第10話 世界の特定と方向性
この日は午後も検討会を続けることになった。
次は第二のテーマ『転移して来た理由』についてだ。これはトウカの担当になっている。
「転移して来たものについては単にその座標にあったからということで、いいと思います。これは第四のテーマ『別世界との座標の相違』と関係しますが、ええっと確率論的……多重世界の座標計算はまだ未確定です。ずれる理由は沢山ありますが確定するのは難しいでしょう。ですが、座標を補正できるようにしました。世界ごとに切り替えることが出来ます。ただし現状は世界を選択する方法が分からないので推定で決め打ちするしかありませんが」
「また、転移するものについて恣意的な選択がされている件については、何も分かっていません。ただ、確率の話が出てきたので確率的な纏まりで選ばれているという気はします。まだ、思い付いただけですが」
「ほう。確率的な纏まりか。どう思うリュウ?」ホワンは俺に意見を求めて来た。
「鋭いと思います。とういか、とっても希望の持てる意見です。半分の俺が戻っても意味ないしね」
つまり、俺と言う存在は完全体で確率的に意味があると思う。生きている存在として。
「ははは。そうだな。確かに」ホワンは苦笑いして言った。
「ああ、そういえば、『リュウと溶岩とヒカリゴケ』って、リュウがあの場所に来た理由なんじゃないの?」メリスが指摘した。
「おお、確かにそうだな。あのどれが無くても俺はあそこに居ない」俺は素直に認めた。
「それだメリス! ありがとう。第二のテーマも進展しそうだ!」トウカは俄然やる気が出てきたようだ。
とりあえず因果関係は転移と関係あるようだ。
* * *
第三のテーマ『ヒカリゴケが黄色く光る理由』の担当はユリだったが、これは全く進展無しだそうだ。貴重なヒカリゴケなので、前回の再実験ではカプセルの近くに置いてあったのだが全く反応は無かったそうだ。
「これは仕方ないな。まともな実験が出来てないからな」ホワンも納得していた。
また、第四のテーマ『別世界との座標の相違』と第五のテーマ『転移は片方向か双方向か』と関係する大きな進展があった。正確には転移対象の世界の識別についてだ。これは別のテーマとしたほうがいいかも知れない。
マナブは、自信をもって世界R、世界001~世界004の存在を発表した。
「全部の実験が成功か。そして、十回に一回リュウの世界Rが選択されているのか。これは大きな成果だな! すぐにでもリュウは帰れそうじゃないか! いや、まだ確実ではないな。うん。落ち着こう」
「ところで、この世界に名前はないのか?」ふと、ホワンが言った。
「あっ」
この世界は、世界ゼロと決まった。合計六個の多重世界である。
ホワンも流石にこの成果を聞いて興奮したようだ。俺もそうだった。みんなも、いけると思ったようだ。
* * *
その後、確率論的多重世界と認識したうえでの転移実験が開始された。
まずは、物質を送り出すことは止め、座標を地上付近に調整することに集中した。まずは各世界との座標調整を優先することにした。
基準としては地表の高度とした。そして、これについては比較的早い段階で地表を特定できた。つまり、ズレはあまり大きくなかったのだ。確率的な変動に収まっているのなら当然と言えば当然だ。特に、溶岩流が流れた場所なので噴火の時期や風化、その後の開発の状況などで大きく違っていたようだ。
* * *
「ほぼ、地表を特定できました。採取した昆虫から推測すると当初の予測通り十世界であると思われます」検討会でトウカが報告した。つまり、世界R,世界001~世界009ということだ。
これを受けて実験は次のフェーズへと移行することになった。つまり、取り出すだけでなく、送り出すことにしたのだ。
前回の単なるシリアル付きアルミケースとは違い、実験内容を説明する文書を貼り付けることにした。現地の人が発見しても、出現した物体をそのままにして貰うためだ。
* * *
メッセージ付きアルミケースを使った双方向転移実験が開始された。しかし、何度実験しても送り出したものが戻ることは無かった。前回とは違い、座標の補正をして地表を転移先にしているにも関わらず戻ってこないのだ。
「ネコババされたんじゃないか? 多重世界から転移した物体なんて珍しいからな!」実験のあと、トウカが疑問を口にした。
「でも合計で五十個もバラ撒いてるんだよ」マナブが疑問の声を上げる。十日間で五十個。一日五回実験したということだ。
「これは、マナブの言う通りね。全部ネコババなんてあり得ないわよ」さすがにユリもトウカに同意出来ないらしい。
「やっぱり、双方向じゃないんだな。送り先は全く別の世界なんだろう。とすると座標の調整も出来てないから何処に出現しているか分からない」俺は指摘した。
「あっ。やばいかな?」トウカは少し焦った顔をする。
「まぁ、ここに近い状況だろうから、一面溶岩ばかりの土地だとは思うけどな」マナブが安心させるように言う。
「土中に埋まってればいいけどね。空中だと、空からアルミケースが落ちて来るわけだ」俺はさらにヤバイ例をあげてみた。
「それ、未確認飛行物体?」ユリが言う。
「いや、飛行してないから隕石だな」
「アルミの隕石。怪しすぎる」メリスはちょっと呆れた顔をする。
「UFO騒ぎって実は……」とユリ。
「おいっ」そんな訳ないよな?
「こうなると、この世界の転移装置は多重世界を中継していると見るべきだろうな。上流から下流へ流すような」
俺は思いついたことを言ってみた。みんな薄々気が付いていたようだが言えなかったらしい。それだと俺が戻れる可能性が低くなるからな。
「それは。確かにな」トウカも聞いていたみんなも認めざるを得ないといった顔だ。
「この世界の研究所を中継場所として、上流の十世界から取り出して下流の十世界に送り出しているのか」ホワンが纏めて言った。多分、そんなところだろう。
「流れがあるのかな?」マナブが言った。
「流れ?」
「そう。何らかの力が働いて、転移の方向が決まっているような」なるほど。
「マナブ! それ、面白い視点だな。もしかすると流れの向きを変えられるかも知れないな!」俺は思わず言った。
「おお。そうだな!」ホワンも同意らしい。
「凄いねマナブ!」
「マナブやるじゃん!」
まだまだ、へこたれてる場合じゃないようだ。
* * *
現在研究している転移の大まかな状況が明らかになったところで、次のステップの方針を協議することになった。
「研究対象は、確率論的多重世界であると同定した」とホワン。
「現時点で転移装置が及ぶ範囲は上流十世界、下流十世界。合計二十世界だ。ただし、世界を個別に選択することは出来ない」
「転移の方向は上流から下流へである」
ホワンは、全員の現状認識が一致しているのをみて続けた。
「で、これからの研究方針だが十世界は多すぎる。これを絞り込むというのが優先事項だ。対象の世界を限定できなければ使いようがないからな」ホワンは言って、皆を一瞥した。
「次に転移方向の制御が重要だ。転移方向の逆転が出来なければリュウを戻すことが出来ない」もちろん転移の利用価値も低くなる。
「はい」
「もっとも、座標以外のパラメータをテストするのは初めてだ。とにかく試してみるしかない。気の長い話になるだろうから覚悟しておけよ」ホワンはちょっと語気を強めて言った。
「「「「「りょ~かい」」」」」
要するに、方針だけは決めておくが出たとこ勝負らしい。
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