第130話
今日は皆でピクニック。
森の中をハイキング。
楽しい楽しいアクティビティ。
みんなで遠出できてうれしいなあ。
……。
気分を無理矢理に上げてみようかと思ったけど、難しかった。魔の森に行くことをピクニックとは呼べない。
霊装フレアボルトは箒の霊装である。普通の箒のように埃を払うのではなく、掃き出し部分から風を噴出することで宙を飛ぶことができる万能さを有している。
俺たちは今、それに跨って王都から離れた魔の森の上空を移動していた。
「いい天気ね。絶好の旅行日和」
同じ箒に乗って先頭を進むライがこちらを振り返ってきた。
満面の笑み。落ちたら地獄が待っているとは考えもしていない、天真爛漫な顔だった。
俺と同じく無理矢理盛り上げようとしたのかと思いきや、素のようだった。メンタルが強い。
その後ろ、他人の霊装に跨っているハナズオウの方は危機感を覚えていて、真っ青な顔でライの背中にしがみついている。
「……私は協力するって言ってないのに。強引ですよ強引です」
ライのうなじに顔をうずめて、ひたすらに呪詛を呟いている。
一つの箒の上に、陽と陰が一緒くたになっていた。
「もうここまで来たら降りられねえよ。諦めろ」
俺の背後からはレドが酷な宣告をする。俺の箒の上に乗っているこいつは俺に引っ付くこともなく一人でバランスをとっている。
「ひどいですよぉ、レド君……。私は納得してませんよ。人を救うと言っておきながら人を殺そうという発想の意味がわかりません」
「説明しただろ。危機感だか覚悟だかが必要なんだってさ」
「その言い方、レド君もきちんと理解していないじゃないですか」
「リンクとアイビーが言うんなら、間違いはないさ。少なくとも俺が口を挟むことはない」
「他人の意見で人生を振り回されたくないです……」
「何があっても俺が守るから、黙ってろ」
レドの男気溢れる一言で、ハナズオウは弱音を吐くのをぴたりと止めた。
「悪いね。でも、全員が満足できる方法は存在しないんだ。無傷のままじゃいられない」
アイビーは一人、ナイフを前方に放っては移動を繰り返している。疲れてきたらライの箒に捕まって、箒の出力が落ちてくる前に再度ナイフを使って移動を繰り返す。王都からここまでナイフを投げ続けて移動してくるのは流石に難しい。
「誰かが犠牲になる必要がある。でも逆に言えば、犠牲を生めばなんとかできる勝算がある。だったら、私はそれに賭けたい」
使命感に燃えた視線は、魔の森の最奥へと向けられる。
ここから魔物が大量に生まれ出でて人間の世界を蹂躙し尽くすのだ。
俺だって勝機があるならそこに賭けたい。
「そもそも魔物ってのは何なんだ? どこから、どうやって生まれるんだ?」
「魔物は魔の森全体で生まれるんだ。中心部に近い方が発生率は大きいかな。どうして生まれるのかは、いまだにわかっていない。聖女の記憶はずっと引き継がれているけど、その原理は伝わってきてはいない。あいつら、何もない木の影から急に現れたりするんだ」
「無から生まれてんのか?」
「わからない。この世には解明されていないことも多いからね。どこかで線引きして、こういうものだって思った方がいいと思うよ。霊装だってその構造は判明していないし」
それはそうか。
どういった存在かもわからない霊装。でも、俺たちは使う事ができている。
同じように、どういった存在かもわからない魔物。でも、殺さなくてはいけない。
必要なことだけわかっていればいいか。
しばらく同じ調子で広大な森の上を進んでいく。真下は緑しか見えない。
視界は変わらないが、聴覚は変化を捉えた。進めば進むほどに雄たけびのようなものが明瞭になってきた。
レドが背後で身じろぎした。
「……流石にすげえ声だな。下には何匹くらいいるんだ?」
「今はまだ数万くらいじゃない?」
軽い調子で答えるアイビーに、レドは顔を引きつらせる。
数万とは言うが、散らばった上での数字だ。実際に顔を付き合わせるのは何割か。
「俺が前回、最奥部までたどり着いた時には、二百近い魔物を殺した後だった。パーティー全体で見れば千や二千は殺したんじゃないか。それも、王都からの最短距離を駆けてそれだった。全体数は計り知れないな」
「十分やべえよ。一人頭何体殺せばいいんだよ。そりゃ、今のままじゃどうしようもならないわな」
「うん。あとは、少なくとも今現状魔の森で入れるところまでで拠点は作りたいな。エクセルは魔の森での防衛は難しいと言ってたけど、そこが瓦解したら結局魔物は王都に流れ込むわけだからね」
「……そこで戦うやつは死が確実だな」
「だから、死への恐怖よりも敵への憎しみを燃やしてもらわないと。生よりも大事なものを持ってもらわないと」
覚悟を決めたアイビーの目は据わっている。
「……こわ」とレドは身を引いていた。
「そうか? 可愛いじゃないか」
「おまえら二人とも頭おかしいんだよ」
辟易としたため息。
「それが私たちにできることなんでしょう? やってやるわよ」
ライもライでテンションが異様に高い。
ランナーズハイじゃないが、変なスイッチが入ってしまっているようだ。
「頑張りすぎるなよ。空回りして死ぬってのも違うからな」
「わかってる。何、疑ってるの?」
「いや、心配なんだよ」
「大丈夫だってば」
頬を膨らませている。
わかってるならいいんだけど。
「あそこに降りよう」
アイビーが指を差したのは、魔の森が広がる中にぽっかりと生まれた広場であった。そこだけは樹木が生えておらず、周囲の様子もわかりやすい。
高度を下げていくと、人間大の魔物が二匹闊歩していた。真っ黒な体毛に覆われた雑種犬のような見た目のそれは、上空に目を向けることなく広場を歩いている。
俺とレドの組み合わせがまず降りて、それぞれ一閃の下に魔物を斬り殺した。周囲を警戒するが、増援は来そうになかった。
合図を送って、女性陣を広場に招き入れる。
ライは軽快に着地したが、ハナズオウは箒から転げ落ちるようにして地面に降り立った。
「ううう……」
俯いている彼女をよく見ると、足が震えている。
まともに着地することもできないくらいだった。
「ったく」とレドはハナズオウに手を貸して引き起こした。
「ありがとうございます。ここが魔の森ですか……。とっても嫌な予感がします」
東西南北、すべてが木々の緑色に囲まれている。上を見上げれば蒼穹。これだけ切り取れば本当にただの登山といった様子だが、確かに妙な圧力があった。
どこから魔物が顔を出して襲い掛かってくるか、予想もできない。周囲を常に軽快しないといけないから、気が休まらない。
「ライはいつでも逃げられるようにしておいてくれ。ハナズオウはライの近くに。レドは二人を守ってくれ」
俺は広場の中心部を指し示す。
ここにいれば森から魔物が襲ってくるまで時間を稼げる。
「俺とアイビーは少し森の中の様子を探ってくる」
「森の中で悲鳴とか上げないでくれよ。悪いけど、おまえたちの方に気を割く余裕はねえからな。こっちはこっちで手いっぱいになりそうだ」
レドも緊張の面持ち。しきりに周囲を見回して、警戒態勢。
「構わない。俺もアイビーも何かあったらすぐに逃げられる」
「うん。私たちのことは気にしないで。都合の良い場所を見つけたらすぐに連絡するから」
俺とアイビーは魔の森の中に入っていく。
鬱蒼とした森の中。木漏れ日が辺りを照らすだけで、少し薄暗い。日光を全身で受けられた先ほどまでとは雰囲気がまるで違う。
久々に来たが、長居したい場所じゃなかった。
「ハナズオウが持っている霊装フライウイングは、決まった範囲内のものを転送できる。魔物が多く集まってる場所を見つけられれば、そこに張ろう」
「その上にやってくる魔物を順次王都に送っていくわけだな」
「そう。大体の場所の目安はつけてあるから安心して。私だって毎回何も考えずに魔の森を歩いていたわけじゃないしね」
歩いていると、不意に魔物が一匹とびかかってきた。
それをアロンダイトで斬り返す。油と血が刀身にべったりと張り付くが、一度霊装を消せば、綺麗になったアロンダイトが手元に戻ってくる。
消耗戦になれば霊装使いの方が優位に動くことができる。人選も重要だな。
「流石だね」
「このために鍛えてきたからな」
「ちなみにリンクは今、何体の魔物だったら一度に相手できる?」
「数十匹いけるんじゃないか。今はフォールアウトもフレアボルトもあるし、囲まれても逃げられるからな。離脱ありきならどうとでもできる」
「良かった。私たちはこの森の中に逃げ込む予定だけど、リンクがいればここでの逃走中も生き残れそうだね」
「人々が俺たちを恨んで追掛けてくる。そんな中、魔物に殺されてたんじゃ、本末転倒だ。そこはしっかりとやるさ。おまえたちは殺させない」
「頼もしいね。やっぱりリンクがいてくれてよかった。あそこでリンクが私のつまらない嘘を見破ってくれて良かった」
「おまえが匂わせるような台詞を言いすぎなんだよ」
「あはは。少し、寂しかったのかもね」
快活に笑うアイビー。
よくもまあそんな風に笑えるものだ。俺はあの時人生で一番の冷や汗を流したというのに。
アイビーと一緒にいくつかのポイントを巡っていく。
魔物は集団行動をしない。基本的には個々で本能のままに動いていく。だから魔物が集まりがちなポイントにはピンと来てはいなかったのだが、確かにアイビーの案内する場所には数体の魔物が集まっていた。
逃がす理由もないので、それらを駆除する。
掃討したのにも関わらず魔物が何度か湧いて出る場所があった。そこにハナズオウの霊装を設置しようと決めて、広場に戻っていく。
広場では六体の魔物が真っ二つになって転がっていた。
三人は逃げずに応戦したようだった。
「大丈夫だったか?」
「全部レドがやってくれたわ」
ライがレドを指さす。「余裕だ」と彼は笑っていた。
反対にずっと血の気が引いているのがハナズオウだった。
「死ぬかと思いました……」
ハナズオウに戦闘能力はほとんどない。本人も剣の技量はまだまだだと言っていた。逃げる手段も持ち合わせていない状態での戦闘は寿命の縮む思いだっただろう。
「悪かったな。あともう少しの辛抱だ。俺とアイビーとで場所を確定させたから、そこまで行くぞ。おまえの霊装を設置するんだ」
「……わかりました」
意外にも文句ひとつなく歩き始めるハナズオウ。
「いいのか? 魔の森の中に行くんだぞ」
こんな時、余計な一言を口に出してしまうのが俺なのだった。
「わかってますよ。なけなしの勇気を振り絞ってるんだから、いちいち言わないでください」
「協力してくれるってことか?」
「……こんな魔物が一斉に攻めてきたら、王都は終わりです。どこも終わりです。人類は終わりです」
歯噛みする。
彼女の中で天秤が揺れているようだった。
「わかっていますよ、それは。一度でも経験することで対抗策を取ることができるのなら、……協力しますよ。どっちみち、これ以外に方法はないんでしょう?」
「ああ」
「だったら、やりますよ。ええ、やってやりますよ。貴方が始めたんだから、貴方が責任をとってくださいね。私は地獄には行きたくありませんから」
開き直って俺にびしっと指を突き付けてきた。
「任せろ。俺は地獄に行くよ。それすら生ぬるいくらいの罪を背負う事になる。おまえの分まで背負っていくよ」
人間の世での生存は許されないだろうな。
だったらもう、行けるとこまでいってやる。
「私も一緒に地獄に行くよ。これはリンクじゃなくて、私の責任だから。むしろ私が全部引き受ける」
アイビーが口端を歪めた。
「私も、協力している以上は自分に責任がないとは言わないわ。私がやりたいことだしね」
ライも胸を張って宣言する。
「こいつ一人のせいにするなよ。手柄までこいつのものにされるぞ。癪だろそんなの」
レドも鼻を鳴らして追随。
まさかのハナズオウが少数意見。
これが仁徳ってやつか。俺に分配が上がるなんてこの場所はとち狂ってるな。流石は魔の森なだけある。
「……なんですか。みんなして。わかりました、わかってますよ! ”私が”、”私の意志で”やります。それでいいでしょう! 世界の一つくらい、私が救ってやりますよ!」
ハナズオウは半ばヤケクソに大声で宣言して、大股でアイビーの後をついていった。
「ほら、行きますよ! やるんでしょう!」
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