第131話
「……本当にやるんですね?」
とある日の昼間。
都合をつけて王城を抜け出した俺は、王都の路地裏で志を同じくする人間たちと落ち合っていた。
討伐隊からハナズオウ、レド、ライ。王城から俺とアイビー。前日魔の森まで遠征を行ったメンバーだ。
この場には五人の他にウルフの姿もあった。
「おいおいビビってんのか嬢ちゃん。ここまでお膳立てしてそれはねえぜ」
ウルフはにやにやと笑って見せた。
「誰ですか、この人は」
「俺の知り合いのウルフだ。王都の混乱に協力してくれる」
「この人は大丈夫なんですか。これって結構人を選ばないと危ない案件だと思いますけれど」
「大丈夫だ。こいつは信頼が置ける。前回の世界では大分お世話になった」
「前回の世界……。前に聞きましたけれど、世界が何度も繰り返されているって、本当なんですよね。どうも現実味に欠ける話というか……」
ハナズオウは俺が憎んだ魔王の見た目をしているくせにそんなことを言う。聖女の記憶を受け継いだおまえが俺をここに閉じ込めたんだからな、なんて、今のハナズオウに言ってもしょうがないけれど。
体験しないと理解してもらうのは難しい。ハナズオウにもウルフにもそのあたりの事情は説明済みだが、心の底から納得したかといえば答えは否だろう。
「安心しろ。俺様は仕事をきちんとこなす」
胸を張る彼は彼で、下町で協力者を募ってくれた。俺たちが動けない間も人類の敵が現れるように人々を集めた。集まったのは金銭を必要とする者、ウルフが信用している者の二通り。足がつかないよう、これまで動いてきたウルフはこの後身を隠すそうだ。
「悪いな、ウルフ。色々と助かった。迷惑もかける」
「構わねえよ。俺の人生を賭けるに足りる楽しい内容だし、謝礼は十分にもらってるしな。それとも、おまえの知る俺様は、こんなことでおまえに謝らせるようなやつだったのか?」
「まさか。おまえはそんな殊勝なやつじゃない。今みたいに笑ってたさ」
「あっはっは。だろうな」
「笑い事じゃないんですよ。確かに準備は進めてきました。魔の森にも転送元を設置しましたし、私が霊装の能力を使えばいつでも魔物を召喚することができます。しかし、準備と実戦は全く異なっています。本当にやりますか。人々は今から呼び出す少しの魔物でも崩壊するかもしれませんよ」
ハナズオウは唇を噛んだ。逡巡が見て取れる。
ウルフが噛みついた。
「その覚悟はとっくの昔に済んだんじゃねえのか。だからこの場にいるんだろ」
「そうですけど……」
「おまえは賭場の席に座ったんだ。掛け金も支払って、手に賽も握った。そこまでやって振らないなんて、そんな話があるか?」
「……」
ハナズオウが人一倍悩んでいるのは、彼女元来の性格に他に、”実行犯”となることが関係している。俺たちが計画して強引に進めていっても、誰が何と言おうと、手を下すのは彼女なのだ。魔物が人を殺して、その手が汚れるのはあくまでハナズオウなんだ。
嫌な役回りをさせてしまっている。
手が止まるのもわかる。
「今からでも俺に惚れてくれれば、俺がやるぞ」
「ふざけないでください。死んでも嫌です」
嫌われてるね。
そのくらいの啖呵が切れれば大丈夫だ。
「その意気だ。これは俺がおまえに無理矢理やらせてることだ。何も気に病むことはない。神様にはおまえを天国に連れていくよう伝えておいてやるよ」
「貴方は地獄に行くだけでしょう。どう伝えるんですか」
「じゃあ、閻魔の野郎に地獄にいかないよう伝えておいてやるよ。口だけは自信がある」
「……何を言ってるんですか」
はあ、と呆れを多分に含んだため息。
それから、顔を上げた。
「やりますよ。ここまできてやらないなんて、おっしゃる通りにありえないです」
「流石だな。ありがとう」
このハナズオウの思いにも応えられるよう、最善を尽くしていかないといけない。
「段どりの確認だ。最初期の段階では誰が犯人かもわからない状態にしておきたい。国民には不安だけをばらまいていく。魔物の数は、多すぎず少なすぎず……方々で十体ずつくらいか」
「少ないんじゃない? 最初が肝心なんだよ」
アイビーは異を唱える。
さっきのハナズオウの話じゃないが、すでに俺たちは戻れないところまで来ている。確かに人死に忖度している場合じゃない。
「悪かった。方々、五十で行こう。ただし、騎士団員や霊装使いが近くにいることを条件とする。むざむざ殺されることも必要だが、助けられる人間の気持ちも煽りたい」
「そうだね。それで行こう。多分、少なくとも数十人の死者が出ると思う。騎士団員の対応が悪ければ、三桁も越えるかも。けが人は数えきれない。その覚悟はしておいてね」
アイビーはハナズオウ、レド、ライ、ウルフを順に見つめていく。
ここにきて目を逸らすようなやつはいなかった。
俺が背負うべき十字架は何本になるだろうか。そして、救えたと思える人は何人になるのだろうか。
数十万人のために、数百人を殺す旅路となる。
進むも地獄、引くも地獄。
だったら派手に決めてやるよ。
やってやろうじゃないか。
「俺とアイビーはまだ正体を隠していたい。今の段階で王都で出歩けなくなると色々と支障が出るからな。だからこの後は王城に戻る。その後で行動を起こしてくれ」
一発目は対応のしやすい昼間がいいだろう。
戦いは夜まで続くかもしれないが、不意打ちをしたいわけじゃないんだ。認識を改めてもらうことが最優先。
「じゃあ俺様はその間、騒ぎに紛れて家を燃やすとしよう。空き家で良いんだな?」
「ああ。魔物の方はともかく、人災で人死には出したくない。あくまで見えない犯人への不安と敵愾心を煽ることにする」
「了解。まあ今回は初犯だ。対応に追われてるやつらは手いっぱいで、俺様たちが見とがめられることはないだろうし、気楽にやるよ」
ウルフは普段通りに鼻を鳴らした。
「俺はハナズオウを守る。移動しながら、もしもの時や魔物がこっちを向いた時に対応する。それでいいんだよな」
「私も同じね。万が一の時にはハナズオウを連れて逃げるわ」
レドもライも、それぞれが役割を理解し、覚悟を改めた。
後は行動するだけ。
おっと、大事なことを忘れていた。
「俺たちの名前を決めよう」
「なまえ?」
全員が首を捻る。
無名の集団ではなく、この集まりに名称をつけよう。
「魔王軍でいいんじゃないの? 私は最終的に魔王を名乗ろうと思ってたけど。マーガレットも予言を出しているし、魔物の王なら覚えもいいよね?」
「いや、誰も憧れないような格好のつかない名前がいいな。後世に残ったときに、なんだこいつらって笑われるようなのがいい」
こんなこともあったな、今の子供たちが大人になったとき、そんな風に思ってくれればいい。怒気と呆れを多分に含んで、思い返してもらいたい。
俺たちは、ここにいた。
「なんでもいいからおまえがつけろよ」
レドは投げやりだ。
結構重要だと思うけれど、全員どうでも良さそうにしている。
仕方ない。
「俺たちは後の歴史から犯罪者として後ろ指を刺されるだろう。実際、行動している本人だって迷いながらの戦いだ。誰も幸せにはならない。誰も得をすることはない。俺たちは結局、道化師のように無意味に踊るだけだ」
道化師がいるのは、曲芸団か。
曲芸の集団。まあ、悪くはない。
国民を観客として俺たちは踊り、下らないと鼻で笑われて、手にしたゴミを投げつけられて、この演劇は終焉となる。
「黒の曲芸団と名乗ろう」
「いいんじゃないですか。カッコ悪くて」
「褒めるなって。なかなかいいネーミングセンスだろ、テイマー」
「テイマーって私のことですか?」
ハナズオウは自身を差して顔を引くつかせた。
「ああ。猛獣使いだ。魔物を操るおまえにぴったりだ」
「……まあ、確かに本名は名乗れませんからね。センスはともかくいいんじゃないでしょうか」
ハナズオウはため息を吐いた。
「全員、曲芸に即したコードネームをつけてやる。楽しみにしておけ」
「楽しそうね」
ライは呆れ半分、興味半分で口角を上げた。
「まあな。せっかくの人生だ。どんなときだって楽しもうぜ」
後悔したまま死んでほしくないからな。
最悪な行為の最中だって、少なからず楽しかった思い出は残しておこう。
ここだって、かけがえのない場所だからな。
「じゃあ、そういうことで」
これからの予定を簡単に打ち合わせて、俺たちはそれぞれの役回りに戻った。
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