第5話 防護スーツの訓練をする
翌日、俺はレクチャールームでメリスから防護スーツの説明を受けていた。
予めマニュアルも渡されて一通りは読んだのだが、その機能には驚ろかされた。俺の世界では当分実現できないだろう。
生体チップ埋め込みのときにも聞いたが、まず傷害予防・回復・保護機能が凄い。特に指示を出さなくても切り傷を防ぎ、出来てしまった傷は殺菌消毒してくれる。異物があれば排除までする優れモノで水洗いの必要はないそうだ。勿論、傷は被膜で保護される。
また、体温調節機能で極寒の地でも普通に生活できるし、皮膚呼吸補助機能で窒息することはないそうだ。二酸化炭素をすぐに酸素に変換するので外気に酸素が無くてもいいらしい。
「自動で動作するものは、空間転移で環境が変わることを想定しての機能よ。予想外の環境に転移してしまうこともあるでしょうからね」
メリスはスーツの基本機能について、そう説明した。
「なるほどな。凄いと思ったが、これがないと空間転移の実験に参加できないのか」
「そういうこと。まだ生体実験はしてないけどね。あなたが今回無事だったのは、本当に奇跡だと思う」
「確かに、そうかもな」
「この防護スーツがあれば、例え宇宙空間に放り出されても生きられます」メリスは自慢げに言う。
「本当か? いや、宇宙空間で長く生きていたくはないが」
苦しみを伸ばすだけかも知れない。
「そうね。実際、長くは持たないし。でも、数日なら大丈夫な筈」
「凄いな。実績もあるのか?」
「それは。知らない」
「おいっ」
メリスはちょっと笑った。
「でも、仕様にあるんだから、テストはしてる筈。私は試してないけどね」それはそうだろう。
「まぁ、宇宙空間に転移しない限り使わないからな」
「そうね。転移しないことを祈るばかりね」メリスはちょっと想像したのか遠くを見るような目をしてから、ちょっとぶるっと震えた。
「でも、今まで人間の転移は実験してないんだろう?」
「そうよ。でも、あなたが問題無かったから、これから実験が始まりそうね」
「まさか、いきなりじゃないよな。一応動物実験からだよな?」
「そうね。あなたの場合はイレギュラーだし、幸運だっただけかも知れないしね」
絶対そうだ。
* * *
メリスは、コーヒーを淹れてくると俺の前においてから続けた。
「次は潜水モードね。さっき話した機能と似ているけど、この防護スーツは水中でも活動できるの。顔の被膜がフェイスマスクになって水中で呼吸が出来るし、足にはフィンが出来る」
「ほう、潜水モードって潜水服になるのか。ああ、それで宇宙服にもなるわけか」
「そう。真空でフィンは使わないけどね」
「なるほどな」
「浮力も自動調節してくれる優れモノよ。ただ、ちょっと動きにくくなるのが難点ね」
「固くなるのか?」
「そう。関節部分は多少柔らかいんだけどね」
そりゃ、水圧に対抗するには固くなるだろう。
「というところで、このあと潜水モードを試してみましょう」
「え? ここに潜水プールあるの?」
「あるのよ」
* * *
研究所の地下は五階まであるが、その最下層に潜水プールがあった。水深が十メートルある本格的なものだ。
一応、防護スーツの訓練と言うことだったが訓練する要素は殆ど無かった。潜水モードにすると足には小さいフィンが勝手に形成されるし、ダイビングで言うところのフルフェイスのマスクのように顔を緩やかに覆う膜が作られるので普通に呼吸できるのだ。気に入らない筈がない。おまけに通信機能まであった。おそらく光学式の近距離通信だろう。
ー 凄いな。
ー どう? 深く潜っても沈まないでしょ?
ー ああ、空を飛んでるようだ。上下に速く移動しても平気なんだな。
ー このスーツ自慢の機能なのよ!
俺の世界のフルフェイスマスクでも会話をすることはできるが、レギュレータから出て来る空気の音が大きすぎて五月蠅かった。この防護スーツの場合は静かだ。
もちろん潜水服としての機能も優秀だった。一般に潜水は圧力変化を伴う上下の動きに対応するのが大変なのだが、この防護スーツでは潜水と浮上が自由にできる。まさに理想の潜水服と言える。
ー 気に入ったみたいね。
ー ああ、最高だ。プールじゃなくて海だったらもっといいんだが。
ー ふふ。すぐに行けるようになると思うよ。
「水から上がると、すぐに乾くのもいいな」
「そうね。私も、これは隠れた機能だと思う」
着替える必要がないからな。
俺たちは潜水プールからすぐに食堂に向かった。運動したので腹ペコだ。
* * *
「潜水プールはどうだった?」食堂に着いたら、先にテーブルに着いて夕食を食べていたホワンが声を掛けてきた。
「最高だった。空を飛んでるようだった」
「ほう、それは良かった。水中が怖いって奴も居るからな」
「そうなのか? けど、あのスーツの安心感は凄いな」
「そうだろう? 値段が高いだけはある」ホワンはそんなことを言ったが自慢している風でもない。ただ、信頼している顔だった。
「ここにしかない特注品だものね」メリスが補足してくれた。
「特注か。そりゃ高いだろうな」
「ルジンが開発したんだ」後から来たマナブが教えてくれた。
「えっ? 彼って、医者じゃなくて研究者だったの?」
「そうだよ。ここの研究所のスタッフは殆ど研究者だよ」そう言って、マナブは俺の前の席に座った。
「ああ、それはそうか。じゃ、開発者自ら俺に生体チップを付けてくれたんだ」
「そうだね。彼の自慢の発明だよ」
なるほど、確かに誇らしそうにしていたもんな。
「うん。あれは素晴らしい作品だ」
「それはありがとう。僕は、別世界人に褒められた最初の人間だね。光栄だ」後ろから、話題のルジンが声を掛けて来た。俺たちのチームではないが、俺と接触したから一緒に監禁状態なのかも知れない。
「いや、潜水モードがあんまり快適なんでびっくりしたよ」俺は率直な感想を言った。
「ほう。何か気になることは無かったかい?」
ルジンは持って来たトレイを俺の横に置いて興味深げに聞いて来た。
「全くないね。飛んでるようで快適だった。そのまま空を飛べるような気になったよ」
「ははは。なるほど。流石に空は飛べないけどね」この世界の科学力なら出来そうな気がするが。
「そうか。残念だな。これで空を飛べたら、陸海空と制覇出来て死角無しなのにな!」俺はちょっとおどけて言った。
「はは。そうだね」そう言ってルジンは料理を食べ始めた。意外と食べっぷりがいい。
「ムササビみたいに滑空できたらいいのに」
「へ? ムササビ? ムササビって何?」思わず食べる手を止めてルジンが聞いて来た。
「ん? この世界にムササビいないの? リスの仲間で滑空するんだけど」
「ああ、それ確か絶滅してたな」ホワンが横から補足した。
「そのリスはどうやって空を飛ぶんだい?」ルジンは想像しているような顔で言った。
「ああ、だから手足を伸ばすと皮膚が膜のように広がって落下傘のようになるんだよ」
「ああ~なるほど~っ」
そう言って納得したかと思うと、ルジンは黙り込んだ。
「あ、ルジンが考察モードに入ったな」トウカもやって来て言った。
「これは、ちょっとわくわくするわね」ユリも面白そうにしている。
「リュウ、ちょっとそのアイデア面白いから検討してみるよ」
しばらく考えたあとルジンは言った。マジか。検討しちゃうのか。そんな簡単に出来るんか? てか、俺のアイデアじゃないけど。別世界の知識ってだけだけど?
「ああ。楽しみにしとく」
「おお、そりゃ凄いな」ホワンも期待するような顔で笑った。
ルジンは陸海空を制覇するかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます