<8・たしかめる。>
『それでは次に、インサイドの町で欠かせない存在である、カズマの大樹について勉強していきましょう!』
チェルクがインサイドの町に来てから、三日が過ぎていた。少しずつ感情を表に出すようになったチェルクは今、真剣な眼差しで子供向け番組を見ている。三世代くらい前の古い液晶テレビだが、仲間達で集まって見るにはなんら支障のない代物だ。この国の全国ネットで放送されている番組から、インサイドの町限定で流れているチャンネルまで様々な番組を見ることができる。
今チェルクが見ているのは、インサイド放送局が流している、この町限定の番組だった。平日の午前中ともあれば、見られる人間はそう多くはない。小さな子供が楽しめるような番組や、親子向けの番組が多いのは必然なのだった。
『元々、この大地は荒涼とした荒地であったと言われています。そこに、とある商人が戯れに植えた魔法の種が、今のカズマの大樹の苗木になったと言われているのです。カズマの木はあらゆる物質を分解し、養分にすることができる食虫植物の一種ですが、中でも現在私達を守ってくれているカズマの大樹は特別な存在なのです。他のカズマの木々とは違い、千年以上も私達森の住人を見守ってくれています』
綺麗な女性が、黒板の前で人間やモンスターの子供達を相手に解説している。横からテレビ画面を覗きこんだジムはストレートに“美人な姉ちゃんだな”という感想を抱いた。こぼれんばかりに胸が大きい、なんてところを最初に見てしまうのは男の性である。まあ、下半身がタコのような形になっているので、人間でないことは明白なのだが。
番組名が右上に表示されていた。“インサイド小学校”という、そのまんまの名前である。自分も子供の頃は、親代わりの住人達と一緒に見たっけな、なんてことをつらつら思い出すジムである。
『カズマの大樹の凄いところは、千年も私達を見守り、小さな苗木から大きな森を作ったことだけではありません。他の木々は山火事で燃えてしまったり枯れてしまうことも少なくないのですが、御神木だけは違うのです。大昔に賊が町に侵入して、御神木に火をつけようとするという罰当たりなことをたったことがあるのですが……なんと、いくら可燃物をかけても、火炎放射器を使っても、御神木が燃えることはなかったのです』
『先生、木なのに燃えなかったんですか?どうして?』
『その理由はわかっていません。ただ、雷が落ちても燃えたり倒れたりしなかった、ことも過去にはわかっています。御神木の不思議な力で守られているのか、そもそも御神木が非常に特別な木なのか。いずれにせよ、御神木の加護によって私達町の住人は守られ、生活することができているのです。ですので皆さんも、新年にはきちんと感謝のお祈りを捧げましょうね』
『はーい!』
『わかりましたー!』
『よろしい!では次に、この町の歴史について勉強しましょう……』
子供向け番組だが、やっていることは一般的な社会科の授業となんら変わらない。勉強させられているみたいで退屈なんじゃないかと思ったが、意外にもチェルクは番組にかなり集中しているようだった。
話を聴きながら、時折スケッチブックの上で手を動かしている。いつのまにやら紙の上には、青々と葉を茂らせたカズマの大樹の姿が描かれていた。葉も大きいし幹も立派、花まできっちり咲いている。この子は結構才能あるんじゃないのか、なんて思ってなんだかジムまで嬉しくなってしまう。
「チェルク、俺はちょっと森の巡回がてら、駐屯所の方に行ってくるから。いい子でお留守番してろよ。テレビ見てていいから」
「うきゅ」
「今日はゴラルも工場に仕事に行く日だし、リーアは責任持ってチェルク見てろよ。酒飲んだり男や女連れ込むなよ」
「俺信用なさすぎい。行ってらっしゃーい」
今日は美男子の姿のリーアが、ソファーに寝っころがってひらひらと手を振っている。警備兵として仕事をすることが多い自分達だったが、ジムと比べるとリーアとゴラルの仕事は流動的だ。必要に応じて割りと何でも仕事をする、何でも屋と言った方が近い。
まあ、それぞれ特性が違う以上、仕事内容が異なるのも当然と言えば当然なのだ。この町では、それぞれが得意なことを見出して、それを生かす仕事を長老や役所の人達が見繕って与えてくれる。どこぞのコミュニティを追放された者達が、暮らしやすいとこの町に居つくようになるのも必然だと言えるだろう。
今日は遠くまで行くつもりもない。最低限の水と携帯食料、携帯にランプやナイフなどの道具だけをポーチに詰めてジムは家を出た。今日は夕方から雨という予報が出ているが、果たしてどうなることだろうか。
***
「アウトサイドの人間ってのは、勿体ないことするねえ」
ジムが台車を押しながら工場に行くと、工場長は呆れたようにため息をついたのだった。ジムが渡したリストに目を通しながら、勿体ない勿体ないと繰り返している。
「まだ使えるものがたくさんあるじゃないか。一体どうして、こうぽいぽいと捨てるんだ」
今日、森の入口に捨てられていたものの中に生き物はなかった。その代わり、やれまだ使えそうなソファーやら家電やらがてんこもりに積み上げられていたのである。
「ん?リスト……ひょっとして三枚もあるのか?え、これで全部じゃない?」
「その通りだ。まだたくさん置いてあった。正直全部俺一人で持ってくるのは無理だったから、ひとまず一番使えそうな山だけ崩して持ちこんできたんだ。森が分解しなかったんだから、他の道具もある程度使い道があるものなんだと思うぜ」
「そりゃまた、罰当たりなことするなあ、アウトサイドの連中は」
白髪が混じり始めた頭を掻く工場長。ちなみに、彼は見た目は完全に人間だったが、正確には人間と別のモンスターのハーフだと聞いている。父親は人間だが、母親はモンスターだったのだそうだ。
モンスターにも人間そっくりの生き物はいるし、ハーフともなれば人間と見分けがつかない者も少なくない。この町には混血の人間はけして珍しくないのだった。
「このソファーなんか、布をすこし縫い直せば使えるし。この電子レンジも見たところほぼ新品に近いじゃないか。まったくもう」
「とりあえず工場で預かってくれないか。少し修理してマーケットで売れるものがたくさんありそうだし、役所でもきちんと相談した方がいいだろうし」
「そうだな。ちょっとずつでいいから、残った品物もうちに運んでくれ。ひとまず仕訳して倉庫に仕舞うから」
「了解」
「ああ、そうだジム」
ふと、思い出したように顔を上げる工場長。
「そういや少し前に純血の人間がこの森に迷い込んだってのがあったろ。迷いこんだっていうか、多分この森に追放されて逃げてきたってところだろうけどな」
「ああ、そういえば」
時々、人間がこの捨てられの森に来ることもある。確か、かつては国の英雄だったのに追放されたとかなんとか言っていたのではなかったか。名前なんだったっけ、とジムは首を捻るが。
「まだ自暴自棄で飲んだくれてることも多いから、いつも話が通じるわけじゃないだろうけどな。アウトサイドの町の状況について何か聞けるかもしれないし、逢いに行くといいんじゃないのか。ほら、チェルクのこともあるだろう?」
「そうだな。……チェルクを捨てた男女についても調べたいし、何か知ってるかもしれないよな」
「ああ、そうだとも」
実は昨日、チェルクについて新しく判明した事実があったのである。
彼を見つけたのは三日前の朝だったわけだが。
というのも実は森には一部、カズマの大樹の許可を取った上で防犯カメラを設置しているのである。おかしなものを置いて行かれては困るということで、特に森の入口近辺は念入りに見張っているのだ。
そして定期的に巡回もしている。それらの情報から、チェルクがいつ誰に捨てられたのかも大体把握できたというわけだ。
「動画を解析してわかったことは、チェルクを捨てたのは二人組らしいってこと。フードとローブを目深にかぶっていて顔はよくわからなかったが、体格的には人間くらいのサイズだったって話だよな」
チェルクは男性と女性のコンビに虐待を受けていたらしい。彼の証言とも合致するが。
「インサイドの町じゃ、あんたみたいに純血の人間の方が少数派だ。大抵が人間とモンスターの混血か、純粋なモンスターかのどっちかだろ。で、アウトサイドの町では俺達みたいに種族混ざって暮らしてるわけじゃない。基本は人間だけの町だって聴いてる」
工場長が眉をひそめた。
「そして、連中は堂々とトラックで来てチェルクを捨てていった。つまり、隠してないってことだ。……思ったより大きな勢力が動いてるかもしれないぜ、ジム」
「そうだな。また何かわかったら連絡するし、そっちも何か新事実が判明したら教えてくれ」
「もちろんだ。もうチェルクは、俺達の仲間だからな」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
追放された者達は、どれほど役立たずのレッテルを貼られた存在であっても自分達の仲間である。すぐにそう認めて、受け入れてくれる住人達のなんとありがたいことか。
だから俺はこの町が好きなんだよな、としみじみ思うジムであった。
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