<17・たかまる。>
アウトサイドから攻めてくる外敵とは、みんなで力を合わせて立ち向かえ。それが、長年のインサイドの町の暗黙の了解だった。
嬉しいことに、ジムの言葉を頭から疑う人間は一人もいなかったようだ。長老と工場長がそのあと現れて、同じく皆に呼びかけてくれたというのもあるだろう。
「カズマの御神木も、皆に協力してくれるとのこと。今ならば、町を守るために森そのものが力を貸してくれるであろうよ」
ここで気にするべきことは、今回エンドラゴン盗賊団をただ追い返すだけでは駄目だということだ。この町に手を出すとどれほど酷い目に遭うか、というのをきっちり多くのアウトサイドの人間に理解してもらわなければいけない。
それこそエンドラゴン盗賊団だけやっつけても、他のアウトサイドの奴らが諦めてくれないのでは何の意味もないのだ。もし彼等が国に行動を認められて動いているのなら、国そのものを黙らせる必要がある。幸い、エンドラゴン盗賊団の行動をあくまで“黙認しているだけ”というスタンスならば、彼等を壊滅したところで国が報復行動に出てくるということはないだろう。
それはエンドラゴン盗賊団に関しても言えることである。一番簡単なのは、チェルクの特攻が失敗したことで彼等が攻めてくるのを諦めてくれることだが――話はそう簡単なものではないはずだ。なんせ、傭兵を何十人も使い捨てにして、高額のドローンを何台も使い潰してでもアウトサイドに攻め入ることをやめなかった連中。スライムによる特攻が無意味とわかったら、今度は別の手を講じてくるに決まっているのである。
そんなことをしたらどれほど恐ろしい目に遭うか、手痛いしっぺ返しが来るか。彼等には最悪の思い出を作って帰ってもらわなければいけない。
「報復や再来を防ぐにはエンドラゴン盗賊団全部を皆殺しにしちまうのがいんじゃねえのか?」
集まった仲間の一人が物騒なことを言った。まあ、そういう意見が出るのも当然だろう。町の御神木を狙ったというだけで頭に来ているのに、まだ再度襲撃があるかもしれないのだから。
しかし。
「奴らにも、家族がいるかもしれない。殺したら禍根を生んで、結局報復されるかもしれない。皆殺しにしたら報復行動を防げるなんて、そんなことはないんだ」
ジムはその意見を一蹴した。単に人殺しはしたくない、なんて理由ではないのだ。
殺せば確実に恨みを産む。恨みを募らせる誰かを殺したつもりでも、穴や隙がないとは言い切れない。それこそ一族皆殺しにしたところで、こっそり小さな子供が一人生きていて、後に復讐に来るなんてケースもありうるのだから。
「俺達にとって最優先事項は、二度と森に手を出さない、出したくないって状況を作ることだ。皆殺しにしようと誰も殺さなかろうと、生きている誰かが報復してくる可能性はある。なら、恨みが少ない方を選択した方が今後の森と町のためになる」
「……まあ、ジムがそう言うなら従うけどよ」
「ありがとな、気持ちは嬉しいぜ。で、とりあえず俺もいろいろ考えたんだけどな。エンドラゴン盗賊団は、チェルクに町でテロを起こさせて、町が大混乱になった隙に攻め入る作戦だったみたいなんだ。実際、そのやり方はある程度有効だろう。例えば町で大火事が起きたら何が起きるか……ってのは、過去の事例でいろいろわかってることだからな」
チェルクの自爆だけで、町を壊滅できるとは盗賊団も思ってないだろう。チェルクによると、彼等の元で行った訓練でも爆発の威力は控えめなものだったという。それこそ、頑張ってビルを一つ吹っ飛ばす程度だったそうだ。
何故それくらいの威力であったのかと言えば、それ以上威力を上げるとチェルクの体がもたずに再利用不可能になったから、という。チェルクはこう証言した。
『でんぱがきたら、まずそのちかくの、もえそうなものがあるところでばくはつ。ばくはつしたら、ばくえんにまぎれてにげて、またもえたりひがいがおおきそうなところで、ばくはつ。そういうのをくりかえして、まちにダメージをあたえなさいってことだった。ただし、ばくはつあとに、あんまりにもじぶんのダメージがおおきくてさくせんにししょうがでるようなら、すこしだけやすんでもいいって。つぎのでんぱはすぐにおくらないからって』
つまり、連中は最初から、チェルクに何度も何度も移動式爆弾をやらせるつもりだったのである。ダイナマイトに変身しての爆発は、いろんな意味でチェルクの心身に負担が大きいとわかっていながら。文字通り、クソだとしか言いようがない。
実際、チェルクが言う通りの行動をしていたら何が起きていたのか?それは、何十年も昔に御神木に火を放とうとした人物が起こした火事――その事例を見ればなんとなくわかることだ。
その男は、可燃性のクタネ油をタンクに入れて、御神木の周りに撒いて火をつけようとしたのだった。もしその行動が成功したとしても、それで御神木が燃えたかどうかはだいぶ怪しいのだが――とにかくその行動は、直前に警備兵に見つかったことで未遂に終わったのである。
まあ、聖域の周辺を大きな赤いタンクを持ってうろついている不審者がいたら、誰もが変だと思っただろうが。
最悪なのは不審者と警官でもみ合っているうちにタンクがひっくり返り、さらに男が持っていたライターが蓋のあいた状態で落下したということである。たちまち、周辺は火の海に包まれた、聖域から少し離れたところにあった文具店の前である。悲しいことに、男本人と、文具店の店主の男性、たまたま近くを通りがかった通行人の女性二人が巻き込まれて死亡することになった。
炎は、近くのビル二つをあっという間に巻き込んだ。ビルの屋上には、逃げ遅れて助けを求める人もいた。絶望的な状況を、消防車の到着より早く救ったのは他でもない、カズマの木々であったのである。
カズマの木々は、御神木を元に完璧な意思統一がされている。彼等は御神木からシグナルを受け取って、町を守るための行動をしてくれたのだ。
――俺がこの町に来る前のことだから実際に見てないが……とんでもなかったらしいな、カズマの森の消火活動は。
カズマという木は、元々非常に燃えにくい性質をしている。樹液が不燃性で酸素や水素を遮断してしまうからというのもあるし、純粋に葉にも枝にも幹にもたっぷり水分が含まれているからというのもある。木に触らせて貰うとそれは明白で、それこそ乾燥した冬の時期、晴天が続いてさえ触るとしっとりと手が湿るのが特徴なのだ。
彼等は仲間同士で連絡を取り合い、町中にあるカズマの木に枝を伸ばして互いを結び合うと、自ら水分を放出して消火を始めたのである。まさに、この森は生きていると実感するような光景だった――と、ジムに話してくれた工場長は言っていた。葉から飛んだ樹液は、最大にして三キロ先まで跳ぶという。天然の水鉄砲を浴びて、消防車が到着する頃にはもうほとんど火は消えかかっていたのだそうだ。
「五十年くらい前にあったっていう、神域を燃やそうとした男の話よね?」
この話は、さながら伝説と同じ扱いで人々の間に浸透している。それこそ、実際に現場を見たことがない住人たちのほとんどが知っているほどだ。はい、と手を挙げた若い女性も当然その一人だろう。
「確かに、この町で火の手が上がったらカズマの大樹がまた助けにきてくれる可能性が高いと思うわ。でも、それって町でいくら火を起こしても、森がカバーしちゃうから意味がないってことなんじゃないの?」
「そうでもない。前の火事の時も、初期の段階で燃えちまった人達は助からなかっただろ。チェルクの爆発も、最初の爆破に巻き込まれた人は燃えなくても助からないだろう。また、カズマの森のキャパシティにも限界はある。複数の箇所で次々火事と爆発が起きたら、全部対処すんのは難しいはずだ」
「ああ、それもそうかもしれないわね」
「で、当然町の人間もパニックに陥る。森も町の火事を消すのにかかりきりになるだろう。恐らくこのタイミングで外部の人間が一斉に複数個所から侵入してきたら、そいつらを全部排除することは困難だと思うんだ。恐らく、エンドラゴン盗賊団が狙ったのはそれだろう」
チェルクは爆破は命じられていても、御神木の運びだしは命令されていなかった。多分、侵入してきたエンドラゴン盗賊団自らが乗り物か何かを使って運び出す手はずになっているはずだ、とチェルクは言った。ジムも同意見である。
運びだしには、まず金で雇った連中は使わない。せっかくのお宝を、裏切る可能性のある奴らに任せるなんて愚の骨頂だからだ。チェルクのみならず、作戦が成功したとみなされれば他にも複数の陽動があるだろうと考えられている。
「そこで、俺達は森に協力してもらって、奴らの作戦がうまくいっているかのように見せかけることにする」
ジムは集まった連中をぐるりと見回して言った。
「この町の詳しい様子は、奴らも把握できていないはずだ。恐らく遠くからの望遠鏡か何かで調べるしかない。ドローンで上空を飛んでも軒並み撃ち落とされるのは明白だからな。状況を誤魔化すのはそう難しいことじゃねえ」
「今、こうして集まってるのも見られてないのか?」
「もし望遠鏡でこの町を見るなら、テンガンオルト山に設置した望遠鏡を使う可能性が高い。一番近い山で、高い位置から街全体を見渡せるのはそっちしかないからな。で、テンガンオルト山は南東方向。その方向からこの広場を見ようとすると、あのビルがでっけえ遮蔽物になるはずだ。そんなわけで、意外とこの町は奴らに見られにく死角が多いんだよ」
ほれ、と南西方向の大きなビルを指さすジム。
ちなみに一番近い町は北方向にあるが、そちらからこの町を望遠鏡で伺うのは相当厳しいと判断している。北の町はこのインサイドの町よりもずっと低い建物ばかりが密集しているからだ。これは、住居が多くて高いビルを建てると日陰になってしまうため、法律で規制されているからだと考えられている。
そちらから状況を把握するのならば、いちかばちかでドローンを使うしかない。が、ドローンは基本森に撃ち落とされるし、仮に町の真上で飛んでたら自分達が気づかないはずがない。今のこの会議の様子は、見られていないと考えて問題ないだろう。
「チェルクが一回目の爆発であまり成果を出していないのは、立ち上った煙が少ないことと、カズマの大樹がヘルプを出してないことで多分バレてるだろう。だから俺達は、チェルクが二回目、三回目の爆発に成功したかのように見せかけることにする。大きな火事と騒動が起きているように見せかけるんだ」
チェルクが一時捕まって電波が遮断されたことは、敵にはバレていないはずだと彼は語る。というのも、チェルクが体内に埋め込まれたマイクロチップは、サイズ的にも受信専用が限界だった。こっちから何かを送信することは一切できないという。魔力や電波の阻害はもちろん、チェルクの周辺の音や位置を知らせる機能もないらしい。
マイクロチップを調べた医者と技師も、恐らくチェルクの話で正しい筈だと口を揃えた。ならば。
「ひとまず、俺達がやるべきことは三つ。一つ、エンドラゴン盗賊団の規模と実態を急いで調査すること。二つ、エンドラゴン盗賊団の作戦がうまくいっているように、壊れたビルや火災を偽装すること。カズマの木々も、消火活動を行っているように見せかける。でもって三つ、油断して町に乗り込んできた連中を、ボッコボコにやっつけること!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「そいつは最高だな!」
「やってやろうぜ!」
「私も戦うわ!!」
「全てはこの町のために!」
「カズマの御神木の加護あらんことを!!」
人々が揃って気炎を上げる。彼等の心意気が、ジムは嬉しくてたまらない。
これはもう、自分とチェルク、家族だけの話ではないのだ。皆で力を合わせ、外敵を打ち倒すのである。
――見てろよエンドラゴン盗賊団!俺達の底力、見せてやるぜ!
捨てられた森の、雑草たちの反撃。今ここに、見せつけてやろうではないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます