第103話 覚醒

 いよいよ覚醒シーケンスを実行する日が来た。


 俺たちは紫色に輝く世界球が見える『創造者の白球ステーション』の転移室に集合した。

 メンバーは前回と同じだ。神海チームは神岡龍一・今宮麗華ペアと上条絹・夢野妖子ペアだ。一方俺たちは、俺とメリス、ユリ、ツウ姫という、いつもの調査隊チームだ。

 もちろん、ハクもいる。


「危険と感じたら、いつでも離脱・転移してください。遠慮はいりません。リュウチームは常にハクと共にいて通信機は常時ハクと接続した状態でいてください」


 神岡が改めて確認した。

 今回は、神海チームの神岡がリーダーを務める。俺たちはサポートという形だ。


「わかった」

「了解!」とメリス。

「いいわ!」とユリ。

「御意」おいっ。


 俺たちはハクの転移能力によって転移室から『創造者の世界』に移動した。タイムシフト研究所の集団転移場である。


  *  *  *


「何度見ても不気味ね」とメリス。


 誰も使っていないので照明が暗いからな。もしかするとハクが今だけ照明をつけているのかも知れない。


「声が妙に反響するしね」とユリ。


 この手の構造物を作るならもう少し音響効果を考えるものだが、それだけ急いで作ったのだろう。


「この作戦がうまくいったら吸音材くらいお祝いに送るぜ」

「じゃ、反響がなくなる前に、コンサートでも開こうかな」と神岡。


 ちょっと面白いやつだな。


「それって、むしろ集団転移が終わった後の使い道じゃないの?」とメリス。

「あれ? ここに帰ってくるの?」とユリ。

「「あっ」」


 双方向転移装置でなければ二度と使われない筈だ。


「どうなんだ?」

「分かりません」と神岡。

「吸音材のお祝いは止めとこう」

「そだね」とユリ。


 今回の作戦が気楽な訳ではない。新たな危険性も明らかになって、ちょっと緊張をほぐそうとしているのだ。変に緊張してミスを誘い、いきなり誰もいない未来に取り残される……なんてことだけは勘弁してほしいからな。


 無駄話をしつつ前回と同じ長い通路を抜けると、おなじみのタイムシフト研究所の入口が見えた。

 おなじみの武骨なデザインのプレートが掲げてある。星二つのロゴは、ちょっと見は二重星だが、これは分離した世界の事だろうなと思った。


  *  *  *


 前回同様にタイムシフト研究所の受付アンドロイドに迎えられ、俺たちはタイムシフト遷移室へ入った。


 タイムシフト遷移室は前回来た時と全く同じ状態だった。

 メリスが早速、タイムシフト遷移装置のコンソールを確認する。


「状態に問題はないようだけど……」


「ああ、これじゃない?」


 メリスが指さしたスクリーンには、『再実行』と思われるボタンが表示されている。ただし、読めない。


「ハク?」

「回答します。そのボタンが覚醒シーケンスの再実行ボタンです」


 やっぱりか。俺は神岡を見た。


「では、実行してください」神岡は頷いて言った。

「了解。覚醒シーケンス再実行ボタン、オン!」


ピポッ


 予想通りスクリーンに文字が表示された。


「なんか出たわよ」とメリス。

「再実行キーを要求してるんだろうな。ハク?」

「回答します。右手の点滅しているプレートに再実行キーを置いてください」

「分かった」


 俺が神岡を見ると軽く頷いた。


 俺はベルトから「ガニメデ・シアノバクテリア」が封止されているフィルムを取り出して置いた。

 するとプレートの点滅が早くなった。たぶんスキャンしているんだろう。


ピポッ


 コンソールが応答してプレートの点滅は消えた。

 見ると、スクリーンに何か文章がスクロールされ始めた。どうも、細かい手順が動き出したようだ。

 プール内に続いている装置が起動し覚醒が始まったのが分かる。


「上手くいったようですね」と神岡。

「そうだな。とりあえずアラートはないようだ」


「戻りましょう」


 少しの間コンソールを眺めていた神岡だが、意を決して言った。


「了解」


 覚醒シーケンスを見ていたい気もするが、これは決めたことだ。さっさと戻ることにした。長い通路があるしな。


「覚醒するまで一日かぁ」とユリ。

「うん。長いよな」

「明日来た時には先祖様に合えるんだね!」と今宮麗華。

「ああ、いよいよだな」と神岡。


 二人以外の神海チームのメンバーは何も言わなかったが緊張した顔をしていた。


 思えば千年前の人間が今生きているんだから、それだけで興味深い。考古学者の夢だろうか? 特殊な方法ではあるが、千年を隔てて会話が出来るわけだからな。これは驚異的な出来事だろう。


「確かにね。共感遷移で十年未来へ行く話を聞いた時も驚いたけど、千年前の人と話せるなるなんて、驚きを通り越して理解不能よ」とメリス。


「ほんとよね。さすが創造者の世界の人たちだわ。やることが跳び抜けてる」とユリ。

「俺たち未来人としては、千年前の人類に何も教えることがないのが恥ずかしいところだ」


 もっとも俺は一般人だが。


  *  *  *


「それは、新しい視点ですね」『創造者の白球ステーション』に戻った後、過去から来た共感エージェントに何かを伝えるべきかと話したら今宮信二が食いついた。


「もしかすると、伝えるべきことがあるかも知れません」と今宮。

「それ、やっても大丈夫でしょうか?」


 タイムパラドックとかになりそうなんだが。


「おそらく大丈夫でしょう」


 今宮は、平気な顔で言う。


「ダメなら、その世界が分離するだけです」


 それ、全然大丈夫じゃないと思う。


「なるほど。情報を受け取った側が選択すればいいわけか」とホワン。

「見方を変えれば、未来の情報を受け取る目的でタイムシフト分離を利用することも可能ということですね」とレジン。

「そうだな。銀河過密領域の対策としか考えてなかったが、千年後の未来の情報を集められるというのは驚異的な話だからな」とホワン。


「千年後もそうですが、もっと細かくも制御出来るでしょう」と今宮。


「ああ、共感遷移の回数を変えるのか」

「そうですね」

「うううっ。恐ろしくなってきたぞ。さすがにリュウの考え付くことはやばいな」


 そう言いながら俺を見るホワン。


「いや、今のレジンだし。でも、もともと共感遷移ってそういうものだよな?」


 確か、十年先の未来へ飛んで情報を集めるって聞いた。


「確かにそうですね。今回は十年でなく百年だったり千年だったりですが」と今宮。

「使い方も違ってきますね」と神岡。


「そうだな。情報にもよるが影響する範囲が全く違うからな」と神海意次。

「やっぱ、やばいんじゃん!」と言って俺をみるメリス。

「うん。やばいリュウ」とユリ。

「これだから、たまらんのじゃ」とツウ姫。

「いや、やばいのは俺のせいじゃねぇよ!」


「で、何か情報を渡すのか?」

「どうでしょう。とりあえず今回は安全を見て止めておきましょう」と今宮。


「そうだな。ここでリスクを取る意味がない。ただ、そういう意味で慎重に行動すべきだと言うことが分かったのは大きいだろう」と意次。


「無駄に知恵をつけてはいけないということか」

「今、気づいてくれて良かったと思います」と今宮。

「お手柄だな! リュウ」とホワン。

「はぁ」


 なんだかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る