原初の星編

第93話 多重世界を渡り歩く者

 再び無限回廊に戻った俺たちは、その後多重世界を飛び回ることになった。


 多重世界調査隊は白球ハイウェイを利用して多重世界の調査区域を一気に拡大させたのだ。白球システムは完全に回復したし、白球に名付けさえすれば、何処へでも瞬時に転移出来るからだ。

 とはいえ、支援隊の増員はしたが、まだまだ小規模な組織だ。多重世界銀河を支配出来るほど人員はいない。世界ゼロから再外周の『創造者の世界』へ至る直線上の世界球を、ざっと調査しているに過ぎない。ただ、これだけでも多重世界銀河の一周ごとの変化を調べることが出来る。多重世界銀河全体から見たら、ごくわずかな領域だが、最近まで不可能だった調査だけに研究者は熱中した。


 調査の一環として俺たちは多数の監視装置を白球に配置した。物理生成を使えば、いくらでも出せるので簡単だ。もちろん、無限回廊ステーションを置くこともできるが、常駐する人間がいるときだけ生成することとした。

 また、ステーションを生成する場合は、それぞれ外観などに特徴を出して分かり易くする予定だ。でないと、区別がつかないからだ。

 実際、ステーション外壁にペイントすることを自由にしたし、推奨もされた。誰でも好きにペイントしていいことになっている。唯一のルールは、コピーはダメだということだ。どれだけ残念な絵だろうと、オリジナルであれば、それだけで価値があるのだ。


 こうして無限回路の新しい日常が動き出した。

 そしてそんなある日、無限回廊調査隊本部に警告音が鳴り響くのだった。これもまた、新しい日常であるかのように。


  *  *  *


ウィーン、ウィーン、ウィーン


「緊急事態発生、緊急事態発生。調査隊員及び支援隊員は中央作戦室に集合してください。繰り返します。緊急事態発生、緊急事態発生。調査隊員及び支援隊員は中央作戦室に集合してください」


 緊急放送を聞いて、俺たちは食べ始めたばかりの昼食をそのまま消して、急いで中央作戦室へ向かった。取り寄せたばかりのコーヒー豆だけはポケットに入れて。


「なんだ、何が起こった?」中央作戦室に入るなり、俺はホワンに声を掛けた。

「おお、リュウ、来たか」

「どうしたんだ?」

「わからん。『創造者の白球』からの緊急呼び出しだ」とホワン。

「『創造者の白球?』わかった」どこかで、「ついに来たか」という気がした。何かあるとすれば、ここだよな。


「こちら、『創造者の白球ステーション』のマリ。ただいま、共感エージェントと名乗る人間が、転移室に二人出現しました。どうしたらいいでしょうか?」


 『創造者の白球ステーション』は、もちろん『創造者の白球』に置いた無限回廊ステーションだ。ホワンが決めた重点監視ポイントとして配置されている。マリ王女が今日の支援隊員だったようだ。


「こちらリュウ、分かった。すぐに行く」そう言ってホワンを見ると、俺に頷いて見せた。


「よし、白球! 俺を『創造者の白球ステーション』の転移室に送れ」


 これだけで、白球間を転移出来る。便利になったものだ。俺はすぐに飛んだ。


  *  *  *


 『創造者の白球ステーション』の転移室に転移してみると、確かに見知らぬ人間が二人いた。

 俺に遅れて、メリス、ユリ、ツウ姫と転移して来た。いつもの調査隊メンバーだ。あまり多くなると相手を刺激するから、これ以上は転移しないように本部に連絡した。

 マリたちは館内放送でこの人たちと話していたらしく、転移室には他に誰もいなかった。

 さて。


「こんにちは。初めまして」俺は距離を保った上で話し掛けた。

「こんにちは」背の高い黒髪の女が応えた。


「俺たちはこのステーションを管理している者だ。出来れば、ここにやって来た理由を話してくれると嬉しい」


「私たちは、神海こうみ一族の共感エージェントです。この共感転移システムを作った民族の末裔です」なに~っ? 創造者の末裔か!


 当然、防護スーツの通信はオンになっていたが、その向こう側で「創造者、来たーーーーーーっ」とか言ってた。


「そうか。この共感……転移システム? 俺たちは白球システムと呼んでいるが、これを作ったのは君たちのご先祖様か。ずっと、会いたいと思っていた。良く来てくれた。ぜひ、詳しい話を聞かせて欲しい。あ、俺の名はリュウだ」


「私はメリス」

「私はユリ」

「わらわは藤原ツウじゃ」


 流石に、今回は空気を読んでくれたな。うれしいぞ。黒髪の女たちはツウの名前にはちょっと反応していた。


 二人は少し話してから黒髪の女が応えた。


「わかりました。私は上条絹かみじょうきぬです」

「私は、夢野妖子ゆめのようこといいます」


「上条絹さんに、夢野妖子さんですね。では、この下の階に談話室がありますので、そこで話の続きを聞かせてください。ご案内します」俺はそう言って先に階段を下りた。


  *  *  *


 中央の共用部屋に降りていくと、既にマリやリリがテーブルについて待っていた。丸テーブルが中央にあり、椅子が周りに並んでいる。常時十六人は入れる施設なので、全員がテーブルに並んでも余裕がある。


「リュウ以外は全員女なんだ」とメリスが気が付いて言った。なるほど。

「ホントだね。まるでハーレムね」とユリ。

「リュウ、お主、何か企んでおらぬか?」とツウ姫。

「面倒くさくなるので、黙ってて」空気を読んでた訳ではないようだ。


「済みません、このステーションにいる人間全員が集まってしまいました。半分下がらせますので少々お待ちください」そう言ってマリたちを下がらせようとした。

「いえ、このままで大丈夫です」と上条絹と名乗った女が応えた。


 二人が席に着くと、マリたちがお茶を淹れてくれた。


  *  *  *


 彼女たちが話してくれた内容は驚くべきことだった。


 今から一千年ほど前、彼女たち一族の星は存亡の危機に見舞われた。そこで彼等は星を捨てて多重世界に脱出したのだという。その後、紆余曲折を経て、今では三つの世界に分かれて存続しているとのことだった。そう言えば、白球がそんな話をしていたな。


「白球から、この一千年間スタンバイモードだったと聞いています。その時に、三世界に分かれたのですか?」


「は、はい。確かにそうですが、それを白球から聞いたのですか?」と驚く上条絹。

「はい。白球に聞いたら答えてくれました」

「そんな機能があるとは知りませんでした。コマンドリストには無いのに」と上条絹。

「ヘルプコマンドでも、そういう情報は出て来ませんね」これは夢野妖子だ。


「コマンドではなく、会話で」

「えっ? 会話で?」と上条絹。

「そんな!」と夢野妖子。こちらも信じられないようだ。


「実は冗談で話し掛けたら応えてくれたんです。俺たちもびっくりですよ」

「あ、そう言えば、龍一りゅういちさんが、コマンドを使わずに動かしてました」と夢野妖子が思い出したように小声で上条絹に言った。

「ああ、そうね。確かに。そう言うことだったんだ」上条絹は納得したようだ。


「すみません。こちらの話です。確かに、そういう機能があるようですね。当初は無かった筈ですが」と上条絹。

「そうなんですか? ちょっと聞いてみましょう」


 俺はそう言って、防護スーツの会話を客人に聞こえるようにしてから白球を呼び出してみた。

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