第95話 神海一族と歴史
「全く。お前といると途方も無い事の連続だな!」
無限回廊調査隊本部の中央作戦室に戻ると、本部長のホワンが面白そうに言った。
「だから、お前に言われたくないぞ」
さすがにホワンも苦笑い。
「まぁ、そうなんだが」
そう言って、ホワンはサーバーからコーヒーを入れてテーブルに置いた。
「まぁ、ちょっと一息入れろ。話はゆっくり聞く」
今日は珍しくホワンが自分でみんなのコーヒーを用意してくれた。俺が世界Rから調達した豆だ。ホワンもお気に入りらしく機嫌がいい。
「しかし、創造者の子孫が本当にいたか~っ」ホワンは感慨深げに言った。
確かに、何処かに生きていたらと想像はしていた。だが、実際に遭遇してみると驚く。いきなり縄文人が挨拶に来たようなものだからな。
「しかし、白球のことを忘れているとは思わなかった」
これは俺の素直な感想だ。まさか、白球を作った創造者の末裔に白球のことを教えることになるとはな。
「それは、仕方ないでしょう。長く使えなかったのですから。復活したばかりで転移出来たことのほうが奇跡です。むしろ賞賛すべきでしょう」当然レジンも来ていた。
「何らかの形で継承してたってことか」
「そうでしょうね」
「そういや、白球システムのことを『共感転移システム』とか言ってたな」
「ほう。共感とはなんだ」
「さぁ?」
「まぁ、そのうち説明してくれるだろう」とホワン。
「しかし、三つの世界に分かれていると言うのが、よく分かりませんね」とレジン。
「ううん、そうだな。リスク分散の意味もあるだろうが、単純に受け入れ側の問題だろう。いきなり世界一つ分の人間を受け入れる余裕なんてどこにもない筈だ」
「それはそうですね。特に、時間がない場合は」とレジンも思案気に言った。
「『星を襲った危機』というのが何かによるだろうな。これには、ちょっと興味がある」とホワン。
「白球システムを作ったような人たちが世界を捨てて逃げ出すような危機ですからね」とレジン。
「そうだ。俺たちにも大いに参考になるだろう。それに、実際に彼らの星はまだ存在しているし、世界は違うが民族も存続しているからな」とホワン。
「うん。確かに何とか危機を回避している訳だな」
「そういうことだ」とホワン。
「本当ですね」とレジン。
「早く、代表者と話してみたいものだ」とホワンは不敵に笑った。
その後、連絡があり、『原初の星調査隊』を組織して派遣して来るということになった。もう調査かよと思ったが、既に俺たちが訪問していると言ったからな。俺たちは案内役として彼らに随行することにした。
* * *
一週間後、無限回廊調査隊本部の転移室に『原初の星調査隊』の一団が現れた。
白球コードを指定すれば、白球が転移してくれると教えたので実際に試してみた訳だ。さすがに、初めての経験だったらしく、メディカルチェックから出て来た彼等は一様に驚いていた。いままでは、どうやって転移していたのだろう?
「以前行ったことのある場所を思い浮かべて、転移コマンドを実行するんです」
つい俺が疑問の言葉を言ったら、年が近そうな男が教えてくれた。まだ、名前も聞いてないが。
「初めての時は?」
「普通は経験者に連れて行って貰います。あとは、行きたい世界の情報があればなんとか。成功率は高くありません」
あまり多重世界を旅していないような話しぶりだった。
「
「ああ、世界球にダイブする時のようなものか」
あれはコマンドやトリガーは無いからな。
「えっ? 龍一みたいな人、他にもいるんだ」とびっくりする女。
俺はどう反応していいか困った。その男も微妙な顔をしている。世界球へのダイブを俺だけが出来ると思ったようだ。
俺は、やって来た一団を中央会議室に案内した。
* * *
彼ら七名は、『
「俺は隊長の
ホワンと同年代っぽい、顎髭のある男がメンバーの紹介を始めた。隣にいる優しそうな印象の女が目礼した。
「それから、転移技術研究者の
細面で色白の、如何にも研究者という印象の男だった。
「他の四人は共感エージェントだ。これは後で説明するが、
続いて俺たちのメンバーを紹介したが、この後に神海意次の語った神海一族の歴史は壮絶なものだった。
* * *
そもそもの始まりは浮遊恒星との遭遇だったと言う。
銀河同士の衝突は宇宙の歴史では普通のことだ。常に大小さまざまな銀河が衝突したり融合したりしている。全ての銀河は常にその途中なのだ。
そんなダイナックな天体ショーの中で、惑星を伴わない恒星が単独で浮遊していることがある。時には銀河を離れて単独で彷徨っていることさえあると言う。
ただ、そんな存在の話も平静で語れるのは自分たちの星に影響がない場合だけだ。神海一族の場合はそうではなかった。衝突することが判明したのだ。つまり、飲み込まれる訳だ。
俺たちの世界も、今まさに銀河の過密領域にいることを考えれば、他人ごとではない。似たような境遇とも言えるだろう。
そして、この時に神海一族がとった行動は、さらに驚くべきことだった。多重世界の別の世界に集団移住するというものだったのだ。
「もちろん近傍の星系への移住も検討していました」
何でもないことのように言う今宮信二。この人が言うと、本当に簡単そうに感じるのが不思議だ。
「そんな中で、最も有望な方法が多重世界へ逃れることでした」
「普通は、選択肢にない方法だな」とホワン。
「そうですね。ですが、共感転移システム自体は……ああ、白球システムですが。これ自体は既に稼働していましたから、別世界に渡れることは分かっていました。あとは集団転移装置を作るだけです」
「集団転移装置ですか!」とホワン。
さすがに、今でも一人しか転移した実績のない自分たちの空間転移装置からみると夢のような装置だと思う。
「はい。白球システムでは、訓練した一部の人間しか転移することが出来ません。しかし、それでは間に合いません。そこで、多くの人間を一度に転移させることが出来る集団転移装置を開発したのです」と今宮。
「おお、それは素晴らしい! それは、今でもあるのですか?」とホワン。
「おそらく『原初の星』には残っていると思います。今でも使えるかどうかは分かりません。白球システムは自己修復をする自立システムですが、集団転移装置は一度きりを前提に作った装置なのです」と今宮。
なるほど、そういうことか。まぁ、その白球システムは自己修復どころか、進化してるっぽいけどな。
「なるほど」
「しかし、集団で戻るには必要なのではないですか?」
「そうですね。それを調査するのも今回の仕事です」と今宮は言った。
「そうして、私たちの祖先は三つの世界へと移り住みました。もちろん、何度も分散して転移したのですが、それでも纏めて転移するのは、多くの困難を伴ったようです」それはそうだろう。大変な人数だろうからな。いきなり大国レベルの移民が発生したら、時代が変わる。
「実際、もっと多くの世界へ行ったようなのですが、私たちが現在確認しているのは三世界だけで、民族のおおよそ半数だったと聞いています」
民族の半数という言い方がちょっと気になったが、突っ込むことはやめた。
それは人類全てではなかったのかも知れない。複数の国で独自に対策していた可能性もあるな。この三世界でも半数しか生き残れなかったのだ。他の民族の世話が可能かどうかは分からない。それでも、世界Fに比べたら高い成功率だ。
それにしても、凄い一族だ。さすがに白球システムを作るだけのことはある。
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