第92話 創造者の世界

 いざ帰るとなると、ちょっとこの世界を見てみたくなった。

 だが、ガニメデストーンが本物だとしても白球システムが触媒操作に手間取る可能性もある。失敗しなくても一時的に機能が停止するということがあるかも知れない。もちろん最悪は失敗するケースだ。赤色世界球なのだから、とっとと帰るべきだろう。


 そんなことを考えていた俺と同じように、この世界に関心を示している奴がもう一人いた。


「ここは円墳みたいじゃのぉ」ツウ姫がそんなことを言った。円墳なのか、はたまた前方後円墳なのかは崩れていて分からない。確かに古墳ぽくはある。俺は、自分の生まれ育った土地に古墳が沢山あったのを思い出した。


「ああ、確かにそんな風にも見えるな」

「後でまた、来てみたいものじゃな」とツウ姫。

「そうだな。白球システムが正常になればいつでも来れる」


「そうじゃな」古墳どころか、白球システムがあるからな。

「じゃ、帰るか。うまくいったら消えた白球が元に戻る筈だ」

「そうね」とメリス。

「早く帰ろう!」とユリ。

「長居は無用じゃな!」

「御意」

「お主も悪よのぉ」

「なんでだよ」

「白球の後ろ盾が出来たのじゃ」とツウ姫は可笑しそうに言った。

 そうなのか?


 恐らく、この世界球は直ぐに減色を始めるだろう。だが、まだ確認は取れていない。俺は迷わず転移トリガーを起動した。


  *  *  *


 俺たちは無限回廊の光の海に漂っていた。既に見慣れた景色だが、これが普通と言うのも可笑しなものだ。


「世界球が減色するのを確認しないの?」メリスが言った。

「いや、何かあると困るから、戻ろう」

「もう、大分薄くなっておるぞ」とツウ姫が後ろを振り向いて言った。見ると確かに、赤ではなくピンクっぽい薄い色になっていた。

「赤はピンクになるのね」とメリス。

「ううん。ピンクと赤は違うと思うけどな」

「そうよね。っていうか、どっちかって言うとピンクと言うより……」ユリ。

「紫か!」

「やばい。さっさと白球に戻るぞ、ダイブだ!」

 俺たちは急いで創造者の白球にダイブした。


  *  *  *


 創造者の白球にダイブしたあと、壁を透明化して創造者の世界球の様子を伺った。


「白球システムの奴、触媒の交換で何かやらかしたのか?」まぁ、白球に入れたのだから、白球システムは正常なんだが。

「そんな訳ないでしょ。紫は、上手く行った時の融合色だもの」とメリス。確かにそうだ。融合できるほどに同じ世界が……同じ世界?

「もう一つ、創造者の世界があったってことか!」

「融合だもんね!」とユリ。


 よく見ると、創造者の世界球の向こう側にある世界球も紫色になっていた。


「あれよ。向こう側にある」とメリスが指差した。

「あれは確か、白かった筈だぞ」

「そうだけど、今は紫なんだから創造者の世界球のひとつなんじゃない?」とメリス。

「他には無いの?」とユリ。

「どうかな」


 そう言って周囲を確認してみたが、それらしい光球は他には見当たらない。


「どうも、あの二つだけみたいだな。そういや、どんな世界球にも近いものはあるんだから、創造者の世界が二つあっても可笑しくはないな。むしろ少ないくらいだ」

「それは、白球システムがあるのは一つだからじゃない?」とメリス。

「ああ、そういうこともあるか。無限回廊に飛び出してるから競合するのか」ちょっと、考えなかった視点だな。

「でも、バックアップくらい在ってもおかしくないぞ」

「それはそうだけど」

「むしろ、クラスタ構成であって欲しいくらいだ」

「贅沢言わない!」とメリス。

「でも、これ融合して大丈夫なの?」とユリ。

「そうだよな。ちょっと白球に聞いてみるか」


 ちゃんと状況を確認しておかないと、俺たちが身動きとれなくなるからな。


「白球よ。『創造者の世界』は紫に変化したが問題があるのか?」


ー 回答します。『創造者の世界』の白球システムは復旧しました。同時に『創造者の世界』は融合準備段階に戻りました。


「なに?」

「融合準備段階って紫色のことよね?」とメリス。

「多分な。白球よ。発光色の紫が融合準備段階だと思うが急速に進行しているのか? 問題ではないのか?」


ー 回答します。『創造者の世界』は融合準備段階で既に千年を経過しています。世界球色の原因については回答出来ません。


 千年って、マジか。世界球色については判定できるが、その原因までは分からないってことか。それはそうだろうな。


「千年も紫色のままなのか。白球システムは千年も動いていたのか!」俺は驚いて思わず呟いていた。


ー 回答します。白球システムのこの千年間はスタンバイモードでした。最近、エマージェンシーモードに移行して白球を配置していました。


 意外な回答だ。ずっとスタンバイモードで、白球は配置していなかったのか! 確かにこんなシステムを千年間稼働させるなんて無理だろうな。でも、急にエマージェンシーモードになったのは何故だろう。


「エマージェンシーモードって、触媒枯渇のことか?」


ー 回答します。エマージェンシーモードへ以降したのは世界球から飛び出す人間が現れた為です。


「あ、空間転移装置の影響か。ってか俺たちのせいかよ。あ、世界Fもあるか」

「確かに、彼方此方で空間転移装置の実験をしてるわよね」

「エネルギーが枯渇してたのに、俺たちに対応するために白球を配置してくれたのか」

「そうだったんだ! マズいわね~っ、調子に乗ってたわよね」とメリス。

「ホントよね」とユリ。


「で、白球は、触媒が枯渇したらどうする予定だったんだ?」と確認のため一応、聞いておく。


ー 回答します。シャットダウンシーケンスを実行する予定でした。


 やっぱりか。そりゃそうだよな。白球が必要な俺たちにとっては緊急事態でも、白球自身にとっては通常運転なんだ。そのために、どういう事態に陥るかとか関係無いものな。世界が消滅しても、それを防ぐ責任は白球にはない。むしろ、勝手に動いたらおかしい。


「ってことは、これからの白球のモードはどうなる?」


ー 回答します。白球システムは、本来の通常モードに復帰しました。


「今まで通り、白球を使えるのか?」


ー 回答します。はい、白球の全機能が利用可能です。


「やったな! とりあえず、これで安心だ」

「そうね。でも、いろいろ分からない事ばかりね」

「そうだな。少しづつ調べたらいい」


「ちと、『創造者の世界』が紫なのは気になるがのぉ」さすがに、ツウ姫は気になるよな。

「まぁ、緊急事態じゃないならいいだろう」

「そうね」とメリス。

「戻ろう」


 「創造者の白球」からは白球間の転移機能を使ったので、調査隊本部へ戻るのは、あっという間だった。無限回廊が、こんな超ハイウェイだったとはびっくりだ。もちろん『距離』ではないので表現しにくいが、多重世界銀河の最外周に近いところから瞬時に移動出来たのは驚くべきことだった。


  *  *  *


「創造者の世界がもう一つあったとは驚いたな」世界ゼロの調査隊本部でホワンが言った。白球システムの触媒枯渇の一件を報告するとホワンも驚いていた。


「赤色発光していた時は融合が出来ない状態ということで、融合がキャンセルになっていたんでしょうね」俺たちの報告をホワンと一緒に聞いていた支援隊のレジンが言った。

「ああ、そう言うことになるのか」言われて納得する俺。

「しかし、融合色なのは、やはり気掛かりだな。監視は続けるとしよう」ホワンは、ちょっと考えてから言った。


「報告は以上です」

「そうか。いや、本当にご苦労だった。本来なら祝賀会ものだが、状況が状況で何も出来ない。すまんな」とホワン。

「いえ、問題ありません」もう、ヒーロー扱いは十分だ。てか、勘弁してほしい。


 メリスによると報奨金などが出るらしい。だが、白球に出入りしていると不思議と物欲が無くなっていくようで、あまり魅力に感じなくなっていた。まぁ、欲しいものを物理生成出来るからかも知れない。白球に戻ったら、また好きなコーヒー豆を取り寄せるとしよう。

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