<9・あそぶ。>
ゴラルは一般的なゴーレムたちとは違い、人間離れした腕力もなければ攻撃力もない。
それでも成人男性並みの腕力と、極めて頑強な防御力で人の役に立つことはできる。
例えば、今日の仕事。工場での製造ラインの補佐。そこの工場では、とある金属を混ぜ合わせて合金を作り出し、多くの電化製品の素材となるプレートを生産するということをやっていたのだが――調合すると十秒ほどしたところで小爆発を起こして解けた金属が飛び散るという大きな問題があったのである。つまり、人の手で混ぜ合わせると危険なのだ。
機械で全てをこなしてしまえばいいと思うかもしれないが、細かな調整は作業員が自分の目で見て行わなければ難しい。そこで、ゴラルの出番というわけである。作業員が調合を行ったところで、小爆発が起きる前に作業員の壁となり、飛び散るアツアツの鉄と光から作業員を守るのである。
この方法が使えるようになってから、多少危険な仕事であっても人の手で安全にこなせるようになったのだった。現在、ゴラルの他にも数名壁役の派遣社員がおり、全員が作業員を守る仕事についているというわけである。防御力が高く、熱にも強いという壁役のモンスターはゴラル一人ではないからだ。
――ゴラルは壁をやっているだけなのに、こんなに給料をもらっていいものか。
給料明細を見ながら、ゴラルはいつも思ってしまうのである。
自分は作業員の壁をやっているだけ。調合も、機械の操作も、事務や運搬の仕事も何もやっていないというのに。立って壁になって熱い鉄を浴びるだけでいいなんて、なんとも贅沢で楽すぎる仕事である。それで、一日一万Gものお金が稼げる。少し貰い過ぎでは、という気がしないでもない。工場長は“危険手当込だから”と言ってくれるが、ゴーレムであるゴラルにとっては飛び散った鉄を浴びるくらい、危険の範疇にも入らないというのに。
「……それで」
自宅に戻ってきたところで、ゴラルは首を傾げるのだった。ちなみに事務はまだ駐屯所から戻ってきていない。
「お前達は何を?」
ついさっきまでテレビを見ていたチェルクは、今はリーアと向かい合って何かカードゲームのようなものをしている様子だった。リーアはゴラルの問いに気づくと、“知らない?”と首を傾げてくる。
「決闘王のカードゲームだよ。今町で流行ってんの。ゲームショップにもカードがたくさん売ってんだよ。チェルクと遊びたくてさー、大人買いしてきたところ」
「名前だけはゴラルも聞いたことがある。しかし、ルールが非常に複雑だった記憶がある。ゴラルにはいくら聴いてもわからなかった。リーアはわかるのか?」
「一応マニュアルはばっちり読み込んだ!あと、ゲームショップの美人なおねーさんに手取り足取り教えて貰った!」
何故だろう。リーアが“手取り足取り”と言うとものすごく卑猥に聞こえてしまうのは。
三日前の夜の、ジムとリーアの“いちゃいちゃ”を思い出してしまい、思わずゴラルは頬と股間に熱が集まるのを感じてしまった。忘れられがちだが、自分も健全な十九歳だ。ゴーレムの種族は、人間とあまり寿命や成長速度が変わらないのである。はっきり言って、二階であんなにも淫語丸出しにして喘がれたら心臓がいくつあっても足らないのだが。
「きゅっきゅ!」
テーブルには、何枚もの長方形のカードが並べられている。チェルクが自分の目の前に置かれた長方形のカードをぐいっと押しだした。彼が触っているカードには、頭に王冠のようなものを被ったスライムの絵が描かれている。リーアがにやりと笑って言った。
「チェルク、スライムキングで攻撃ってことでいい?」
「うっきゅ!」
「はい、トラップ発動!“次元の裂け目”ですよー。残念ながらチェルクのスライムキングは除外ね」
「きゅー」
「え、ちょ、待って?カウンタートラップ?嘘でしょ?」
「きゅうううう!」
「待って待って待って待って俺のドラゴン連れてかないでえええええ!?」
青ざめるリーアの目の前で、にこにこしながらチェルクがリーアの前に並んでいた三枚の青いドラゴンが描かれたカードを回収していく。
リーアは“俺のブルードラゴンが!”だの“次のターンでトリプル召喚決めるつもりだったのに!”だのと喚いている。ゴラルにはちっともルールがわからないのだが、どうやらチェルクがリーアに読み勝ってカウンター戦術を決めた、ということらしい。
「うっきゅー」
チェルクが手札から別のカードをリーアに見せる。その途端、リーアの青い顔がさらに紙のよう白くなった。
「も、もしかしてチェルクさん?ひょっとしてひょっとするんですがこのタイミングで手札からバブルスライムの効果発動とか言いませんよね?え、特殊召喚?バトルフェイズ中に?」
そうだよ、と言わんばかりにチェルクが笑顔で頷く。チェルクの場に、虹色のシャボン玉に覆われたスライム?みたいな絵が描かれたモンスターが増えた。
「きゅううううきゅ!」
「んぎゃあダイレクトアタック!やめてえええ!負けたああああ!」
ソファーの後ろにそっくりかえって倒れるリーア。何がなんだかわからないが、とても楽しんでいるらしいというのは伝わってきた。
というか、あの複雑極まりないカードゲームのルールをよくぞこの短期間で理解したものだと感心してしまう。しかも、見たところチェルクは自分そっくりなスライムの絵の描かれたカードをしっかり集めて使いこなしているようだ。自分達が思っていたよりずっと彼は頭がいいのかもしれない。
「おかしい……スライムキング除外からの、がら空きになったフィールドにブルードラゴンのトリプル召喚で大逆転の予定だったはずなのに。伏せカード除去できなかったのがやっぱり駄目なのか、そうなのか。いやでも、手札のバブルスライムは読めない、読めないよ……」
「よくわからないが、リーアもチェルクも楽しそうで何より」
「ゴラルもやってみる?確かにルールややこしいけど、自分だけのデッキ組んでやるの楽しいよ。非電源ゲームだから、カードさえ買ってしまえば電気代もかからないし」
「遠慮しておく。ゴラルは、こういうものを始めると凝りすぎるタイプ。カードを際限なく買いたくなる」
「あはは、確かにそう言う人にはちょっと向いてないかもね」
おおらかに笑うリーアに、チェルクはスライムのカードをつきつけてきゅうきゅうと鳴いている。どうやらもう一戦やりたい!と言っているらしかった。
「チェルクが来てから、この家は明るくなった」
ゴラルは素直に感想を漏らした。
「チェルクは捨てられの森の入口に捨てられていたスライム。今まで、捨てられていて町に入ってきた生き物は多いが、多くの者達は来た直後は暗い顔をしていた。ゴラルも、リーアもそうだったように」
ゴーレムとして、ろくに役に立てないなりそこない。幼い頃から自分は役立たずだと刷り込まれて生きてきたのがゴラルだった。ゴーレムたちの多くは、人間を含めた“主”を見つけ、その主を守ることを生きがいにしている。特に、由緒正しい“ゴ”の文字を与えられたゴラルは、ゴーレムの種族の中でも騎士の正統な血統として期待された存在だった。
しかし、三歳の誕生日の時に行われた“祭り”の儀式をこなせなかったことで疑惑が浮上する。三歳になるとゴーレムの種族は、男女問わず巨石を持ち上げて酒を浴びせるという儀式を行うことになる。子供が生まれたお祝いであり、成長を祝う祭りの儀式として伝統となっているのだ。
巨石と言っても、重さは僅か五十キロばかり。ゴーレムの一族ならば、三歳の子供であってもかるがる持ち上げられる岩であるはずだった。ところが、ゴラルだけが他の子供達と違って岩を持ち上げられず、あろうことか転んで怪我をしてしまったのである。
騎士の家として、誇りを持っていた両親はさぞかし焦ったことだろう。その後の測定でも、ゴラルはただの一度も良い結果を出せなかった。ゴーレムの種族として正しく受け継がれたのは圧倒的な防御力だけ。本来武器となるはずの怪力がまったくない。人間レベルの腕力しか持たないゴーレムが、主を守る役目を担えるはずがない。
ゴーレムは散々罵倒され、詰られた挙句――実の両親の手によって、この捨てられの森に捨てられたのだ。自分は役立たず、産まれてきてはいけない存在だったのだと何度も何度も己を責めながら。
この町に来た者達はほとんどがそうなのだ。散々自分の存在を否定され、踏みつけにされ、絶望の淵にあるものばかり。この町で受け入れられてもすぐに立ち直れず、鬱状態のまま自殺を図る者もいないわけではないほどに。
「チェルクもそうだろうと思っていた。実際、初日はジムの顔色ばかり窺っていた」
「そうだね」
「でも今は。ゴラルともリーアとも普通に話してくれる。ジムが出かけても過剰に不安がることはない。そして、お客さんがきても笑顔で応対できる。……とても明るい、良い子だと思う。ゴラルとリーア、ジムにとっての新しい家族だ」
「うん」
褒められたことがわかったのだろう。チェルクがこちらを見てにっこりと微笑んでくる。ストレートに言って可愛らしい。その笑顔を見ると、自分まで嬉しくなってしまう。
「いつか心から笑えるようになったら、チェルクも言葉を話せるようになる?ゴラルも、チェルクとたくさん話がしてみたい」
「うきゅ!」
ゴラルが言うと、チェルクは片手を上げて“がんばるよ!”と言うように鳴いてみせた。元気なのは良いことだ。今日は三日ぶりに、シアの実のピザを作ってやろうかと思う。
スライムの好物であるシアの実はなんらかの形でチェルクの食事として与えてはいるのだが、やはり彼が一番好きなのは初日の夜に食べたピザであるようだった。味付けが気に入ったのか、初めて食べた美味しいものを気に入ったのかは定かではないが。
「昼ごはんの準備をしてくる。あと一戦くらいしたら、リーアとチェルクはテーブルの上の片づけを……」
ゴラルがそこまで言った、その時だった。
「きゅ」
チェルクの小さな手から、スライムの絵のカードがはらりと落ちたのである。
「チェルク?」
リーアが心配そうに声をかけた、次の瞬間。
「きゅ、きゅうううううううううううっ!?うううううう、ううううううううううううう!?」
「ちぇ、チェルク!?」
突然、チェルクがその水色の体をぶるぶると震わせ、苦しみ始めたのだった。男の子の形がどろりと溶け、最初に見た液体のような水色のスライムの形に戻ってしまう。
ゴラルは慌てて駆け寄って、チェルクの体に触れた。ひんやりと冷たいはずの表面に、明らかに熱がこもっている。
「お、俺!ジム呼びに行ってくる!ついでに診療所も!」
「わかった」
サンダルをつっかけて、リーアが家を飛び出していった。その間ゴラルはおろおろしながら、ただひたすら苦しむチェルクに声をかけ続けるしかなかったのである。
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