<15・すてる。>

 盗賊たちは、どうやら二つのパターンで捨てられの森を攻めるつもりでいるようだった。

 一つ目は毒物にスライムたちを変身させて川を流し、森の中の水を汚染させて町を一網打尽にすること。

 二つ目は爆弾に変身するよう訓練したスライムを森の入口に捨てて、町の住人が拾うように仕向けた上でタイミングを見計らって中心地で爆破することである。


『こんな手間暇かけたくはないんだけどね。外から戦車持ち込んでも、ドローンで薬を撒こうとしても駄目だったんだからこれしかないのよ。そして、これだけのことをする価値が、インサイドの町の御神木にはあるってわけ。あんた達、生き残りたかったら必死で訓練しなさいな!』


 だが、どちらもけして簡単な作戦ではない。

 まず、毒物も爆弾も、訓練させられたとて簡単に変身できるようになるものではないからだ。チェルクたちスライムは何かに変身することで外敵から身を守り、また攻撃することができるのだが。その想定はあくまで“物質的”なものに限られるのである。

 毒物、つまり液体や個体に変身することも理論上不可能ではないが、簡単ではない。

 ましてや毒物に変化するということは、己の性質そのものを毒に変えなければ意味がないということ。見た目だけ紫色の粉になったり、無色透明の気体になっても意味がないのである。

 また、毒に変化することは自分自身の健康を害するリスクも伴う。訓練は過酷なものとなった。


『デキマキ草と、ザクササメタケで調合した毒。致死量的にも、川に少し流すだけで効果が出るはずよ。さあ、この粉に変身してご覧なさい!』


 デキマキ草とザクササメタケを粉末状にして混ぜ、さらにそれを水で練って火を通す。それにより出来る“アメキノ酸”はまさに恐ろしい毒物だった。

 なんせこの毒薬は飲んですぐ効果を発揮しないのである。薬を経口摂取し、胃袋を通って腸に落ちたところで始めて猛威を振るうのだ。胃酸と反応するからだと聞いたことがある。

 飲食物が腸まで落ちるには時間がかかる。それまでに、多くの者達が異常に気づかず、毒に汚染された水を摂取してしまうことだろう。なんせ、アメキノ酸は火を通しても無害化されないのだから。

 人畜の腸に到達した途端、この毒物は強烈な酸性となって内臓を攻撃するのである。具体的には、生きたまま腸を溶かしてしまうのだ。

 摂取した者は七転八倒しながら、口から鮮血を吹き出し、肛門からは血と排泄物と内臓の溶け残りを噴出することになる。そして地獄のような苦しみの中で死んでいくのだ。発見された死体を解剖されると、胃や腸のみならず腎臓や肝臓も溶かされて穴だらけになっているという。まさに、悪意に満ちた猛毒と言っていい。

 助かる方法は、まだ毒物が胃にあるうちに洗浄してしまうことだけだという。腸まで落ちたら手遅れであるからだ。


『こ、こんなの変身できないです!変身したら私達も同じ毒で死んでしまうわ……!』


 そう主張したチェルクの母は、見せしめに遭った。仲間に無理やり変身させたアメキノ酸を喰わされて、口と尻から血と排泄物を噴出させて死んだ。そして、チェルクの母に“食われた”毒に変身した仲間も一緒に死ぬことになった。

 それを見て恐怖し、逃げ出そうとした仲間も同じような目に遭って殺され。さらに何十匹もの仲間が毒物への変身を強要されたもののうまく変身できずに死ぬことになったのだった。変身した自らの毒で死んだか、仲間に食われた時に反応を起こして結局“リサイクル”不能なほど損壊したかのどちらかである。


『ふむ、毒に変身させるのは結構難しいのか?』


 連れてこられたスライムの仲間が半分になったところで、ようやくドクが考えを改めた。ただしそれは、作戦を中止してスライムたちを開放してくれるなんて甘いものではなかったのである。


『なら、爆弾に変身してもらう方にすればいいな!』


 パンがないならお菓子を食べればいい、とでも言わんばかりの横暴な物言い。ある意味では悪意を顕にしないドクの方が、ベティよりよほど恐ろしかったとも言えよう。

 チェルクはこちらの訓練に参加させられた。爆弾に変身できる能力を得て、その上で森の入口に捨てられる仕事である。

 だがこちらの訓練もけして簡単なものではない。炎が弱点であるスライムにとって、焼けたり爆発したりといったものに変身するのは精神的苦痛があまりにも大きいからだ。

 逃げれば殺される。それがわかっていても、訓練に耐えきれずに逃げ出そうとして死んだ仲間は何匹もいた。

 そうでなくても爆弾への変身があまりにも下手なものたちは激しい折檻を受けた。ベティは小さなスライム達が逃げ惑うのを見るのが楽しいようです、チェルクをはじめとした子供達は彼女の鞭に叩かれて何度も潰されることになったのだった。

 スライムは頑丈で不定形だ。多少の傷ならあっさりと再生する。だがそれは、痛みがないというわけではないのだ。


『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』

『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!』

『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

『キャハハハハハ!あんた達が悪いのよ出来損ないだから!ほらほらほら、潰されたくなかったらさっさと変身できるようになりなさいよぉ!!』


 確かに、チェルクは他の仲間達と比べて変身が得意ではなかった。何を覚えるのも遅かったし、人一倍殴られていたように思う。

 しかしこんな、閉じ込められて殴られて満足にご飯も与えられないストトレスフルの環境で――果たして満足のいく成果が上げられる者がどれほどいるだろうか?

 もっと言えば、例え頑張って爆発物に変身できるようになったところで終わりではないのだ。変身がうまく出来るようになったスライムは、いよいよ本番として捨てられの森の入り口に放置されることになるわけだが。

 しかし、じゃあそれでミッションクリアかというこそんなこともない。

 森に、害意ある存在と見なされたら、カズマの木々に食われて死んでしまうからだ。チェルクの兄はそうなった。他の数匹の仲間とともに捨てられの森に運ばれて――しかし森に受け入れてもらうことができずに喰われたのである。

 自分はトラックの中から、その光景を見ていた。森の木々に吸収されていく兄の、最後の台詞が忘れられない。


『まさか、役立たずのアンタがまだ生き残ってるのとはねえ。青くてダイナマイト?な見た目にしかなれないけど、威力は十分出せるようになったみたいだから及第点にしておいてあげるわ』

『そうだぞベティ。十分な成果じゃあないか。何もこのミッションでは、見た目が本物の爆弾そっくりである必要はない。あくまで爆弾の威力がだせることが大切なんだから』

『ま、それもそうね』


 ベティとドクは好き勝手なことを言いながらからからと笑う。


『ま、とりあえず。作戦を説明するわ。まったく、これ何回話せばいいのかしら。他の奴らがもっとしっかりしてれば、最初の数回で終わってのに!』


 言葉が話せなくても、彼らが何を言いたいのかは大体理解できるというもの。あくまで喋る事と、文字を書くことに若干支障が出ているだけなのだから。

 ベティたちは説明した。自分達が狙っているお宝、カズマの木の御神木がどれほど貴重な存在であるのかを。他の木々は燃えにくいだけであって燃やすことは可能だが、カズマの大樹だけは別。火炎放射器を使っても燃えなかったという過去のデータがあるという。よってそれを逆手に取り、他の木々や町を全部燃やしてしまって、残った大樹を掠め取る作戦に出ようと言うのだ。

 無論、そんな真似をしたら他の貴重な植物や鉱物、資源の大半が駄目になってしまうことになる。一部は混乱した森の中から、雇った傭兵に火事場泥棒をさせて回収するつもりでいるが、それに失敗してもさほど問題はないと彼らは考えているようだった。

 つまり、カズマの御神木さえ手に入れば、他のすべてのお宝と引き換えにするほどの価値があるというのである。


『本来ならば数百年足らずで朽ちてしまうはずのカズマの木の中で、あの御神木は千年も生きている。そもそもたった一本から芽吹き、荒涼とした大地をあの巨大な森まで育てあげたのがあの御神木なの。内側に、莫大な魔力を秘めていることもわかっている。火炎放射器で焼いても、雷で打たれても死ぬこがないのはそのためだと。……そして御神木の木の実を食べた者は、不老長寿の加護を得られるとされているわ』


 最高よね、とベティは心底うっとりとした声で言ったのだった。


『永遠の若さと美貌、是非とも手に入れたいわ。そして欲しがっているのは国も同じなの。ひそかに、よその国も大樹を手に入れて秘密を解き明かしたがっている。……私達はその中でも、最も高値をつけた国に御神木を売ればいいわけ。一生遊んで暮らせる金が手に入るでしょうね!』

『まさに幸福の絶頂だな!何が何でも欲しい。エンドラゴン盗賊団が、今後一切盗賊をやらなくても暮らしていけるようになるかもしれねえ。下層階級の俺達が、貴族も同然の暮らしができるようになるかもな』

『ええ、ええ!その通りよ』


 盗賊団幹部の二人は、どうやら元々貧しい身分の出身であったらしい。それが成り上がるために盗賊団を作ったと。

 チェルクとしては、残念で仕方ない。それだけの力が、作戦を立てる頭があるなら。何故盗賊なんかせず、真面目に働こうとしなかったのだろう。

 彼らにどんな事情があろうと、仲間たちを殺していい理由になんかならない。チェルクたちを虐待していいことにもならない。

 自分達は彼らのお金のために、それだけのためにこんなことを――。


『とにかく、今から三日後にあんたを段ボールに入れて森の入口に捨てるわ。あんたは何も知らないフリして、回収されるのを待てばいいわけ。あとは、いつ爆破するかは私たちから指示を出すわ。電波を受信したら、あんたは少しでも可燃物が多く、町の中心に近いところに入ったタイミングで……ドカーン!と一発決めればいいの。ね、簡単でしょ?』


 だから、と。ベティは無茶な要求をあっさりと口にしたのだった。


『何が何でも森に認められて、町に入り込みなさいよね。あんたが失敗したら……残った仲間たちがどうなるか、わかってるわよね?ドクはともかく、私はそんなに気が長い方じゃないのよ』


 もうすぐ自分も死ぬのだろうな。チェルクは心底そう思っていた。なんせ、今まで爆弾に変身できるようになった仲間たちはみんな森に拒絶され、食われるばかりであったからだ。兄さんたちが駄目であったのに、自分が森に受け入れられることなどあり得ないと思ったのである。

 そしてもう、受け入れられなかったならそれはそれでいいやと思っていた。

 まだ盗賊団の手元に残っている仲間たちは気の毒だが、どっちみち自分の力で助け出すことはできない。むしろ、自分の未来を考えるだけでいっぱいいっぱいだった。チェルクは疲れ果てていたのだ――一刻も早く死んで楽になりたいと、それしか考えることが出来ないほどに。

 そう。自分の物語はここで終わる。そう思って段ボールの暗い闇に飛び込んたのに。




『おいおいおい……また捨てられたやつかよ。ていうか、生き物を段ボールに詰めんじゃねえ。……ああ、ガムテープこんなにぴっちり貼りやがって。窒息するじゃねえか』




 チェルクの世界に、終わりはこなかった。

 それどころか箱は開かれて、そして。




『す、スライム?』




 眩しい光と、出逢うことになったのである。

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