第102話 タイムシフト解除作戦
翌日、俺たちは『創造者の世界』で中断しているタイムシフト遷移シーケンスを再開させる手順を確認した。
ハクがタイムシフト研究所のアンドロイドから吸い上げた情報を元に神海一族の共感技術研究者である今宮信二が立案したものだ。
「千年前のタイムシフト研究所の計画書によると、タイムシフト遷移は十年ごとに十回実施し、その後一定期間をおいてから遷移解除を十回行うとなっていました」
会議室のスクリーンにタイムスケジュールを表示しながら今宮信二が説明した。
「つまり、低温睡眠で十年眠った後に目覚めた自分に憑依するということを、十回繰り返すわけです」
ぴんと来ていない俺たちの様子を見て今宮は言いなおした。
「十年間低温睡眠した後、共感遷移のためだけに目覚めて憑依するんでしょうか?」レジンが確認するように聞いた。
「はい。それを十回繰り返します。最後に百年後の自分に憑依する予定でした。しかし、そこで目覚めることに失敗してしまいました。それが今の状態です」
ちょっと、想像しにくいことをやったのは分かる。百年間も、それだけのために低温睡眠したのか。そして、今目覚められずにいる。目覚めさせれば目的は達成され元の過去の自分に戻れるのなら、早く目覚めさせてやりたいと思う。
「今は、最後の覚醒シーケンスに失敗しただけですので、再実行キーを持つ人間が再実行するだけで全てが正常に進行すると思われます」
「正常なシーケンスが実行される?」
「はい。計画通りに進むとして、覚醒後に一定期間待機することになっています。これは恒星が通過する時間を待つということです」
「ほう。なるほど、その期間で通過させるのか。一番大事なところだな?」とホワン。
「そうです。予定では一か月間となっています。この時間を置いてから、タイムシフト遷移の解除シーケンスに入ります」
「『創造者の世界』で一か月か」
「問題は、そこです。『創造者の世界』の経過時間が百年に対して、無限回廊の経過時間が千年だということが分かっています。となると、『創造者の世界』で一か月待つというのは、無限回廊では十か月になる可能性があります」と今宮信二。
「いや、そんな事はないんじゃないか? 俺たちが『創造者の世界』へ行って帰って来たとき、『時間のズレ』は発生しなかったからな」
「はい。その通りだと思います。『時間のズレ』が発生するのは、おそらく共感遷移をした時だけだと思われます。ただし、これについてはご先祖様も知りえなかった現象で、確実ではないことに留意する必要があります」
今宮信二は、ここが重要なポイントだと示すようにスクリーンから向き直って全員を見渡した。
「ああ、どこの時点で時間が進むのかはっきりしてないってことか。急に進んだりするのか」
「分かりません。時間の捻じれがあるため、非常に危険な状況なのです。ですから、『創造者の世界』で何らかの活動をする場合、最小限の人員と時間に抑える必要があります」
「ううむっ」
さすがにホワン、腕を組んでうなった。
「また、遷移解除などのアクションを遂行する場合には無限回廊に退避する必要があると考えます。下手をすると取り返しのつかないことに陥る可能性があります」
そこで、今宮はそれぞれが想像するのに任せた。
「『原初の星』の未来に取り残されるとか?」
「はい。そうなる可能性もあると思います。しかも、共感エージェントは過去に戻りますので、今の『原初の星』の歴史は再構成される運命です。そのとき、未来に残る者がどうなるかは全く分かりません。十分に注意する必要があります」
「怖~いっ」思わずユリが言った。
「さすがに、あそこで生きていく自信はないのじゃ」とツウ姫。
俺もだ。何もなかったとしても、そこは廃墟だったからな。
「このような事情がありますので安全のため、次のステップに分けて実行したいと考えています」
第一ステップ 覚醒シーケンス再実行
第二ステップ 正常な覚醒の確認
第三ステップ タイムシフト遷移解除
「急ぐ必要は全くありません。ここは慎重に、かつ確実に進めたいと思います」
そう今宮信二は締めくくった。それはそうだよな。民族一千年の夢が叶いそうなのだ。失敗は許されない。
「そういう危険な作業ですから我々神海一族だけで実施するのが筋だと思います」と神海意次は言って俺たちを見た。
「いや、これは俺たちにも必要な技術だ。ぜひ、このまま協力させてほしい。そうだよなリュウ」とホワン。
「そうだな。もともと無限回廊は君たちの祖先が作ったものだ。今後も使わせて貰いたいし協力させてくれ」
「タイムシフト分離は、この多重世界全てで必要な技術だと思います」とレジン。
「ありがとう。分かりました。では、引き続き協力をお願いします」
神海意次は安堵するように言った。
* * *
この日も俺たちは一流シェフの夕食を堪能して談話室で寛いでいた。
「白い世界が、こんなに快適だなんて思わなかったわ」
ソファにもたれて紅茶を飲みながら上条絹がしみじみと言った。紅茶は夢野妖子が淹れたものだ。
「全くだ。おまけに、いつでもどこへでも旅行出来るのがいいね」と神岡龍一。
「それについては君たちのほうが羨ましいよ。俺たちは世界球まで漂ってからダイブしなくちゃ転移できないからな。まぁ、ハクがいれば別だが」
ピポッ
「そうよね!」とメリス。
「うん、うらやましい」とユリ。
「一段上の忍者なのじゃ」とツウ姫。
「君たちも共感能力を使えそうですよ。後で試してみたらいい」と今宮信二。
「そう、絶対使えると思う。かなり適性があったし」と今宮麗華。
「うん。私よりうまく使えそう」と夢野。
「ああ、あの共感チェックの話か」タイムシフト研究所の入口でテストしたな。
「あれは謎ね」とメリス。
「そう言えばあの時。初めから共感能力があるって知ってた風だったけど?」と俺は神岡を見た。
「あ、分かりました? 実は共感チェックは俺たちも出来るんです。初対面の人がいると見る癖がついていて、それで分かっていたんです」と神岡。
「能力値が表示されるのか?」
「いえ、単にオーラのように見えるんです。詳しい数値ではないんですが」と神岡。
「オーラ? 俺からそんなものが常に出てるのか?」想像すると、ちょっと怪しいな。
「いえ、単に共感の信号に反応したというだけです」と神岡。
「反応? 俺の中の何が反応してるんだろう?」
「脳ですね。意識表面と言ったら分かりますか?」
「よく分からんが」
「人間の意識がある部分です。映像や音が集まるところですが、ここが他人と共鳴するんです」
何それ、テレパス?
「そんなところに発信機があるのか? 電波が出てるのか?」
「電波ではありません。多重世界でも通信できる信号です。つまり」
「確率波か」
「恐らく」
「脳の意識野から確率波を出せるのか!」
「人間の意識によって確率が変動するからかしら?」と上条絹。
「なるほど。可能性はありますね」と今宮信二。
「ん? あ、それでハクが俺たちを補足できたのか?」
ピポッ
そうらしい。
「そういうことね!」とメリス。
「なるほど」とユリ。
「やはり、くノ一であったか」とツウ姫。
なんだが怪しい次元成分が自分たちに出来ているようで、ちょっと不安だ。
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