第100話 タイムシフト研究所
タイムシフト研究所のエントランスは簡素なものだった。
入口は簡単なロゴマークのようなものと、読めない文字の刻印のある厚い金属製のプレートが掲げてあるだけだった。
両側にスライドするドアを抜けると簡単な受付と思われるテーブルがあった。
客の出入りなどを想定していない関係者の受付業務だけを目的としたもののようだ。そしてそこには、ハクに似た別のアンドロイドが待っていた。
受付のアンドロイドは、機能停止しているように頭をうなだれた状態でそこにあったが、ハクが近づくと「ピッ」と起動音のような音がして頭を上げた。
ハクが真っすぐ受付アンドロイドの前に進んで頷くと、受付アンドロイドも頷いた。これだけで受付横のドアがスライドして開いた。
手続きが完了したんだろうか? どうも、同じ設計のアンドロイド同士らしく会話ではなく通信しているようだ。一応それらしい動きをするのは周りの人間に対する配慮だろう。
「報告します。タイムシフト研究所の受付登録が完了しました。これより共感環境となりますので最初に共感テストを受けてもらいます。これは、設備に与える影響を考慮するためだけの測定ですので、体に影響はありません。お気になさらず」とハク。
「なんのことだ?」
「どうも、共感能力を測定するようです。知らないと思いますが、普通の人間も共感能力を持つことがあるんです」と神岡隆一が説明した。
「ああ、君たちが使う特殊能力か。繊細なんだな」
「そうですね」
まぁ、俺たちには関係ないがチェックするだけならいいだろう。
ドアを入ってすぐにゲートの形をした測定装置があった。これを一人ずつ潜れということらしい。俺たちはハクに続いて順にゲートを潜った。
まずは、神岡隆一だ。
ピピピッ
ゲートから、測定音らしい音が聞こえた。
次は、今宮麗華だ。
ピピッ
ゲートの音は、ちょっと短い音だった。
続いて、上条絹が潜る。
ピピピッ
神岡隆一と同じような音がした。これ、測定値によって違うのか?
最後に、夢野妖子が潜る。
ピッ
ほう。よくわからん。
続いて、俺も潜った。
ピピピピッ
「えっ?」なんでだよ。
「やっぱりね」と神岡。って、ほかの神海一族もゲートの先でニマニマしながら待っていた。何か知ってたようだ。
後から、メリスが潜る。
ピピピッ
「なんでっ」とメリス。
続いてユリが潜る。
ピピピッ
「うそっ」ゲートを見上げても、結果は同じだ。
最後に、ツウ姫だ。
ピピピッ
「お主、出来るな!」意味不明。
「どういうことだ?」
「みなさんにも共感能力があるということです。もちろん、うまく使えるかどうかは分かりません」と神岡。
「これって、確率風で飛ばされる帆と関係あるのか?」ちょっと思いついて聞いてみた。
「済みません、それは分かりません」と神岡。
「確率風の話、後で聞かせてください」と上条。彼女は、研究者っぽいな。
「えっ? ああ、はい」
まぁ、俺は研究者じゃないので、単に経験を話すだけだが。
* * *
共感能力をチェックした小さい部屋を抜けると、そこには広い部屋があり、大きな箱型の構造物が置かれていた。その構造物は太い筒のように延び、透明で大きな窓を抜けてさらに部屋の外へと延びていた。
窓の外は、どうやら液体が満たされているプールのようだ。つまりここは、プールに付属した部屋であるらしい。目の前の箱型の構造物は、プールから何かを出し入れする装置なのだろう。
「報告します。ここはタイムシフト遷移室です」ハクが教えてくれた。
どうも、受付のアンドロイドとリンクしていて情報を引き出しているようだ。
「あれはなんだ?」俺は、窓の外のプールを指して言った。
「低温睡眠装置です」とハク。
「低温睡眠装置? 冷凍睡眠とは違うのか?」
「回答します。冷凍睡眠についての情報はありません。低温睡眠は代謝をほぼ完全に停止させる保存方法です」
「ほう」と神岡が驚く。
「代謝を完全停止ですって?」上条も、信じられないという顔をした。
「説明します。この方法は、体内の微生物なども含めて代謝を完全に停止させます。非常に繊細な保存方法ではありますが、時間が経過していない場合と同等の保存が可能です。このため、百年を超える長期の保存でも覚醒確率は9割と非常に高くなっています」とハク。どこか、自慢げだが気のせいか?
「凄いわね」と上条。凄いらしい。
「時間が経過していないのと同じ?」
「回答します。はい。現在も体組織に異状なく正常に保存されています」
「なに?」
「なんだと!」と神岡。
「ちょっと待て、エージェントはこの中で今も生きているのか?」
「回答します。はい。覚醒シーケンスは異常終了しましたが、現在は正常に覚醒可能な状態を維持しています」とハク。
「まさかっ」とメリス。
「うそっ」とユリ。
「まじか」
「信じられない!」と神岡。
「夢みたい」と今宮。
「あり得ない!」と上条。
「さ、さすがご先祖様です」と夢野。
「まさか、千年経っても覚醒可能とは驚いたな」
「回答します。タイムシフト研究所のアンドロイドはタイムシフト遷移が開始されてから百年経過したと報告しています」
「ん?」
「白球システム管理プログラムのハクも『創造者の世界球』がタイムシフト分離してから百年経過したと報告します」
「ハク? お前は何を言ってるんだ?」
「ただし、無限回廊では千年が経過しています」ハクは、こともなげに言った。なんだと~っ?
とんでもないことを、さらっと言うな!
「それはどういうことだ? ここでは百年で無限回廊では千年だと言うのか? おかしいだろ!」俺は思わず言った。
「回答します。系が違いますので時間の流れが異なっていると考えられます」とハク。
「いやいや、そんなことはないだろう?」
「でも、タイムシフト分離で時間軸がズレてるって言ってたから、そういうこともあり得るんじゃない?」とメリス。
「時間のズレ方が世界球の内と外では線形じゃないようね」と上条。
「今だけの過渡現象とか?」とユリ。
「ってことは、ここは本当は過去なのか? それとも未来なのか?」
「千年前の『原初の星』から見れば百年後の未来ということかと」と神岡。
なるほど、そういうことか。もちろん分かりません。でも、千年後でもあるんだよな?
「良く分からんが、まぁいい。だが、エージェントが正常に生きているとなったら……」
「そうです! 低温睡眠から彼らを目覚めさせれば、本来の正常なシーケンスに戻すことが可能かも知れない」と神岡。
「そうなるよな」
「回答します。正常に戻すことは可能です」とハク。
「まじかよ」これは、予想外だ。
「凄い!」と神岡。
「希望が見えてました」と上条。
「これは、いい土産が出来た。無限回廊ステーションの連中に話すのが楽しみになってきたな」
「そうですね」と神岡も同意らしい。
俺たちは、それからタイムシフト研究所内の低温睡眠装置など、覚醒シーケンスに必要な設備の状態など低温睡眠施設の詳細を確認した。集団転移装置については制御室を写真に収める程度にした。詳しくは融合した後でもいいだろう。
こうして、俺たちは大きな成果を持って無限回廊調査隊本部に戻ったのだった。
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