第11話 滑空モード1

 第一研究室の実験に明け暮れる日々が始まった。

 俺もときどき呼ばれて手伝ったり意見を求められることもあるが、基本何もしていない。オブザーバーと言えば聞こえがいいが、この世界の科学は俺の世界に比べて進んでるので、あまり役に立てない。


 まぁ、進んだ文明の別世界に転移してしまった人間の過ごし方なんてこんなものだろう。遅れた世界に転移してチートする話の逆である。暢気に暮らしたいならこれでいいのではと思う。突然元の世界に引き戻されるなどという事は無さそうなので気長に考えることにした。まぁ、根が楽観的な性格なのでなんとかなるんじゃないかと思う。てか、元の世界に戻るより、このままのほうがいいかも知れない。もともと、あまり他人に依存しない生き方をしていたせいか、特に心を乱すことも無かった。独り者だしな。


 とはいえ、何もやることがないと人間はくだらないことでもいいからやる事を探すようだ。知的欲望はいまのところ満足している。ただ、研究所は知的欲望以外を満たしてくれる場所ではないのが問題といえば問題だ。


「そこで、君には私の研究に参加してもらおうと思うんだけど、どうだろう?」


 なにが『そこで』なんだか。今の俺を見透かしたかのように、いきなり生体医療機器研究者ルジンがやって来て、そんなことを言った。確かに暇だけど、ちょっとムカつく。


「あなたの研究って何でしたっけ?」うすうす勘付いているけど、とぼけてみる。

「ふふ。分かってるくせに。防護スーツだよ。君がアイデアを出してくれたじゃないか。あのスーツがテスト段階に達したんだよ」


 ああ、これ危険な奴だ。テストパイロットとかいうモルモットだ。


「いや、俺あんまりバランス良くないんだよね。スポーツ得意じゃないし。スカイダイビングとか無理だし。高所恐怖症だし」

「うん、君がスクーバダイビングで優秀だったってメリスから聞いたよ。すぐに使えたって」


 あいつめ、バラしたな!


「あ~、そうだ。メリスも暇だと思うので一緒に誘ったらどうでしょう?」


 俺と一緒に暇になった筈だ。


「ああ、いいね。女性にも参加して貰いたいと思ってたんだよ」


 してやったり。


  *  *  *


「なんで、私も参加なのよ!」

「それを人は、自業自得と言います」

「さぁ、元気に実験しましょう」そう言うルジンをメリスが睨む。


「飛ばない人は暢気よね~っ」

「やっぱり、開発者は真っ先に飛ぶ責任があるんじゃないか?」

「そうよね。ぜったいそう。真っ先に見本を見せてくれなくちゃ飛べないよ」

「それでは、ムササビを見たことのあるリュウさんに見本を見せて貰いましょう」

「いや、お前見たことないのに良く作れたなっ。てか、不安しかないんだが」

「はい、夢の中で飛びました」


「帰る」

「私も帰る」

「嘘です、ちゃんとテストしてるよ」俺とメリスが帰る振りをすると、ルジンが遮って言った。


「ルジンさんが?」

「いえ、模型が」

「帰ろう」

「そうしましょう」

「ちょっと、絶対大丈夫ですって。ちゃんと自動的にバランスとるから」


「方向はどうするの?」俺は細かく確認する。

「体全体で行きたい方向に曲げると自動で調整します」

「突っ込むときは?」

「前かがみで」

「それ、水中でもテスト出来るんじゃない?」

「それは、できますね」

「そっち先にしようよ」

「そうよ。そうすべきよ」

「仕方ないですね」


  *  *  *


 水中でテストしてみたら案の定不具合が見つかった。だが、それ以上は問題無く、そのまま研究室の実験場に移動して空中での滑空をテストしたが、問題なく動作した。


「この防護スーツ最大の特長は、小さいですがベルトに重力加速器が埋め込まれているところです。エネルギーの関係で飛翔までは無理ですが瞬間的に浮くことは出来ます。これがあるのでバランスを崩すことはありません」

 姿勢制御のスラスターみたいなものか。

 重力加速器はベルトに仕込む仕様だった。ベルトで体を吊るすのではなく、体全体を加速するようで快適だとのこと。


「さっきの誤動作はちょっとヤバかったけどね?」メリスが虐める。

「そうだな。別世界に来てムササビの真似して死んだら呪ってやるからな」追い打ちを掛ける俺。

「だから、ごめんなさいって。でも、あの程度で死んだりしないよ、このスーツ着てたらね!」とルジン。自信はあるらしい。

 まぁ、ちょっと変な動きをしただけだけどな。


「そうなのか? まぁ、でもこれで貸しひとつだな」

「分かったよ。でも、またアイデアがあったら教えてくれるよね?」

「うん、まぁいいよ。あ、そうそう空を飛んでて思ったけど?」

「うん?」

「あれ、レーダーとかあったら便利だよな? 特に高高度から滑空する時に」


 俺の説明に、思わず両手を打ち鳴らルジン。


「あっ、そうだね! なんで思い付かなかったかな! 分かった。すぐ付ける!」すぐに付けるんだ。

「そんな急がなくてもいいけどな」

「いや、これは必須機能になると思う。今までは滑空を想定して無かったから付いて無かったけど。絶対必要だね。うんうん」


「そ、そうか」

「それだけ、あの滑空は大したものだってことね!」メリスが改めて称賛した。

「そうかな?」

「そうだな。そこは、流石ルジンだよ」

「うん。分かってくれたんだ!」

「たまにへまするけどな」

「ううっ」


「わたし、ルジンがへこまされるの見るの始めてかも」メリスが面白そうに言う。

「そうなんだ」

「ちょっと、浮かれただけだよ」とルジン。

「浮かれたルジンも珍しいかも」とメリス。

「もう、いいよ」

「メリスのおもちゃだな」


 何れにしても、出来上がった防護スーツの完成度は高かった。

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