第6話 何が起こったか?
防護スーツの使い方も覚えて、俺はいよいよ研究チームとして働くことになった。何もしない生活に飽き飽きしていた俺には、やるべきことがあるのは嬉しいことだ。
空間転移研究所第一研究室は、二階の広いテラスのある部屋だった。研究室にしては贅沢な作りだ。
「まずは、現状の認識を共有したい。リュウに起こったことについてだ」
研究室付属のレクチャールームでホワンが切り出した。俺の参加もありチーム全員の認識を合わせておくということのようだ。
「リュウの世界とこの世界は明らかに違うが、同じことも多い。これについては歴史年表を作って比較したい。覚えている限りになるだろうが、どの程度違うのか把握したい」
ホワンはそう言ってメンバーを見渡したあと俺を見た。
「ああ、それは並行世界がどれだけ離れているか調べるってことだよな?」俺はSF小説で読んだ知識から言った。
「いや、そこはまだ分からない。並行世界かどうかも未確定だ」ホワンは研究者らしく慎重に言う。
「そうなのか?」俺はもうホワンが確信しているのかと思った。
ホワンは頷いてから話した。
「詳しく比較してからでないと断定できない。並行世界というと、ある分岐点から複数に分かれるということだろう? その分岐点が多くあればあるほど世界は遠くなる」
今度は、俺が頷いた。
「それを踏まえて考えると、並行世界の二つの世界は時代が進むに従って相違が拡大していくことになる。分岐点が増えていくからな」ホワンは両手を広げるジェスチャーをしながら説明した。
「だろうな」
「ただ、ちょっとリュウの話を聞いた限りでは、どうもそうではない印象を受けた」ホワンはちょっと曖昧な言い方をした。
「そうか?」俺は、思い当たらないが。
「そのあたりをもっと詳しく調査する必要がある。並行世界なのか、別の概念の世界なのか」ホワンは指を立て指すようにしながら言った。
「別の概念の世界?」
「そうだ」うん、わからん。
「つまり、第一のテーマは、『二つの世界の関係』か? 二つの世界の違いを調査する必要がある訳だ」
「そうなるな」ホワンは満足そうに言った。
* * *
第一のテーマが各自の中で消化された頃を見計らってホワンは続けた。
「次に、なぜ転移してきたのが『リュウとヒカリゴケの付いた溶岩』だったのかだ」うん、確かに。
「それはつまり、指定座標のものが転移しただけなのか、意味があって選択されたのかということですか?」
「それもそうだが、溶岩やヒカリゴケが何故必要だったのかだ」
「たまたま、そこにあっただけじゃないんですか?」
「ん? ああそうか。リュウは知らないからな」ホワンは自分で納得したように言った。
「指定座標からの転移は、球状に切り取られてくるんだ。今までの転移実験では、ほぼ球状に転移して来た。だが今回はそうならなかったんだ」
「ほう」ちょっと、想像してぞっとした。球形に切り取られるところだったのかよ。
「今回は岩も切り取られた様子ではないし、リュウは五体満足で転移している。それは今までの転移とは全く違うんだ。そもそも、体積も異常に大きい」
流石に、それは知らなかった。今までの転移実験を見ていなかったからな。かなり危ない状況だったようだ。
「それで奇跡と言っていたのか」
「そういうことだ」
「すると、第二のテーマは『俺とヒカリゴケが選択された理由』か?」
「そうなるな」
そこで、ふと思い出した。
「あ、そういえば、転移の直前にヒカリゴケが黄色く光ったけど、何かあるかな?」
「なに? 本当か? それは聞いてないぞ」ホワンは、身を乗り出して言った。
「すまん、忘れてた」
「どんなふうに光ったんだ?」
「そうだな、ホタルみたいだった。本来あの苔は自分では発光しないから、何かが起こっていた筈だ」
「ふむ。それは、また違うテーマかも知れないな。とりあえず別扱いにしよう」ホワンは腕を組みなおして少し考えてから言った。
「じゃ、第三のテーマは『ヒカリゴケが黄色く光った理由』だな」
「そうだな」
「ねぇ。他に光っていた物は無かったの?」メリスが確認して来た。
「ああ、他には特に気付かなかったな」
「もしかすると、光ったのは別の物の可能性もあるわね。例えばヒカリゴケの下の岩とか」
「ああ、それはあるかもしれない」
「とういことは、ヒカリゴケと付着していた溶岩の両方を調査する必要があるわね」
「そうだな」
* * *
ホワンはここで少し休憩を入れた。
それぞれ思い思いに飲み物を用意した。
「後は、何故その場所だったのかだな。空間転移で指定した座標とは明らかに違う」最初にホワンが言った。
「そうなんだよ。絶対、俺の計算は間違ってない。地表から転移する筈はないんだ」トウカが思わず声を上げた。
「落ち着けトウカ。お前の計算違いだとは言ってない」とホワン。
「それ、全く同じ座標でもう一度やったらどうなるんだろ?」俺はふと、思って言ってみた。
「それは、危険じゃない? また誰かが転移して来たらどうするの?」メリスは、別の人間も巻き込みそうで心配なようだ。
「確かに同じことを実行するのは、まずいだろうな」ホワンも消極的のようだ。
「いや、でも、同じことをして結果がどうなるかを知る必要はあるのでは?」
「確かにそうだが」
そこで俺は折衷案を出してみた。
「向こうの世界の時刻は、ここと同じだったと思う。あの時間の遊歩道だから人が居たが、例えば夜なら人はいないだろう」
「なるほど。何故、リュウとヒカリゴケだったのかとも関係するな。別の時間で実行してみよう。岩だけでも転移して来たら、どっちの世界の物なのかは分かるだろうしな」
「そうだね。それならいけそう」とマナブ。
「よし、まずはその実験だな。第四のテーマは『別世界との座標の相違』だ」
「ところで、もしかすると、こっちから向こうへも送れるんじゃないか?」俺は少し前から気になっていたことを言ってみた。
「ん? ああ、こっちと向こうの世界で物質が交換になっている可能性か。どうだろうな。全く気にしていなかったが試してみる価値はあるな」
ホワンも納得したようだ。
「それなら、カプセルの中に何かを置けばいい」俺はそう指摘した。
別世界と交換になっているか確認するには、こちらからも明確にそれと分かるものを用意する必要がある。
「そうだな。ここのカプセルから転移していくこともあるか。それなら……そうだな、普通ある筈のない金属の塊とかにしよう。何か識別番号でも刻印して置けばいいだろう」
「あまり重い物だと転移先が危険じゃないかしら? 軽いアルミの箱なんてどうでしょう?」メリスが指摘した。
「そうだな。じゃ、それは私が用意しよう。これは第五のテーマだな。『転移は片方向か双方向か』だ」
寧ろ、何故それをやっていないかと言いたいくらいだが、地殻の調査などの延長だったのか?
こうして、暫定的に中断していた空間転移実験だが再度実施することになった。異常を確認したのだから少なくとも再現性は確認しなくてはならない。
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