第4話 防護スーツと歓迎会
俺はこの研究所で働くことになった。
俺を自分の世界に戻すという都合のいい仕事だ。まぁ、俺に謝罪の意味も込めて居場所をくれたんだと思う。
それで、俺もこの研究所の支給品を貰うことになった。その一つが、『防護スーツ』というものだ。
「これが防護スーツだ。これを身に付けてもらう」
医療担当のルジンという名の研究員が薄い防護スーツを持って来て見せた。薄手のゴム手袋でボディスーツを作ったような感じだ。
「このスーツは生体素材で出来ていて生体チップと組み合わせて使う。生体チップのお陰で防護スーツは皮膚と密着して長期間君を守ってくれる」まじか。どこかで見たようなスーツだな。
「ほう。そのまま風呂にも入れるのか?」
「そうだ。皮膚の一部のようになる。もっとも風呂に入る必要はないけどね」楽しみで入るのはいいんだろうか?
「よくわからんが、凄いな。ちょっと違和感ありそうだが」
「最初はそうだろう。だが、すぐに気にならなくなるはずだ」
「ほう。そう願いたい」
スーツは信じられない感触だった。なにしろ体の穴の部分を除いて全部を覆うのだ。髪の毛とかどうなるんだろうか? まぁ、産毛もあるんだから同じか。着ると言うより塗布に近いのかもしれない。
俺は下着が密着してるだけで気になるタイプなので心配だ。だが、研究所の全員が、この防護スーツを使っているらしいので、あまり不平も言えないだろう。とりあえず一度は着てみるか。
「このスーツがあれば切り傷なんか出来ないし、出来てもすぐ修復される。あと、病気になることもないよ」ルジンは自信満々で言った。本当だろうか? とりあえず信じるしかないが。
だが、問題は生体チップだ。これは体に埋め込む必要がある。生体チップは俺の世界でも知られているが自分に使ったことはない。
「そうか。でも、拒否権はないんだろ?」
「拒否してもいいけど、隔離部屋に入りたいかい?」まだ完全に安全性を確信したわけではないらしい。
「わかった。やってくれ」
「了解。助かるよ」
生体チップの埋め込みは手術というほどのものでは無かった。寝台に横にはなったが、小さなチップを首の皮下に挿入するだけだった。次第に神経系と接続するという話がちょっと怖い。生体スーツ自体は良く伸びる素材でツルっと入った。後は勝手に変形するらしい。
ちょっと待っていたら髪の毛も素通りして普通の状態に近くなった。コーティングされたような感じでサラサラしているので髪の毛にも多少伸びているようだ。
「あまりいじらないでくれ。一日くらいで生体スーツの違和感も無くなって、いじっても平気になる。そしたら、この部屋から出られるよ」
「いや、このままじゃ出れないだろう?」
「少ししたら硬化して我々と同じようになる。衣装モードで見た目を変えることもできる」
「まじか? その服もこれなのか?」
「そうだ。後で使い方を教えるよ」
そう説明すると、ルジンはさっさと部屋を出て行った。
生体スーツは時間の経過とともに次第に皮膚と見分けがつかなくなっていった。生体チップと繋がっているらしいが、特に穴もないようだ。どうなってるんだろう? この分野では、俺の世界よりかなり進んでいるようだ。
その日は寝台に寝そべって過ごすことにした。ルジンという研究員が言っていた通りスーツはいつの間にか変化していた。皮膚と言うよりウェットスーツのようになっていて、他の研究員と同じ模様が浮き出ていた。なんだかコスプレしてるようだなと思った。衣装モードというのも気になる。
* * *
翌日、俺は隔離部屋から通常の研究所員用の部屋へ移された。
メリスという名の女性研究員がやって来て俺を個室に案内してくれた。俺が転移して来た時、カプセルの周りで驚いていた研究員の一人らしい。
「みんなに紹介するから付いて来て」
メリスはそう言って、さっさと先に歩き出した。
「この防護スーツは便利だな。脳内表示が出るのがいい」メリスと歩きながら防護スーツの感想を言ってみた。
「後で詳しい使い方を説明するけど、もしかして生体コントローラーチップは初めて?」
「ああ、生体チップは知ってるが、こんな制御機能があるものは知らない。開発中だと聞いてたが」
「そう。あなたの世界とここは大分違ってそうね」
「そうだな」
「あっ、分からないことがあったら聞いてね。私があなたの世話係になったから。小さい事でも報告してくれると嬉しい」
「わかった」
「あと、全部記録に残すけど気を悪くしないで」
「うん? そうか。俺も研究対象か。わかった。よろしく頼む」
俺もと言うか俺こそが、なのだろうけど。まぁ、俺は普通の人間だから記録は無駄になるだろう。
とにかく、二つの世界の相違に関することは、なるべく多く調べる必要があるということだろう。
* * *
パンッパンッ、パーン
研究員仲間は食堂で待っていた。入ってすぐ五人ほどの研究員がクラッカーを鳴らして歓迎してくれた。
「「「「「ようこそ! この世界へ!」」」」」
貸し切りかは分からないが、この五名と俺以外は誰もいない食堂に声が響いた。
「研究所を代表してリュウを歓迎する!」リーダーのホワンが大きな声で言った。
「ありがとう」
「第一研究室の研究員はあと十人くらいいるんだが、我々はまだ暫定隔離中なんだ。この五人だけで悪いな」
五人は全員、今回の転移実験に立ち会ったメンバーのようだ。
「まずは、メンバー紹介だろうが、堅苦しいのは嫌いだ。食べながら話そう」そう言ってホワンはテーブルのほうに誘った。
「この研究所で用意できるものでは最高の物を用意した。今回はこれで勘弁してくれ。後でもっと旨いもんをごちそうするよ」ホワンはそう言って料理と飲み物を勧めた。
「ありがとう」
俺は素直に言った。旨いものはどこの世界でも人を幸せにする。
* * *
「前向きに考えれば、今回の事件はもっと祝うべきかも知れないな」
歓迎されて気分が良くなった俺はそんなことを言ってみた。
「ん? そうか?」
大きな肉にかぶりついていたホワンが遅れて言った。
「だって、史上初の並行世界転移を無事に切り抜けられたわけだし」
世界を飛び越えて怪我一つしていないというのは驚異的なことかも知れない。
「おお。確かにな! そう言ってくれると有り難い。そうか、リュウはヒーローだな!」
なんだと思ってたんだろう?
「まぁ、帰れればな」
「一度こっちに来れたんだ、きっと元の世界に帰れるよ!」
研究員の一人が楽観的に言った。
「じゃ、無事到着したお祝いだ! 乾杯しよう!」とホワン。
「そうだな!」
この辺の風習は同じらしい。
「おう!」
「そうね!」
「いいな」
「はい、これはリュウの分」女性の研究員が俺にグラスを渡してきた。
「よし、じゃいいな。リュウの並行世界転移成功を祝して乾杯!」ホワンが音頭を取ってグラスを掲げた。
「「「「「かんぱ~いっ」」」」」
俺もやっぱり楽観的だよな?
* * *
「いや、それにしても君が現れた時はびっくりしたよ。微生物を除いて初めての生物の転移だしね! あ、僕はマナブって言うんだ。よろしく!」
マナブという研究員は隕石の研究者みたいなことを言った。地下から岩石を取り出すんだから、あまり変わらないのか?
「ああ、よろしく。マナブ」
「生物って失礼よ。ごめんなさい、気を悪くしないでね。こいつ、いつもこんな調子で
「ひどい。僕は嫌われ者か?」
「メリスの言う通りだよ。あ、俺はトウカ。転移研究は俺の長年の夢なんだ」と別の男が来て言った。
「君が現れたときは興奮したよ。こんなに完全な形で転移できるなんて思ってもみなかった。しかも世界の境界をすり抜けちゃったとか素晴らし過ぎる。原理を解明するのが楽しみで仕方ない。だから俺的には大成功さ!」
トウカは俺の手を取って歓迎してくれた。うん、早く原理を解明してほしい。
「そうか。よろしくな、トウカ」いきなりでなかったら俺も楽しめたかもとは思う。
「何が大成功よ。リュウからしたら、いい迷惑よ。リュウ、トウカが座標計算した結果だから責任は全てトウカよ。殴っていいから」と若い研究員の女が言った。
「おい酷いな。俺の計算は間違ってないぜ! 何度も確認したんだ」
「どうだか。でも、別世界から来たってのは信じがたいわね。後で詳しく聞かせて! あ、私はユリ。高等研究員のユリよ」
「ああ、よろしくユリ」
「まったく、興味津々なのは同じじゃないか。ああ、ちなみに全員高等研究員なのでユリが特別じゃないよ。むしろ一番新米だから。言わないと間違われそうで心配なんだな」
「同期なのに五月蠅いわよトウカ」
「へいへい」
トウカも新米らしい。確かに、ホワンを除いてみんな二十代のようだ。
「じゃ、紹介も終わったことだし、どんどん食べてくれ。検査ばかりであまり食べてないだろう? まぁ、リュウの口に合うか分からないが」そう言ってホワンは料理を勧めた。
確かに腹ペコだ。
「ここの料理、結構おいしいって評判なのよ。あ、これは特に美味しいよ」メリスも近くの皿からお勧め品を取ってくれた。
「うん。旨いな」
「よかった!」
* * *
並べられた沢山の料理を平らげて腹も膨らんだ俺たちは、コーヒーを飲みながら窓辺に広がる景色を眺めていた。
窓の外には研究所の広い庭があり、その先には見覚えのある山が見えていた。
「あれは……浅間山だよな?」
俺の記憶とは少し違っているので改めて聞いてみた。
「もちろん、そうだ」
「山体が俺の記憶より崩れているな」
「ほう」ホワンが興味深そうに言った。
「さっそく、大きな違いだね」マナブは、すかさず食いついた。
「百五十年前の巨大噴火が違うのかな?」マナブは指を顎に当てながら言う。
「百五十年前? いや、俺の記憶だと百年前だけど」
「えええっ! それも違うのか! 興味深いね!」
「マナブ! 今日は歓迎会なの! 細かい話はあとにしたら?」メリスが窘めた。
「ああ、そうだった。ごめん」
「いやいい。もう同じ研究員だしな」
「そうだよね!」マナブは素直な笑顔で言った。
「それに、少しでも共通の話題があると、ちょっとほっとする。そうじゃないと、まるで宇宙人だから」
防護スーツが一番宇宙人っぽいが。
「ああ、そうか。まだ、本当に地球なのか不安なのか?」ホワンが心配そうな顔で言う。
「まぁな、でも、たらふく食べたから地球人になれた気もする」
「ははっ。そうか! この世界の食べ物を食べ続けたら、実際この世界の人間って言えるよな!」
ホワンは面白いことを言った。確かにその通りだ。肉体全部が入れ替われば、別世界を示すものは記憶だけになるだろう。原子レベルでは既に違いはないんだろうが。
歓迎会は五人だけだったが研究員たちと話せてよかった。肉体的には食事でこの世界人になれるんだろうが、精神的には会話でこの世界人になれるんだろうと思った。
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