第97話 タイムシフト分離2

 『創造者の世界』の世界球の驚くべき事実が判明した。

 通常の融合準備段階だと思われていた世界球だが、『タイムシフト分離』という特殊な方法で分離していると分かったのだ。

 これについて正しく理解出来ている人間は少ない。レジンは、すんなりイメージ出来ているようだが、他のメンバーは今宮信二の言葉の意味を理解するのに苦労していた。


「星ごと転移させたのか!」


 しばらくして、部屋が少し静かになったところでホワンが言った。面白い言い方だ。


「そうですね。それに近いと思います」と今宮はちょっと嬉しそう。

「ううむ」ホワン、さすがに腕を組んで考え込んでしまった。


「ああ、それが今、融合しようとしている二つの世界球ということですね!」とレジン。

「じゃ、一つは未来、もう一つは過去にズレているのか!」とホワン。

「はい、恐らく、そうなのだと思います」と今宮。


「なぜ、分離したままなのでしょう?」とレジン。

「分かりません」今宮は、率直に言った。


「この、計画は、我々も最近まで知らなかったことです。最近発見された古文書『タイムシフト分離計画』に残されていたのです」


「そうですか」レジンは興味津々といった顔だ。


「その計画によると、『タイムシフト分離』したあと恒星が通過する期間を待って、すぐに融合する予定だったようです」


「ああ、恒星が通過する期間限定の措置ということですね」とレジン。


「はい。ご先祖様も、影響を最小限に抑えようとしていたようです。発見したばかりの現象ですからね。どんな副作用があるか分かったものではありません」

「うむ。確かに」とホワン。


「計画書には、共感遷移を十回繰り返して百年先の未来へ行き、分離現象を引き起こしたまま恒星が通過する約一か月間を待って共感遷移を解除すると書かれていました」と今宮。


 何がどうなるのか。簡単には理解出来ない内容だ。その世界に一緒に居たら、何が起こるんだろうか。


 恐らく未来へ向かう世界とは、共感遷移を実行している世界だろう。過去へ向かう世界は、逆に共感遷移をしていない世界と思われる。確かに、そういう分離は多重世界では普通に起こるだろう。

 ただし、時間軸がズレるというのが特殊だ。まぁ、通常の世界球分離でも、過去に遡って分離したりしているので、あながち奇想天外とも言えないのかも知れない。


「よく分からんが、その『タイムシフト分離』を使うと、天体との衝突を回避することが出来る。そういうことなんだな?」とホワン。

「はい。そういうことです」と今宮。


「そこが重要なポイントだな。確かに、君たちの星は今でも存在している。うちのメンバーが見て来たからな。つまり、君たちのご先祖様の挑戦は成功したということだな!」とホワン。ちょっと興奮気味だ。


「それは、まだ分かりません。実のところ、この技術は確立していませんでした。現象として確認して理論的な裏付けが出来たばかりだったようです。とても民族の命運を掛けられるものには、なっていないと書かれていました」期待するホワンを見て、今宮は申し訳なさそうに言った。


「そ、そうなのか?」ちょっと、意気消沈するホワン。

「ですが、白球システムや集団転移装置を残したまま星を消滅させるのは忍びなかった。なんとしても自分たちの星を未来に残したかった。そのため、全てを掛けて『タイムシフト分離』に挑戦したと古文書にはありました」と今宮信二は語った。


 確かに、民族としては既に他の世界へ逃げ延びている。それなら、確実ではなくても「星の救出」に挑戦してみる価値はある。ダメなら他の世界で生きて行けばいいだけの話だ。放っておけば、確実に恒星に飲まれてしまうのだから。


「それで、その『タイムシフト分離』を解除するとどうなるんでしょう? 全て元に戻るんでしょうか?」


 しばらくして、俺は聞いてみた。


「問題はそこです。残念ながら分かりません」と今宮信二は正直に言った。


「『タイムシフト分離』から、すでに千年が過ぎています。『タイムシフト分離』を実施した共感エージェントは既に亡くなっているでしょう。なのに、今もなお『タイムシフト分離』状態が維持されている。そのこと自体が異常なのです」


 さすがに、今度は自信がなさそうだ。


「もちろん、本来の計画にはありませんでした。そうなると、通常の方法では戻せないのかも知れません」と今宮は難しい表情になって言った。


 確かに、イリーガルな状態のまま長い時間が経過しているのなら、専門家がいたとしても元には戻らないのかも知れない。やっと出来たばかりの理論で作られたシステムだ。誰が修復出来るというのだ? そもそも、そんなことが出来る人間がいるんだろうか?


「前回、うちの共感エージェントが聞いた話ですと、既にこちらの方が『原初の星』を訪れたとのこと。でしたら、今どうなっているのかだけでも知ることが出来るのではないかと考えています」と今宮。


「確かに現状の確認が急務ですね」とレジンは言ってホワンを見た。


「分かりました。『タイムシフト分離』については、非常に有用な技術だと思う。それは、今まさに俺たちに必要な技術だ。是非とも教えてほしい。そのためなら我々も協力を惜しまない」

「ありがとうございます」と今宮は言って神海意次を見た。

「うん。そう言って貰うと我々も助かる」と神海意次が応じた。


「あなたたちが『原初の星』と言うその世界には、うちのメンバーが一度行って来ているが、確認のために行くなら案内出来るだろう。それ以後の事については改めて協議するということでいいだろうか?」とホワン。

「了解した。それで結構だ。協力に感謝する」と意次。


「出来ることなら、なんとかこの技術で過密領域通過の危機を回避したいところだ」とホワン。


「それについては俺たちも同様だ。俺たちの世界も『原初の星』も過密領域通過の危機にあるのは同じ筈だ。その情報を共有して貰って感謝する。是非一緒にタイムシフト分離技術を完成させたいと思う」と意次は、そう言って手を出した。


「うむ。よろしく頼む」ホワンも応えて、手を握った。



 こうして神海一族と俺たち多重世界調査隊との連携が成立した。もちろん無限回廊でやっているので、世界球色に影響は出ない。


  *  *  *


「しかし、さすがに今回は驚きましたね」


 レジンが会談後、配られたお茶を一口飲んでからしみじみと言った。

 レジンが驚いたなら驚天動地だよ。俺たちが理解出来なくても仕方ないよ。


「実際のところ、私たちのご先祖様もこの『タイムシフト分離』という手法については半信半疑だったようです」と今宮信二がすべてを語り終えた後の晴れ晴れした顔で言った。


「そうなんですか」

「話が現実離れしているというのもありますが、『タイムシフト分離』を実施してすぐに転移が使えなくなったからです。『原初の星』がまだあったとしても壊滅的な打撃を被ったのではと考えたのです」と今宮は感慨深そうに言った。


 なるほど。壊滅的かどうかは分からないが確かに異常な状態にはなっているなと思った。

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