<3・つげる。>
長老はジムの話を、目を閉じて黙って聴いてくれた。やがてひとしきり聴き終わると、そうか、とため息をひとつついて一言。
「確かに、スライムが捨てられるというのは奇妙だな」
「でしょう?だからその、ただの厄介払いではないと思うんです。病原菌を持っているとか、何か武器を埋め込まれているとか、そういうことも警戒した方が良いかと」
「なるほど、一応健康診断を受けさせた方が良いだろう。が、少なくともスライムそのものにこの森を壊滅させるような材料があるとは思えん」
「というと?」
「カズマの神は全て御見通しだ。そのような存在を、森が受け入れるとは思えん。段ボールに入ったまま放置“できていた”時点で、カズマの木々がスライムを見逃したはずなのだからな」
「……それもそうか」
少なくともカズマの木々は、そのようなヤバい病原菌や悪意の存在をスライムから感知していないということになる。あまり警戒しすぎるのも良くないのかもしれない。
ただ、段ボールに入っていた以上、本人が自分の意思で逃げてきたわけではないのは明白である。捨てた者には、捨てるだけの理由があったはずなのだ。無論、そこに常識や倫理観があったかどうかは別となるが。
「カズマの森は、愛あるものを受け入れる。同時に、愛を最も貴いものとして重きを置いている。スライムは、一番懐く人間に預けるべきであろう。というわけで、お前が世話をするがいい、ジム」
「え」
「儂には見えるからな。そのスライムが、おぬしにべったり懐いている様が」
「ま、マジっすか……」
長老が言うならきっとそうなるのだろう。だが、そもそもジムはスライムと言うイキモノを実際に見たことさえ初めてなのである。生態も何もわかってないので、図鑑やら専門書やらを読みながら手探りで調べていくしかない。
我が家には既に、癖の強すぎる同居人が二人もいるのである。動物やモンスターを育てるのは嫌いではないが、果たしてうまくやっていけるものかどうか。
「……わかりました。とりあえず、やれるだけやってみます。うまくいかなかったらまた、相談しますんで」
「素直でよろしい」
露骨に“育てられる自信があんまりない”と伝えると、長老はほっほっほ、と穏やかな声で笑ったのだった。
「それと、これはスライムの件と関係しているかどうかわからないが。カズマの大樹から警告を受け取った。いずれ皆にも周知しておくが、お前は警備兵であるからして先に伝えておくことにしよう」
そして。笑顔でとんでもないことを伝えてきたのである。
「つまりな。……カズマの大樹いわく。もうすぐアウトサイドの者達がこの森に戦争を仕掛けて来るというのだ」
「……エ?」
***
――いやいやいやいやいや!そんなとんでもないことあっさり言われても困るんですけど!?
ジムはやや青ざめながら自宅へと戻ったのだった。長老はあっけらかんと言い放ってくれたが、まったく笑い話ではない。何でも、森が燃え盛り、アウトサイドの人間たちが略奪を繰り返し、インサイドの町の人間やモンスター達が大量に屍となって倒れている景色が見えたのだという。それがもうすぐ現実に起きる光景だから、未来を回避するため全力を尽くせ――と、カズマの大樹が長老に伝えてきたというのだ。
が、はっきり言ってその景色だけでは“何でそんなことになったのか”がさっぱりわからないし、どうやって防げばいいのかもわからないのである。いや、動機ならば充分にある。この捨てられの森には、外の世界にはない貴重な資源が数多と存在している。それを手に入れるために盗賊が入り込もうとしたことならば過去何度もあったのだ。まあ、そのほとんどはカズマの木々に阻まれ、木に食われて分解されるか迷子になってオオカミの餌になるのがオチであったが(森に受け入れられない侵入者の末路は基本的にソレなのである)。
――そのカズマの木を全部焼いちまって、それで人間が攻めてくるってこと?……うーん、そんなこと可能なのか?いろんな意味で現実的じゃねえと思うんだが……。
捨てられの森の外では、アウトサイドの人間達が数多くの兵器を用いて戦争を繰り返していることは知っている。科学力だけで言えば、簡単なパソコンや携帯電話がある程度の科学力しかないインサイドの住人に太刀打ちできるものではないだろう。この森には、戦車も戦闘機も何もなく、せいぜいジムや戦闘訓練を積んだ数名の警備兵が森の周辺を巡回するくらいの戦力しかないのだから。
だから森を焼く、まではできなくはないのかもしれないが――そうだとしても。
「ただい……ま?」
考え込みながら自宅ビルのドアを開けたジムは。目に入ってきた惨状に、ぽかーんと口を開ける羽目になったのだった。
「……何やってんのお前ら?」
入口入ってすぐがリビング、奥にはキッチン。リビングは居間をも兼ねていて、二階と三階にそれぞれの私室、書庫、倉庫があるという構造なのだが。
リビングのテーブルは見事にひっくり返り、くしゃくしゃになったテーブルクロスを下敷きになっている。リーアが買ってきたちょっとお洒落な絵は斜めなって壁から外れかけているし、窓のカーテンはびりびりに破けて使い物にならなくなっている。
テーブルの上に乗せてあった果物の籠はひっくり返り、床に果実が転がっている状態。そして壁際には、大股開きで目を回しているリーアと、座り込んで頭を抱えているゴラルの姿が。
「……ゴラル?何があった?」
「あ、ジム……」
リーアはとても話ができそうにない。彼(今は“彼女”の姿だけれど)を起こしながらゴラルに問いかけると、彼は疲れ果てた顔で言った。
「ゴラル、リーアと共にスライムの見張りをしていた」
「うん」
「ジムがいなくなった途端、スライムの機嫌が悪くなって、ゴラル困った」
「うん」
「リーアがスライムの機嫌を取ろうと、ジムが取ってきたキノコを一つ食わせてみた」
「チョットマテ」
「そうしたらスライムがぶるぶると震えて、笑い声のようなものを上げながら部屋の中を飛び回り始めて。リーアは頭を打ってひっくり返った。ゴラルも目が回って動けない」
「うんわかった、リーアがやらかしたんだな?何やってんだこいつ、キノコの判別なんかできないくせに!」
思わず気絶したままのリーアの頭にゲンコツを落とす。いってえ!と言いながら目を覚ますリーア。
ちなみに三人で一緒に森へ“狩りと採集”に向かうことは少なくないが、キノコに関しては完全にジムの役目なのだった。キノコの判別方法などの知識をリーアがまったく覚えられなかったためである。ゴラルは多少程度にわかるようだが、それでもこういった知識を蓄えるのには向いていないらしく、結局パスを言い渡されていた。
――そりゃ、毒キノコとそうじゃないキノコを分けて置いておかなかった俺も俺だけど!基本売り物にするんだから、勝手に食ったり食わせたりするなっつーの!
なお、毒キノコを採集するのは、毒のあるキノコも調合すると薬になるものが殆どであるからである。農薬の材料に使われるものから風邪薬になるものまで様々あるのだ。よって、これらも市に持っていくとかなり良い値がつくのである。自分達にとっては貴重な収入源に間違いない。
「うおっと!?」
で、当のスライムはどこに行ったのか。そう思った矢先、胸に衝撃が来た。むにむに、と胸筋の上を這い回る感覚。ピンク色のスライムが“こんにちは”と言わんばかりに顔を覗き込んでくる。黒い目がにっこりと笑っているように見えた。
「お前なんのキノコ食ったんだよ!なんでピンクになってるんだよ!」
「きゅっきゅ!」
「なんか甘い匂いがするぞ!?アモチの実みたいな匂いになってんだけどなんで!?色的にも微妙に美味しそうだな!?」
「きゅうう~」
食べちゃ嫌、というように頬にすりすりされた。正直可愛い。めっちゃ可愛い。ピンク色の状態のままほっといていいのかどうかはわからないが。
「すごい。ものすっごくジムに懐いてんじゃん」
ぐちゃぐちゃになってしまった長い銀髪を直しながらリーアが体を起こした。
「スライムがほおずりするのは、親愛の証なんだってさ。うちで飼ってあげたら?」
「リーア、スライムは貴重。捨てられていたものは、みんなのもの。ゴラルたちの独断で、うちに置いておくわけにはいかない」
リーアの言葉を、冷静になって嗜めるゴラル。実際正しいのは彼の方なのだが。
「あー、長老に話を聴いたらさ。このスライム、マジでこの家に置くことになりそう」
『儂には見えるからな。そのスライムが、おぬしにべったり懐いている様が』
本当に、予言は当たったということらしい。ピンク色のスライムにまとわりつかれながらジムは思う。段ボールから出して最初に見たのが自分だからだろうか。こっちはまず、スライムの飼い方初心者入門!を本屋で買ってくるところから始めないといけないのに。
「……とりあえず、リーア本買ってきてくれ。スライムの飼い方勉強しねえと」
「そうだね。何食べるかもわかんないし」
「何食べるかもわかんねえのに毒かもわからんキノコ食わせるなアホ」
「はいはい」
「それと、これはいずれ町の住人全員に周知されることだけど、お前らには先に話しておくな。長老の予言ってやつを」
「ん?」
情報共有は大切。ジムは二人に、この町にアウトサイドの人間が攻めてくるかもしれない旨を話したのだった。
二人の表情が、さながら氷像のように固まったのは言うまでもないことである。
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