第12話 滑空モード2

 今日は、新しく出来た防護スーツを研究員に発表する予定だ。

 研究員全員に渡されているものなので新機能については全員相手にレクチャーしなくてはならない……のだが。

「で、なんで俺が教官なんだよ」食堂のスクリーンに表示された教育スケジュールを見つつ俺は言った。


「しょうがないでしょ。暇人……ちゃんと使えるのはリュウと私だけなんだから」同じく教官になったメリスが言う。

「いま、暇人って言ったよな」

「だってそうじゃない」

「いや、もう少しで悟りを開くところかも知れないだろ?」

「そう。悟りの条件は暇人ってことね?」


 そこは譲らないんだ。


  *  *  *


 悟りは開かなかったが講習会は開くことになった。

 まずは、俺たちがやって都合よかった水中での模擬滑空訓練から始めることにした。


「どうでもいいけど、この研究室ってこんなに人間いたんだ」

 俺たちのチーム五名以外に十名程いた。そういえば、そんなこと言ってたな。


「重力加速器チームと陽電子発生装置チームね」

 なるほど。全然分からんあれね。多分、頭のいい人たちなんだろうな。


 見ると意外と体格のいい人や女性が含まれていた。いや、意外と言うのは俺がおかしいだけかも知れない。俺の世界の常識とは違ってるだけなんだろう。だいたい半分は女性だった。そういえば、俺のチームも俺とリーダーがバランスを崩してるだけで、男女の数は同じだな。


「じゃ、基本動作をデモしますので、それに合わせて付いて来てみてください」そういって簡単に操作方法を説明した後、俺はプールに飛び込み水中遊泳に入った。


 教官とか言ってるが水中で泳ぐのは楽しい。特にこの新型スーツで泳ぐのは。なにしろフィンが無くても進めるのだ。すいすいと泳ぐ。もう、後ろから誰もついてこなくても知ったこっちゃない。すいすいすいっと。


「きょ~か~んっ。まってくださ~いっ」

「きょ~か~ん、かっこい~っ」あ、今のはウソ。妄想です。幻聴です。願望です。そんなこと言われてません。

「きょ~か~んっ。はや~いっ」あ、言ってる奴いた。よく見たらユリだった。


 とりあえず、水中で自在に操作できるようになったら実際に滑空訓練に入る。


  *  *  *


 滑空訓練は、研究所付属の広場に移動して行う。ここは本来実験場なのだが、通常はスポーツなどにも開放されているようだ。


「では、滑空モードの訓練に入ります」

「助走とか、高台とか必要なんじゃないんですか?」ユリが代表して質問して来た。

「最初の上昇はスーツの重力加速器を使います。このプレート上では、スーツのエネルギーはプレートから供給されるので発進できます。その後、滑空して降りてきてください」


 実は、これには俺も驚いた。本当にエネルギーだけの問題で飛ぶ機能は既に搭載されているのだ。ルジン恐るべし。


「では、見本を見せます。滑空モードにしてから、やや傾けて……発進!」

 ブンッッ


 発進して十秒ほどは加速する。意外と長く加速するのでショックはあまりない。

 最高到達点まで上昇したら、ムササビを真似てるので両手両足を開く。このため、腕はやや前方になる。この程度でバランスが崩れないのは、上手く補正してるためだろう。ムササビを真似た膜の浮力は一部だけで、半分以上は重力加速器が担っているのではないかと思う。

 俺は、上昇した後は体を左に曲げるようにして、曲線を描いてゆっくり降りて来た。


「すっご~い。おもしろ~いっ」

 まぁ、緊急時じゃないから遊びだよね。


 何かあるといけないので最初は一名ずつ飛んでもらった。メリスも教官なので訓練はどんどん進む。第一研究室以外からも教官候補生が来ているが問題ない。みんなすぐに上手くなった。これで、研究所全員がすぐに滑空できるようになるだろう。まぁ、他の研究室でも滑空モードが必要なのかは知らないが。


「ねぇ、リュウ」


 10回ほど滑空を終えて、すっかりうまくなったユリが声を掛けて来た。今日の訓練はこれで終了だ。


「ヒカリゴケなんだけど」

「うん?」

「転移のどのタイミングで光ったの?」

「ああ、そうか。ちょっと待て。あと三人終わったら今日は終了だ。この後お茶でもしよう」

「うん、わかった」


 訓練は何事も無く終わって、俺たちは喫茶室に移動した。


  *  *  *


「メリスも来たんだ」

「研究の話だしね」

 それぞれ思い思いの飲み物をもって、俺たちは窓際のテーブルに付いた。


「で、なんだ?」

「うん、ヒカリゴケなんだけど」

「うん」

「転移実験に便乗する形で横に置いたりしてみたんだけど、全く光らないの」

「そうなのか」

「うん」

「不思議ね」


「リュウが見たのって転移の直前だよね?」ユリはお茶を一口飲んだ後、手を頬に充てるようにしながら聞いて来た。

「そうだな、ヒカリゴケを見付けて覗き込んでいたときだ。ホタルみたいに光るなぁって思ったあと意識が飛んだ」

「ってことは、この世界でも送り出す直前に観測出来る筈だよね?」

「そうなるな」

「じゃ、なんで光らないんだろ?」ユリはしばらく空を見るようにして考える。


「不思議よね。光るエネルギーが無くなったのかしら」メリスも似たような仕草で一緒に考えている。この二人、姉妹みたいだな。

「そんなエネルギー、もともとないだろ」

「そうよね。実物があるからじっくり観察してるんだけど」

 間近で観察しても大丈夫なのか?


「あれ? それか?」

「どれ?」とユリ。

「どれよ?」とメリス。

「だから、ヒカリゴケだよ」

「???」

「???」

「だから、俺の世界ではヒカリゴケは普通に存在していた」

「うん」

「こっちの世界は絶滅してただろう?」


「うん?」

「それで、俺がヒカリゴケを持って転移したら、どうなる?」

「どうって?」

「この世界のヒカリゴケの存在確率が大きく変動するだろう?」

「ああああああ~っ!」とメリス。

「きゃ~~~~~っ!」とユリ。

「それだっ!」

「それよ~っ」ユリは、テーブルの向こうから大きく乗り出してきた。

「世界の存在確率が変動するから発光したんだ~!」ユリは両手を握って確信したように言った。


「でも、それなら光る筈じゃない?」ユリはちょっと考えて言った。

「ちゃんと、転移させようとしたのか?」俺は聞いてみた。

「あ、やってない。カプセルの近くに置いただけ」

「あと、十分にヒカリゴケが増えないとダメかもな」

「ああそうね。存在確率が安定しないとダメかもね」

「まぁ、仮説だけどな」


 ほんとかな? まぁ、溶岩は発光してないし、ヒカリゴケだけの事情なのは確かだが。


「ヒカリゴケを十分増やしてから、転移させてみれば分かる」

「そうだね! やってみる!」

「それ、凄いじゃない!」

 そうだろう? ん? 凄い?


「あ~っ、ちょっとまて。それ別世界に送って大丈夫かな?」

「もったいない?」

「いや、送ってその世界の存在確率を変えてもいいのかな? マズくないか?」

「確かにそうね」

「ううん」ユリは折角のヒントを逃したくない様子だ。

「沢山送ったら、逆に光らなくなるってこともある」

「それもあるね」


「あ、光ったとたんに転移を中止とかって出来ないかな? それなら確率に変動はないだろう?」

「直前だとキャンセル料が掛かるんじゃ?」

 こいつ意外と面白い奴だな。


「ふふっ。でも、ちょっとメカチームに聞いてみる。途中で止めるって面白いかも! ああ、これでやっと研究が進みそう!」


「良かったわね」

「良かったな」

「うん、ありがとっ! やっぱリュウに相談して良かったぁ」


「たまにいいこと言うわよね」メリス、ひどい。

「たまにかよ」

「でも、とってもいい事を言うわよね?」

「ま、まぁな」

 上げたり下げたり。メリスのおもちゃか?

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