<16・なく。>

 チェルクの話を、ジムはただ黙って聴くしかなかった。正確には、スケッチブックにイラスト混じりで描かれた物語を読んでいたわけだが。


『どうしてだか、ぼくはもりにうけいれてもらえた』


 段ボールに入ったスライムの絵の上に文字を書き足しながら、チェルクは言った。


『ふしぎで、しかたなかった。ぼくは、いままでしんだなかまとちがうわけじゃない。ばくだんにへんしんするくんれんをしていたし、あいずがあったらばくはつするきけんぶつ。もりからすれば、ぼくだって、テロリストみたいなもののはずなのに』

「……そうかもな」

『ジムがやさしくしてくれて、リーアとゴラルもいっしょでたのしくて。ぼく、じぶんのやくめ、わすれかけてた。でも……でも、でんぱがきて、あれはすごくいたくて、がまんしたけどしきれなくて、それで』

「痛いのか、あれ」

『うん。でんぱがくると、あたまのなかがガンガンするんだ。がまんしようとしたんだけど、くすりでいっかいおちついたんだけど、でもむりだってすぐわかって、それで。……ごめんなさい』

「そうか。……頑張ったんだな」


 もう少し、気の利いた台詞を言えればいいのに。こんな時自分の不器用さが心底嫌になる。リーアなら、ゴラルなら、長老なら。もっと賢い台詞とか、寄り添った台詞とかが言えそうなものを。どうして今、此処にいるのが自分だけなのだろう。

 本当はもっとチェルクのことを考えてやりたいのに――自分の感情だけでいっぱいになっていて、本当にどうすればいいかわからない。


『ジム?』


 チェルクが困惑したように、くい、と頭をもたげてきた。ジムは胸の奥がつっかえたようになって、無理矢理言葉を一つ絞り出すだけで精一杯になっていた。


「いや、その……ごめん。ちょ、マジでごめん。落ち着く……」


 馬鹿じゃないのか、と思う。

 一番辛いのは断じて自分じゃないのに、何で自分が泣いているのだろう。己が涙を流したところで、それでチェルクが救われるわけでもなければ、何かが変わるわけでもないというのに。

 彼等だって、ただ普通に家族と生きていたかっただけだ。ましてやチェルクには、理解のある家族も友人もいた。それなのに、身勝手な人間達のせいでその何もかもを破壊され、台無しにされたのだ。彼は本来なら生き物として当たり前の幸せを享受できたはず。自分や、リーアや、ゴラルのように一族に嫌われて追放されたわけではないのだから。

 何でこんなに世界は残酷なんだろう。

 ただ一生懸命生きているだけの人が、道を踏み外さずに真っ当な生き方をしている者達が、そうではない者達に踏みつけにされなければいけないのか。


「ざけんなよ。あんまりだろ、くそったれが。ちくしょう、ちくしょう……」


 ああ、こんな物言いしたらチェルクに誤解される。わかっているのに、泣きながら罵倒が止まらなかった。


「あんまりだろうがよ。チェルクが、お前らが何したんだよ。何でそんな目に遭わされないといけないんだよ。ざけんじゃねえ、ぶっ殺すぞ、こんちくしょう、ちくしょう……」

『ジムは、ぼくのためにないてくれるの』

「お前のためじゃねえよ、俺が勝手に悔しいだけだ。ああもう、マジで腹立つ。自分で自分にムカつく。お前のスケッチブックの文字が滲んで読みづらいじゃねえか、くっそ……」

『ジム……』


 チェルクはしばし考え込んだ後。ふにゃり、と何かに変身した。檻の中でやや窮屈そうだったが、その姿には見覚えがある。リーアたちと遊んでいた時と同じ、水色の体の男の子の姿だ。その姿になると表情がわかりやすくなる。少年は真剣な眼差しで、スケッチブックに絵を描き始めた。

 そして見せてくれたのは。お日様と太陽と小さな家。それから――水色の子供と手を繋いでいる中年男と、長い銀髪の女、灰色の屈強な男だ。

 誰のことを示しているのかは、一目瞭然だった。


『ジム、ほんとうにごめんなさい。それからありがとう。ぼく……まちのひとに、ジムに、ちゃんとつぐないたい。……いきてつぐないたいって、そうおもってもいいの?』

「いいに決まってる!」


 思わず声を張り上げていた。扉の脇に立っていた警察官が、びっくりしてこっちをまじまじと見つめてくるほどに。


「すごくいい絵じゃねえか。……なあ俺達、本当の家族になれるよな?」


 ジムが継げると、チェルクは涙をぽろりと一粒流して、こくりと頷いたのだった。


『ぼく、みんなと、ほんもののかぞくになりたい。……ぼく、なにをすればいい?どうしたらみんなをたすけられる?』




 ***




 声を上げて泣いたら、随分すっきりした。警察の人はなんだかんだ優しかった――時間を大幅にオーバーしていたというのに、ジムの涙が止まるまで待っていてくれたのだから。

 チェルクの処分がどうなるか、現状ではまだ未確定である。カズマの御神木から神託があれば一発で決まるかもしれないが、そうでない場合は普通に裁判になるだろう。ただし、チェルクは人間換算で六歳の子供である。自分の意思でテロ行為をしようとしたわけではないし、実際彼のおかげで被害は最小限に済んでいるのだ。

 抒情酌量の余地は充分にあるはずだった。むしろ六歳という年齢を鑑みれば、本来逮捕される年齢にも該当しないはずなのだから。

 とはいえ、彼が死刑にならないと言い切れるわけではない。自分達で、そのあたりは必死であの手この手を駆使してチェルクを助ける方法を編み出さなければいけないだろう。

 だが、すぐに刑が決まるわけでもなければ、執行されるはずもない。だから、今一番にするべきことは。


「みんな聞いてくれ!」


 人々が行きかう広場にて、ジムは声を張り上げた。すぐ傍にはリーアとゴラルもついていてくれる。


「この町の、カズマの御神木を盗もうとしている不届き者がアウトサイドにいるらしい!そいつは爆弾に化けることができるスライムを遠隔操作して、この町にテロを起こそうとした!スライムが自分の意思で被害を抑えてくれなかったら、今頃俺はバラバラに吹き飛んでいたし町にも被害が出ていただろう!」


 通行人たちが、何事かと足を止めて振り返ってくれる。あっという間に、ジムたちの周りには人だかりができた。こういう時、己にもそこそこ人望があったんだな、と実感して胸がじんわりと暖かくなる。無論、それは己が自分の力だけで得たものではない。多くの仲間達の絆を糸のように結んで繋ぎ、想いを薪にして信念を燃やしてきた結果に他ならないのだ。

 自分はこの町に、絶大な恩がある。魔法使いの一族に捨てられたと知った時は絶望したものだが、この森に捨てたことに関しては感謝しているほどなのだ。こんな素晴らしい人々に、家族に、仲間に出逢うことができたのだから。

 インサイドの町とカズマの森の恩恵なくして、今のジムはいない。

 チェルクのためだけではない。この町のために戦うことこそ、己にできる最大の報恩に他ならないのだ。


「そのエンドラゴン盗賊団とかいう連中は、今まで何度も森に刺客を送り込もうとして失敗していたらしい。スライムは捕まったし、盗賊団の力にも反抗しているが……だからこれで襲撃が終わりなんてことにはならない。奴らはカズマの大樹を奪うためなら、森も町も全て焼き払っていいと思っている。スライムが失敗したとなったら、必ず次の手を打ってくるだろう。まさに、この町の存亡の危機だ」

「なんだって……?」


 ざわつく人々。あちこちから声が響く。


「あの御神木を奪うなんて、罰当りな!」

「も、森を燃やすって!?町も!?なんでそんな酷いことを……」

「エンドラゴン盗賊団というのは聞いたことがないな」

「ああ、あの落ちてたドローンの破片はそういう」

「スライムってあの子だろ、ジムはあの子に殺されかけたんじゃないのか?」

「いや、でも確かに普通目の前で爆発して、ジムがあんなにぴんぴんしているはずないよな」

「じゃあ、悪い子じゃないってこと?」

「何にせよ、この町を襲うなんて絶対許しちゃいけない。なんとかしないと……」

「なんとかって、どうやって?」


 不安、怒り、疑心。それらがないまぜになた瞳が、ジムの方に向けられる。

 己の言葉そのものを疑っている人がほとんどいないことに、心底安堵していた。テロなんてあるはずない、とそこを否定されたら話がまったく進まなくなってしまうからだ。


「みんなも知っての通り、爆発事件を起こしたスライムは……最近町の仲間になった、チェルクだ。俺が面倒を見ていた。チェルクは体にマイクロチップを埋め込まれていて、仲間を人質にされて脅されていた。ビルの隙間で爆発したのも、俺が掠り傷なのも、チェルクが死ぬ気で盗賊団の意思に逆らったからだ。あいつは、俺達を助けてくれようとしたんだ」


 だから頼む!とジムは皆に頭を下げた。


「俺はチェルクを助けたい。この町を助けたい。そして……俺の大事な家族を、町を、危険に晒そうとする連中に一泡吹かせてやらなくちゃ気がすまねえ。忙しいとは思うがみんな、俺に協力してくれないか!」


 一人が石を投げられたなら、十人で石を投げ返す?いやいや、そんな生ぬるい真似、自分達はしない。

 自分達はみんな捨てられの森の同志、偉大なるカズマの大樹の息子であり家族であるはずだ。

 仲間の一人が石を投げられたのなら、町全員で巨石を打ち返す。それくらいするのが、自分達の町の結束であり掟だろう。


――守るんだ、この町を。そしてチェルクを。


 そのためなら自分は、どんな危険も厭わない。

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