<2・はこぶ。>

 捨てられの森は、“愛”ある者ならばどんな捨てられた者をも受け入れるとされている。人間達には不要なゴミも、人も、動物も、モンスターも全てだ。とはいえ、だから捨てられた者達みんなに平和で仲良くいきてくれというわけではない。肉食動物と草食動物が一緒にいたら捕食する者とされる者が出るのは必然。というか、肉食動物は肉を食わなければ死んでしまうのだから、“草食動物と仲良く”なんて土台無理な話なのである。

 無論、草食動物も植物を食べなければ生きていけない。植物も生き物だから、そこにも食物連鎖は発生している。また、カズマの木も自分達が受け入れた者達に危害を加えられたら容赦なく反撃するし捕食する。此処は皆が仲良こよししている森ではなく、互いのテリトリーを守りつつも時に争い、時に協力しあって一つのコミュニティを作り上げている場所なのだった。

 ただ、普段は食う者喰われる者の関係であっても、アウトサイドから外敵が入り込んだら皆で協力して追っ払うという暗黙の了解はできている。この森には、アウトサイドにはない特殊な鉱石や貴重な植物もある。基本はそういう侵入者はカズマの木々に追っ払われるとはいえ、時に強かな人間やモンスターが森を突破してしまうこともないわけではない。それをいち早く察知し、時に先手を打って排除するのがジムたち“警備兵”の仕事なのだった。

 ゆえにジムはかなり自由な行動を許されている。町の外どころか森の外をうろつくことも珍しくない。まあ、そうそう侵入者なんてものがあるはずもないので、普段の仕事はほぼ“森の中のキノコや木の実を採集したり、一部の動物やモンスターを狩って市場で売りさばく”ことにはなっているのだが。

 先述したように、捨てられの森の住人だからって仲良しこよしというわけではない。ひ弱な子供なんかが一人でうろつけば簡単に肉食動物の餌食になってしまうし、カズマの森はそれを止めてはくれない。あくまで森が助けてくれるのは外部の脅威だけだ。よって、自分達のように“そこそこ強い”人間やモンスターの狩猟は、町にとって大きな収入源であり食糧源になっているのだった。町の中に畑や工場はあるが、それでも原材料の仕入れは行わなければいけないからである。

 アウトサイドの町との取引もあるが、そもそもアウトサイドの人間でインサイドの自分達と取引してくれる商人や企業は多くはない。彼等にとって、自分達は国からはじき出された厄介者に他ならないからだ。

 ほとんどの食糧を自給自足する必要があるのはそのためである。

 捨てられの森と、インサイドの町の住人達は、それぞれが独自のコミュニティを築きながらつつましく暮らしているのだった。


「あ、ジムおはよう!」


 ジムがワゴンを押して現れると、すぐに工場から顔なじみの顔が現れた。工場長の男である。


「頼んだもの取ってこれたか?うちの製造ラインも結構カツカツで……特にアモチの実と光鉱石がやばいんだけど」

「その二つなら、そこそこ取ってきたぞ。ほら」


 ワゴンの上にかけてあった布を取っ払うジム。ワゴンに積まれた箱の中からは、ピンク色のアモチの実と、キラキラと光る石が大量に詰め込まれている。薄ピンク色でおしりのような形をしたアモチの実は、初夏のこの時期に旬を迎えるフルーツだった。捨てられの森の中でも、南の方のエリアだけで取れる果物である。人間の手で自家栽培することが難しく、毎年この時期になるとジムが頼まれて取ってくるのが通例なのだった。

 ちなみにそのまま食べても美味しいし、ジャムにしても美味しいし、パイにしても美味しい木の実である。ふわふわと柔らかい果肉と、頬がとろけるほどの甘さが特徴。汎用性が非常に高いのだが、残念なことに旬の時期が非常に短い。五月から六月にかけてしか収穫できないので、見つけたら必ず採集するようにと言いつけられているのだった。

 また光鉱石というのは、太陽の光を吸収して光り輝く特別な鉱石であり、こちらも南の山から採掘できる。拳大サイズの石一個から、莫大なエネルギーを取り出すことができるのだ。しかも、エネルギーを放出した光鉱石は、鉱山に埋めると時間をかけてまたエネルギーをため込んでくれる。極めて資源に優しい石として、長年捨てられの森では有効活用されているのだった。


「ちなみにこの下にはレッドサファイアが少しと、水鉱石。あとはカチャの実が少しってところだ」

「ありがたい。いつも助かるよ、ジム。今月分の振込には期待しておいてくれ」

「おっと、まだ取ってくるつもりだからそっちも足しておいてくれよ?あと、悪いがマキドの実なんかはまだ取りに行けてない。場所がちょっと遠すぎるからな。もう少し待てるか?」

「問題ない。そっちは急いでないからな。あ、あと新規のリスト上がってきたから、そっちにも目を通してくれると嬉しい。他の警備兵たちも頑張ってはくれてるんだが、やっぱりあんたに頼むのが一番効率がいいし確実だからな」

「ははは、この丈夫さだけが取り柄みたいなもんだからなあ」


 魔法の使えない、魔法使いの一族の男。それが理由で捨てられた(赤ん坊だった自分の傍に手紙が残っていたので、捨てられた経緯はすぐに判明したのだという)ジムだったが、幸いなことに丈夫で健康な体には育った。魔法は使えなくても、剣や盾、斧は使える。それだけできれば、役に立つ方法はいくらでもあるのだ。

 この森と町は、ジムにとっては故郷であると同時に、それそのものが恩人に等しい存在なのだった。


「長老は今何処にいるか知ってるか?役所にも家にもいなかったんだよ」


 先に工場に立ち寄ったのは荷物を渡したかったのもあるが、長老の居場所がわからなかったからというのもある。工場長は長老からの信頼も厚い人物だ、行方を知っているのではないかと思ったのだった。


「長老なら、御神木に話を聴きに行くと行ってたぞ。だから多分そっちの方だな」

「あ、そうなのか。何か予言でもあったのかな」

「かもしれん。お祈りの時間中だったら話しかけられないぞ。どうしたジム、また何か拾いものでもしたのか?」

「まあ、そんなところだ。流石に、スライムが捨てられてるのなんか見ちゃな。報告もあるし、相談もしたいだろ」

「ああ、確かに」


 言い方は悪いが、スライムは希少種というだけあって本来高く売れるものである。多少何かの欠陥があったところで、森に捨てられるというのはかなり考えにくいことだった。そんなことするくらいなら売り飛ばせばいいと考えるはずだろうに。

 何か理由があるのかもしれない。そしてその場合、ろくな理由でないことは明白だ。長老に相談した上で、念入りな調査が必要なことは間違いないだろう。


「とりあえず、御神木のところに行くよ。ありがとな工場長」

「おう、今度また一緒に飲もう。そろそろ冷たいビールが美味い時期になるからな」

「ははは、違いねえ」


 ひらひらと手を振りながら空のワゴンを畳むと、背中のリュックに突っ込んでジムは御暇することにした。

 夕方になると危ないモンスターも増える。このあともう一度森に出たい。用事はなるべく、明るい時間に済ませてしまいたかった。




 ***




 捨てられの森の中心には、森の神様と呼ばれる御神木が立っている。その高さは、町のどんなビルよりも大きい。季節ごとに違う色の花を咲かせるそのカズマの大樹は、この森がここまで大きくなる前から存在しているとされていた。樹齢は大よそ千年ばかり。カズマの森の守り神であり、全ての木々と唯一意思の疎通が取れる存在ともされていた。裏を返せば、大樹の機嫌を損ねた者は森を追放され、あるいは森そのものに嫌われて処刑されることもありうるということであったが。

 長老は、この大樹が定期的に選ぶことになる。大樹に選ばれた長老だけが大樹と話す力を得るのだ。長老は使徒たちとともに、大樹が枯れないように世話をしたり、不思議な力を持つ大樹から予言を受け取る役目を担う。それを元に、インサイドの町に住む住人達は町の方針を決定していくことになるのだ。


「おお、すげえ」


 大樹のある聖域は、森の中心にある町の、さらにど真ん中に存在している。此処に足を踏み入れるのは久しぶりだった。今は初夏、カズマの大樹には、小さくて鮮やかな黄色の花がついている。甘くてちょっとだけ酸っぱい、さわやかな香りが漂う。丸っこい葉が風にそよぎ、そよそよと優しい音色を奏でていた。

 長老はその根元で、祈りを捧げるように座り込んでいる。ひょっとしてお邪魔なタイミングだっただろうか、とジムが尻込みすると。


「ジムか、近う寄れ」


 こちらの気配を察したように、すっくりと長老が立ち上がった。長い白いローブに、長い白髪、同じくらい長い白い髭。そして最大の特徴は、その顔が狼であることだろう。

 長老アダムス。人狼族の、齢二百五十四歳にもなる男。人狼族の寿命は長い。四百歳くらいまで生きることもあるということだから、彼はまだまだ人狼族の中では若造であるのだろう。尤も、現在町にいる人狼族は長老を含めてごくわずかな人数のみであったが。

 この町で生まれ育った子供達もいるが、アダムスはこの町でおおよそ二百五十年前に捨てられた人狼族の子供だったと言われている。人狼族は月夜の夜には本物のオオカミそのものに変身できるのだが、アダムスはそれができなかったため欠陥品とみなされて捨てられたのだそうだ。

 が、百歳ばかりで大樹に見初められ、今はこの町で最大の権力者となって不思議な力を行使している。人生何が起きるかわからんものよ、と少し前に酒の席で笑っていたのを思い出す。


「長老、お祈りの時間ではなかったのですか?」

「祈りは終わったところよ。まだその時間であったなら、儂の傍に使徒たちが控えていないのはおかしなことであろう?」

「……それもそうか。じゃ、失礼します」


 遠慮なく、とジムは大樹の前に立つ長老の傍に近寄る。近づけば近づくほど、とんでもなく大きいカズマの大樹の底知れぬ威圧感に圧倒される。長老の許可でもなければ、ここまで大樹に近づくことなどないからだ。


「実は、スライムの拾いものをしまして。その処遇について相談したく……」


 とりあえず、ジムは長老に今日のことを相談することにしたのだった。

 長老の、初めて見るような険しい顔に気づくこともなく。

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