第2話 そこは別の世界だった
「ふむ。君の話を信じると、君は我々の知る日本ではない別の国の住人だったようだ」
腕を組んで困り切った顔のホワンという名のリーダーが言った。俺が何か言いたそうにしたら、軽く手を挙げて制した。
「もちろん、君が単なる虚言癖でない事は確認している」嘘だとは思っているのか?
「ほう。どうやって?」
男は少しもったいぶったしぐさで腕組みを解いた。
「君は、浅間山の遊歩道でヒカリゴケを見ていたんだろう?」
「そうだ」
「確かに、一緒に転移して来た溶岩にはヒカリゴケが付いていた」ホワンは手元の調査報告書を見て言った。
「そうか」
「そう、君の言う通りだ」ホワンは言って俺を見た。
そして、ゆっくりと息を吸い込んで言った。
「ただ、今まで浅間山の遊歩道でヒカリゴケが確認されたことはない。少なくとも最近の調査では発見されていない。この国では既に絶滅して久しいんだ」
怪しい男が怪しいことを言った。
俺の言ったことは正しかった。しかし、それはあり得ないと言い出した。
「そんな筈はない。確かに絶滅危惧種に指定されているし採取は禁止されているが観光の目玉だぞ!」俺は勢い込んで言った。
「ほう。君はそう認識しているわけだ。だが我々の認識ではこの苔は研究機関に保存されているものが最後の筈だ。もちろん観光などには利用されていない」
俺は言葉を失った。何処から突っ込んだらいいんだ?
「そうか。じゃ、ヒカリゴケはいい。ただ、それだけで俺がこの国の人間でないとは言えないだろう? まずは、俺の会社に連絡して貰いたい。欠勤にはなりたくないからな」
もちろん俺自身、自分の会社に連絡を取ろうとした。だが、俺の端末では発信できなかったのだ。
「心配はいらない。君が欠勤になることはない。何故なら、この国に君の言う会社は存在しないからだ。もちろん、別の国にも存在しない。だから欠勤になりようがない」ホワンは悪びれもせず言った。
「そんなばかな」
俺は何を言われているのか分からなかった。
少し置いてホワンは続けた。
「さらに君のIDもこの国が発行したものではない。そもそも君のIDカード端末は我々が使っているものとは仕様が違っている。ネットに接続できないんだ。表面に書かれているID番号も我々が使っているコード体系とは異なっている。カードのデザインに至っては全く見たことがない」
畳みかけるように言ったホワンは、もうお手上げだという振りをして見せる。
俺はIDカード端末の画面に表示されたエラーをまじまじと見た。確かにネットワークの認識すら出来ていなかった。
「どういうことだ? 何が起こった?」
突然怪しい研究所に飛ばされた俺は、状況を把握するのに精一杯だった。
「落ち着いて聞いてほしいんだが、君の話と物的証拠から考えると君はこことは違う別の世界から転移して来たということになる」
彼は何を言っているのだ?
「どこだって?」
「別の世界だ」
「いつからこの地球にそんな世界が出来たんだ?」
俺の反応をしばらく見ていたホワンは話を続けた。
「この地球にではない」
「この地球じゃない?」
「そうだ、この宇宙にだ」
「わけ分からん」俺が吐き捨てるように言うと、ホワンも頷いた。
「私にも分からない」
俺は改めてこの施設に来た辺りから思い返してみた。俺が何かに巻き込まれたのは間違いない。そして、この怪しい集団の施設に運び込まれたのだろう。
「コーヒーでもどうだ?」
そんな俺を見たホワンは脇のサーバーからコーヒーを入れ、一つを俺の前に置いた。
「混乱しているのは分かる。実は俺も混乱している」ホワンはコーヒーを一口飲んだ。それを見て俺も少し飲んだ。
「だが、こんな現象がこの地球だけの筈がない。君は並行世界と言うものを知っているか?」
リーダーのホワンはますます怪しいことを言い出した。
「SF小説に古くからあるネタだな」俺はバカにするように小さく笑って言った。
「そうだ。そして君の話はそれに非常に近い。待て待て、もちろん俺も信じられない。今まで並行世界なんて確認されていないからな。あくまで仮定の話だ」
ホワンはそう言って俺の様子をうかがった。
「だが君の話を聞く限り、それ以外考えられないと言っている」
心情としては否定したいが理屈では肯定せざる得ない。故に肯定する。科学者らしい結論だ。
つまり、こいつから見たら俺が怪しい奴ってことらしい。まぁ、そうだろうな。
「並行世界か。俺がそこから来たって言うのか?」
「そうだ。この世界でいくら探しても君がいた形跡はない。並行世界なら君がもう一人いてもいいと思うんだが、残念ながら君は居ないようだ。居たら決定的だったんだが思い通りにはいかんもんだな」ホワンは、苦笑いを浮かべて言った。
俺はむしろ有難かった。俺もどきになど会いたくないからな。
「君の会社も同様だ。そしてヒカリゴケもだ。この世界にはどれも存在していない。微かにヒカリゴケは名残があるだけだ。つまり君はこの世界とは大きく違った並行世界から来たことになる」
かなり大きなことに巻き込まれているらしいのは分かった。妙に冷静な俺も不思議だが、騒いでも滑稽な姿をさらすだけだという気がした。人間が騒ぐのは、騒いでどうにかなる時だけなのかもしれない。
「そうか。そうなると俺の知り合いもいないんだろうな?」
ホワンはそれには答えること無く続けた。
「ただ、全く違うとも言えない。同じ部分も多くある。例えば言葉は普通に通じている。国名も同じだ。つまり非常に近い世界とも言える」
さらに話してみると、この二つの世界の違いはより明確になっていった。俺の記憶では首都はこの世界と同じ仙台だったが大統領の名前は違っていた。少しづつだが違いは多岐に渡っていた。
* * *
その後、俺はこの研究所の端末を借りて納得するまでネットを検索しまくった。
それを見る限りホワンが嘘を言っているわけではないようだ。流石にあまりにも多くの違いがあるので俺も納得するしかなかった。まさか、ネット丸ごと偽造なんてしないだろう。
「分かった。別の世界なのは同意しよう」
俺は一番大事な話題を切り出した。
「で、いつ帰してもらえるんだ?」
奇天烈な経験だったが、家に帰れれば奇妙な体験をしたというだけで済む。それで怪しい集団とはおさらばだ。
ホワンは厳しい顔つきでしばらく俺をうかがっていた。
「問題はそこだ」
ホワンは改めて座りなおすと真正面から俺を見て言った。
「落ち着いて聞いてほしいんだが。我々は、君を送り帰せない」
予想と同じ結論に絶望することもあることを俺は知った。やっぱりそう来たか。最悪だ。
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