第96話 タイムシフト分離1
ここで、ホワンが休憩を入れた。
驚くべき話の連続だったからだ。じっくり考える必要がある。ちょうどいいので食事を取ることにした。メディカルチェックを通っているので、彼らも俺たちと一緒で問題ないことは分かっている。
「この多重世界の狭間で、ああ『無限回廊』ですか。ここで、このような食事が出来るとは思いませんでした!」
神海意次は、並べられた料理を前に言った。この人、こんなに明るい表情をするんだなと思った。
「いや、この白球システムあってのことですよ」とホワン。
「でも、この料理は素晴らしいです」これは、神海希美だ。
世界ゼロの一流シェフによるものだからな。ホワンは胸を張る。まぁでもホワンが作った訳ではない。
ほかのメンバーも満足してくれたようだ。食事の後はコーヒーと紅茶を振舞ったが、夢野妖子という共感エージェントが痛く感激していた。
* * *
食事の後も神海一族との会合は続いた。
そして、いよいよ世界の分離現象を引き起こした『創造者の世界』のいきさつが語られたのだった。
「タイムシフト分離ですか!」
神海一族の研究者、今宮信二の説明にホワンは思わず口を挟んでいた。
今宮は、現在の『創造者の世界』が『タイムシフト分離』している状態だと説明したのだ。
「はい。聞いたことのない言葉だと思います。我々も最近古文書で知りました」
今宮がそう言うと、他の神海一族の面々も頷いていた。
「ですが、この『タイムシフト分離』を知るにあたっては、その前にまず『共感能力』を知ってもらう必要があります。何故なら『タイムシフト分離』は『共感能力』の派生技術だからです」と今宮信二は続けた。派生技術?
「そもそも、『共感能力』は白球システムのために作られた技術です。この『共感能力』には、『共感転移』と『共感遷移』という二つの大きく異なった能力で出来ています」
ここで、今宮は言葉を切った。
「まず一つ目の『共感転移』は、皆さんも知っている転移能力のことです」
「私たちは白球システムとリンクして、頭の中で考えるだけで別の世界へ転移することが出来ます。これこそが『共感能力』本来の力であると言えます」
「凄い」思わず、ホワンが言葉を漏らした。
「そして、もう一つの能力の『共感遷移』ですが、これは転移とは直接関係のない能力です。付随的に発見された特殊な現象だったのです」今宮は続けた。
俺は、そういう話ってよく聞くよなと思いつつ聞いていた。
「この『共感遷移』では、未来へ意識を飛ばすことが出来ます」
ここで、今宮は言葉を切って一同を見回した。
「なっ」とホワン。
「マジか」
この反応を予測していたように今宮は一つ頷いて続けた。
「私たち共感エージェントは、この『共感遷移』を使って未来の自分に憑依することが出来るのです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。未来だと?」ホワンは額の皺を指で伸ばしつつ、軽く手を挙げて言った。
「はい。最長で十年後の自分に憑依することが出来ます」と今宮。
これは、さすがに予想外の話だった。皆、呆気に取られている。今までの話でも十分驚いているが、これはさすがに次元が違う。いや、どんな次元だと言われても困るが、そう言いたくなるレベルだ。
「ほ、本当か? いや、本当なのだろうが、ちょっと予想以上の展開で頭がくらくらする」とホワン。
確かにな。俺もだ。さすがに会議室はどよめきに包まれた。
「それはタイムリープというものでしょうか?」
少ししてレジンが確認するように聞いた。この男は冷静だな。さすが支援隊のトップだ。調査隊のトップは頭がくらくらしてるので頑張ってほしい。
「あぁ、確かに似ていますね」
そういって、今宮はちょっと考えて応えた。
「ですが、『共感遷移』の場合は、完全に乗っ取る訳ではありません。自分自身ですので、ちょっと憑依を許してやるといった感じですね。もう一人の自分の目を通して未来を見るようなものです」と今宮。
それ、何でもないような顔で言われてもなぁ。
「つまりそれは、憑依される人間の意識もあるということか?」とホワン。
「そういう事です」
「ああ、なるほど。未来の自分から情報を貰う訳ですね。面白い」とレジン。
さすがレジンだ。分かりやすい。
「はい。そういう非常に特異な現象です。ですが、さらに特異なことに、この『共感遷移』を使うと時間軸がズレるということが判明しました」と今宮。
「時間軸がズレる?」
「はい。端的に言うと、共感エージェントが未来で時間を過ごすと、少しだけ時間が短くなります。効果としては共感エージェントの寿命が延びます」
「うん?」とホワンは首を傾げる。
「未来で十時間過ごして、戻ってみると九時間しかたっていないということでしょうか?」とレジン。
なるほど。やっぱり、この男がいると助かる。
「その通りです」と今宮。
「ふ、不思議な現象だな」とホワン。ちょっと呆けたような顔をしている。
「ただ、我々のご先祖様は、さらに特異な現象を発見しました」
「またさらに特異な現象?」とホワン。
つばを飲み込んで聞いた。
「はい。十年以内の場合は本人のみの時間のズレで済むのですが、十年を超えた未来へ進むと、世界の時間軸がズレることが分かりました」と今宮。
とんでもないことを言っていることは分かる。だが、ちょっと想像できない。そんな現象があると言われても、「そうですか」としか言えない。
「世界の時間軸がズレる? どうなるんだ?」とホワン。
「はい、『未来へズレる世界』と『過去へズレる世界』の二つに分離します」なんだと~っ!
さすがのホワンも、ちょっと反応に困った顔をしている。
未来の自分に憑依出来るという話だけで、ちょっと思考停止気味なのだ。脳が、その先に行きたくないと駄々をこねているような状態だ。まぁ、無理やり納得してその先を聞くしかないんだか。
「世界球が分離するのか?」とホワン。
「世界球については詳しくありませんが、世界の分離現象の一種だと考えています」
「で、それが何の役に立つんだ?」とホワン。
「『タイムシフト分離』をすると、浮遊恒星が通過する時に我々の星はそこに存在しなくなります」と今宮。
「なにっ? 何故だ?」とホワン。
「ああ、なるほど。未来と過去へズレるから、そのズレた時間分の銀河系内の位置がズレるんですね!」とレジン。
「そういうことです」と今宮。
未来へズレる世界球と過去へズレる世界球に分離するだと~っ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます