第116話 救出作戦に備えて
『原初の星』救出作戦は現地の事情に詳しいレム、リムに素案を作ってもらうことになった。
だが、だからと言って俺たちが暇になった訳ではない。事前に検討しておくべき事も多く、連日会議室で打ち合わせを繰り返していた。
レム、リムが気にしていた相似体関係もその一つだ。
これは、以前にも聞いた話だが一口に神海一族と言っても同じではないという。実は直系の子孫であり唯一の存在である人間と、相似体や等価体のいる普通の人間との混成部隊だったのだ。
神海チームのリーダーである神海意次も神海一族の直系ではないと聞いて驚いたのだが、共感能力があったために神海希美のバディになったという。
「神海一族になったことに後悔などない。ただ、自分のバディのことは当然心配だ」と意次。
「心配しても、しょうがないでしょ」と希美。
「そうよ。もし世界に弾かれたら戻ってくればいいのよ」と今宮麗華。
「元々、待ってることが多かったしね」と希美。
「そうそう。ダメならステーションで待ってるわよ」と麗華。
「ううむ」うなる意次。
今回は、彼も行くつもりのようだ。彼は弾かれない筈だしな。
「そうだけど」
神岡龍一も心配そうにバディの麗華を見た。
実際のところ、弾かれる程度で収まるかは分からない。新たな現象に遭遇する可能性もあるからな。弾かれる場合もどこへ飛ばされるの不明だし。
「今の神海一族が過去の世界球に入れるかどうかで、救出の成否が決まってきますね」とレジン。まぁ、そうなんだが。
多重世界の法則もあるが、過去の自分たちの世界に関与することでパラドックスとか難しい状況に陥りそうではある。だが、そういう影響も含めても救出への意志は固いようだ。
もし入れたとしたらパラドックスにはならないって事かもな。
「パラドックス? 何を言っているのだ?」
俺がポロっとパラドックスの話をしたら、すぐにレムに突っ込まれた。
「それは、確率雲を生じさせるだけのことなのだ」とレム。
「そうなのだ。むしろ歓迎されることなのだ」とリム。
あぁ、なるほど。そうやって多様な世界が生まれていくのか。逆に、確率雲が生まれたなら唯一の存在から抜け出せるってことになるのか? それなら大成功だが。
「それはそうと、他にも準備することはあるのだ」とレム。
「そうなのだ。そもそも、お主らは昔の言語を理解できないのだ」とリム。
「「「「「「「「あっ」」」」」」」と神海一族。
確かにその通りだった。研究者はともかく、昔の言語は喋れなくなってる。
過去の世界に行っても、このままでは完全に異邦人だ。何の役にも立たない。
「あ、レム、リム博士はどうしてるんだっけ?」
「そ、そうよ!」とメリス。
「そうそう」とユリ。
「なのだ」とツウ姫。あれ?
「我らは、低温睡眠カプセルで学習したのだ」とレム。
「そうなのだ。目覚めたときには完璧に喋れたのだ」とリム。
そうだったか? かなり怪しかったような?
「あ、それってハクが教育したんだったよな?」
ピポッ
「もしかして俺たちにも教育できるのか?」
「回答します。低温睡眠カプセルで学習することは可能です」
うん? なんか公式見解ぽい答えだな?
「ただし、共感エージェントである必要があります」
「そうだった」
俺たちの共感エージェントの教育はまだ完了していなかった。
ってことは、その意味では俺たち調査隊のほうが役立たずになる可能性が高いってことか。早く共感エージェントになって低温睡眠カプセルで学習するしかない。
「俺たち神海チームは、すぐに低温睡眠学習を使えるんだな? よし! とにかく出来ることから始めよう」と意次。
「そうね。手分けして準備しましょう。期限はあるのかしら?」と希美。
「期限というか、タイムシフト分離状態をいつまで続けられるかは不明なのだ」とレム。
「そう。この状態をどこまで維持可能なのか分からないのだ。なるべく早くするのがいいのだ」とリム。
これも大問題だった。
確かに、前回は巨星を避けるために必要という理由で一か月の時間を置いたが、そこにはなんの保証もない筈だ。
タイムシフト分離状態が長くなれば何が起こるか分からない。そんなリスクの高いチャレンジは出来ないのが実情だ。
「いづれにしても出来ることをやろう。俺たちは全力でバックアップするから、何でも言ってくれ」とホワン。
「すまんな。感謝する」と意次。
* * *
それからが大変だった。
低温睡眠学習や共感エージェント教育などに目が行きがちだが、これは技術的な問題でしかない。神海三世界をまとめて『原初の星』救出への道筋を立てることこそが大切だ。
これはさすがに神海チームに任せるしかないのだが。
神海意次はさっそく低温睡眠学習を始めた。
神海三世界に事情を説明するとき、ご先祖様の言葉をしゃべれるほうが説得力があるという理由だ。
確かに、いきなり古文書をスラスラ読めたら衝撃的だろう。同時に新たな事実が判明するかも知れない。
うまくいくことを祈る。
タイムシフト分離の時間的な制約については、実績のある一か月間を繰り返すことになった。
タイムシフト分離をどれだけ引き伸ばせるのか限界は不明だ。しかし前回の一か月で問題なかったことは分かっている。ならば、タイムシフト分離の期限は一カ月までとするのが安全という訳だ。
さらに時間が必要なら、『一旦過去へ戻ってレム、リムたちの体調や宇宙環境などの安全を確認してから再びタイムシフト分離する』ということにした。
これはレム、リムの提案だ。この手法をタイムシフトフェーズ法と名付け、『原初の星』救出の基本方針とすることにした。
* * *
救出準備をしていて、共感エージェントの教育関連で決まり事が出来た。
未来へ飛ぶ『共感遷移』は危険なので当面使用を禁止するということになったのだ。当然、俺たちの教育内容からも外された。
共感エージェントの教育は、『共感トリガー』『転移トリガー』という二つのコマンドが実行でき、共感通信を使えるようになればそれで完了ということになった。つまり『共感遷移トリガー』が外されたのだ。
そんなわけで俺たちの共感エージェント教育は完了となった。
「これが本来の共感エージェントの能力なのだ」とレム。
「これこそが共感エージェントなのだ。共感遷移は未完成なのだ」とリム。
良く分からないが、レム、リム両博士のお墨付きの共感エージェントになれたのなら問題ないだろう。
流石に神海一族のご先祖様に直接指導してもらえるとは思わなかったが。
* * *
正式に共感エージェントになれたことで、過去の『原初の星』行きが現実味を帯びてきた。
俺達調査隊は、あとは低温睡眠学習をするだけということで余裕のティータイムなのだが、やはりどこか緊張感も漂っていた。
「考えてみれば、本当に一千年前の世界に行くのよね私たち」とメリス。
「ホント、驚きよね~っ」と言って俺を見るユリ。
何それ、俺のせいなのか?
「いや、俺が一番びっくりしてるんだけど」
「わらわは、わくわくじゃ」だよな。
「ちゃんと帰ってこれるのかしら? 千年前に取り残されたりして」とメリス。
「いや、タイムシフト分離中にしか行かないんだから大丈夫だろ」
「そうなの? 置いてけぼりになっても、次のタイムシフト分離で帰れるかな?」とユリ。
それは実は分からない。流石にそれは想定外だ。
「あ~っ、次があればな」
「千年の時間を行ったり来たりできるのじゃな」とツウ姫。
「二百年の時間じゃないか?」
「ああ、リム、レムからしたらそうよね」とメリス。
「私たちから見れば一千年前なのは変わらない」とユリ。
「とんでもないのじゃ」とツウ姫。
うん。正しくは一千百年前だが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます