそうもないからってのもあるが、それは黙っておこう。
「お、お前。ま、まぁいい。そういう奴だったよなお前は」
ホワンは、ふぅと息を吐くと言った。そういう奴って、どういう奴だ?
「いや、公式訪問する前に感触くらい知りたいだろ? 非公式にな!」
「非公式か。うん、そうだな。分かった。とりあえず話を聞かせてくれ」
「了解だ」
「了解です」とメリス。
「了解よ」とユリ。
「なのだ」とツウ姫。
「我らも聞きたいのだ」とレム。
「百年前の世界なのだ」とリム。
そう言えばそうか。知ってると思って誘わなかったが、連れて行けばよかったと思った。レム、リムが生まれる前の時代だったな。
* * *
俺たちが、報告を始める頃には中央会議室は満杯になっていた。
連絡を受けた神海の面々も急遽参加したからだ。
「じゃぁ、始めてくれ」
異様な雰囲気の中、ホワンは言った。
「そこは、確かに『未来の社会』だった」
俺は、おもむろに話し始めた。
過去の星だけどな。思えば過去に飛んで未来を見てくるというのは、逆説っぽくて面白い。
訪問の時間も短いし、ちょっと遊んできただけなので伝える内容も乏しかったが、神海一族は食い入るようにして聞いていた。
「過去の『原初の星』は、海に覆われた美しい星だった」
俺がそう言うと、神海一族がどよめいた。
未来の荒廃した星の姿しか知らないからな。しかし、考えてみれば初めからそんな星だったら繁栄していた筈はないのだ。何かがあったと考えるべきだったのだ。
「アレは、予想されたことだった」とレム。
「浮遊巨星が何か連れてくることは想定していた」とリム。
なるほど。レム、リムにとっては想定内の出来事であり、対処可能という訳か。確かに、タイムシフト研究所さえ無事なら何度でもタイムシフト分離で修正可能だ。
それにしても、ハクにしても教えといてくれればいいのにとは思った。まぁ、本人たちにとってあたりまえのことは話題にすらならないからな。
そう思うと、認識の違いというものは意外なところにあるのかも知れない。
『原初の星』を訪問してからの顛末については、俺たち調査隊の人間のほうが驚いていた。
それは当然だよな。名誉などのために殆ど無償で物やサービスが提供されているということが信じられないのだ。そしてそれは個人の趣味なのだ。誰に強制されているものでもないのだ。
「なるほど。見返りを求めないというご先祖様の在り方は、そんな社会構造から来ていたのですね。確かにそれは今の私たちにつながっていると思います」と神海希美。
「話には聞いていたが、そういう世界なら納得できる」と神海意次。
昔話や言い伝えでもあるんだろうか? 神海一族の面々は大きく頷いていた。もしかすると、今の三世界に馴染むまでに苦労した歴史があるのかもしれない。
「そういうことなら、私たちは役に立つことが出来るでしょう。例え、世界球に阻まれたとしても、私たちの情報を伝えられれば意味があります。リュウさんたちの訪問でそれが可能だとわかりました」と希美。
少し明るい空気になってきた。
「そう、難しく考える必要はないのである」とレム。
「普通に行けそうなのだ。今から我らも行ってくるのだ」とリム。
「えっ?」と意次。
「まっ」と希美。
「これから行ってくるのだ」とリム。
「うまいケーキを土産にするのだ」とリム。
「そ、それもそうだな。もうリュウも行って来たことだし、巨星の話を出さなければいいだろう。気軽に行って来るか」とホワン。
どことなく、俺のせいだと言ってる気がするが。
そんなわけで会議は早々に切り上げ、非公式に訪問して現地を知っておこうという事になった。相手を知らないで交渉も出来ないしな。
とりあえず、タイムシフト分離期限の一カ月までに、あと一週間ある。これを非公式現地調査期間とすることにした。
つまり『原初の星』救出作戦フェーズ0である。なし崩し的に。
* * *
「リュウさんたち、また行くんですか?」
レム、リムや神海チームと一緒に転移室に入った俺たちを見て、神岡龍一が不思議そうに言った。
「もちろん行くよ。遊びに」
「そうよ。二度目はバケーションよ」とメリス。
「うん、遊びに行くよ」とユリ。
「のじゃ」とツウ姫。あれ?
「肝が据わってるわね」と神海希美。
「遊びに行くんですか」と今宮麗華。
「流石ですね」と上条絹。なにが流石なんだろう?
「私は、紅茶を持って行きます。勝負です」と夢野妖子。この子は大物かも。
「そうか、好きな珈琲豆を忘れちゃだめだよな」
「そうです。本当に理想郷か調べるんです」と妖子。
「我はあのケーキを持って行くのだ」とリム。
「でもそれ、世界ゼロのケーキです」と突っ込む妖子。
「細かいことはいいのだ。多重世界同士の勝負なのだ」とリム。
「わらわも、京都の茶を持って行くのじゃ」とツウ姫。
まぁ、白球システムを使っているからと言って、多重世界から最高のものを集めてるとは限らないからな。俺たちのものを持ち込んでみるのも一興。
遊園地を調べるなら楽しまなくてはならない。
「多重世界の全てなど調べられないのだ」とレム。
「そもそも、世界の分離・融合に追いつくことなど出来ないのだ」とリム。
確かに俺達も無限回廊に出た頃はあちこち覗くのが楽しかったが、そんなことやってる場合じゃないという事が分かった。実際、近傍を見るだけで手いっぱいなのだ。
多重世界の調査はともかく、俺たちはまた過去の『原初の星』を訪れるのだった。
もう、ビーチの転移室も把握してるし直接転移できるので楽ちんだ。もちろん俺たちはガイド役を買って出た。
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