第128話
討伐隊の隊員は基本的には魔の森近くの基地で生活している。
そんなところに長くいたのでは生活用品の不足など不都合を生じるため、定期的に短期間の休暇が与えられるらしい。そこで王都や付近の街で所用を済ませるのだ。
ライは先日運良くその期間中だったらしく、フットワーク軽く俺と落ち合うことができた。
何日か王都に滞在した後に討伐隊基地に戻ると言っていたライには、俺が次に話したい相手に伝言をお願いした。
数日後、その相手は俺の指定した場所に現れる。
「なんだよ、わざわざライに伝言を残して」
夕暮れ時。仕事帰りの野郎どもで活気づく、とある酒場にて。
レドは相変わらずの仏頂面で、俺の対面の椅子に腰かけた。
「会いたかったんだ。互いに忙しい身の上だが、たまにはいいだろ」
「よくはありません。王都での貴重な時間を貴方に割くのは本意ではないです」
レドの隣には若干不機嫌なハナズオウ。彼女もレドの隣に座った。
レドとハナズオウ、この組み合わせもすでに見慣れたものになったな。
「おまえにも会いたかったんだ。二人で来てくれて良かったよ」
「そっちが指定したんでしょう。男同士のお話かと思いきや、私にも用とは一体どういうことでしょうか」
「まあまあ、とりあえず駆け付け一杯にどうだ?」
杯を向けると、レドはそのまま、ハナズオウはため息をついてから、それを飲み干した。
酒の後、今度は水を向ける。
「最近どうだ?」
「別にどうってことはない。魔物は狩れてる。複数でも問題はない」
討伐隊での生活を経て、レドの身体は一回り大きくなったようだ。斧を振る速度は以前よりも増しているのだろう。逞しいことだ。
「私の霊装は戦闘向きではありませんので後方支援ですけれど、役に立っているつもりです」
「こいつの霊装は物資を運ぶのに適してる。隊長から魔の森の中に入って魔物を狩る任務を受けたんだが、必要な物資がすぐに飛んでくるから助かった。ってか、おまえが不満そうにしていたからやらされたんだぞ。反省しろよ」
睨まれた。
まさかそんなところに余波が飛んでいるとは。
「悪いな。ちなみにどこまで踏み込んだんだ?」
「おまえとシレネがひと悶着起こしたところくらいだな。そこまで深くは踏み込めなかった。三人の少数で向かったんだが、十六体の魔物と出会って殺しきった」
「流石だな」
一人頭五体か。
余力はありそうな口ぶりだし、流石に頼りになる。
レドは運ばれてきた料理に手をつけ始める。相も変わらず豪快な食べっぷりだった。
食べながらでは話せない。ので、ハナズオウが口を開いた。
「貴方の方は? マリー様は息災ですか?」
「ああ、元気だよ。王都にいる面子は全員元気だ。たまに顔を合わせるけど変わらないよ」
「それは良かったです。マリー様の女王就任一周年以来ちゃんと話せていませんし、また皆さんと全員で会いたいものですね。
あ、そうだ。ちなみになんですが、ライさんとは何を話したんですか? 私たちに伝言を伝えてくれましたが、何かいつもと様子が違っていたような気がしました」
「どう違ってた?」
「どう、って。……ライさんは結構クールな方ですよね。物おじしなさそうというか。それなのに、どこかやる気に満ちたような……いえ、普段もそうなんですけど、普段よりも目を爛々とさせていました」
ハナズオウはレフと違ってオブラートに包んだ言い方をする。
ライはうまくやる気になってくれたようだ。彼女の気持ちはわかる。必要だったのは使命。自分の生きがい。
人によっては生きることが一番だと言うだろうが、そうではないのだ。無味無臭の生に意味はない。俺は前世でそれを痛いほど学んでいる。
今回の俺は最強となった。前回では最弱。差は、単純に成すべきことがわかっているか否か。意欲の差。それだけだったと思う。
「ライがクールねえ。確かにそう見せてるけど、結構子供みたいな性格してると思うけどな」
「私の前では大人っぽいですよ。誰かさんの気を引こうと大人っぽくしてたんじゃないですか? 誰かさんは賢い子がタイプに見えますし」
「誰かさんって誰のことだろう」
「今回だって、貴方が何か言ったんでしょう」
ハナズオウはジト目。
「貴方がライさんに何か発破をかけるようなことを言ったんですよね。貴方と会ったのは間違いありませんし、それしかありません。きっとマリー様、シレネ様、アイビーさんに続く四人目の愛人にしようとしたに違いないです。可哀想なライさん……。こんなクソ男に捕まってしまうなんて、男運があまりにもありません」
睨まれる俺。
俺が非道な男なのは間違いがないので、文句も甘んじて受け入れるしかない。
「レドに捕まったおまえもおまえだけどな」
「レド君と貴方を一緒にしないでください! それに私は捕まったんじゃなくて捕まえたんです。ほら、レド君はこんなにも可愛い。この人はね、貴方と違って頭の中に戦闘と食べ物しかないんですよ!」
ハナズオウはレドの顔を掴んで引き寄せた。頬一杯に料理を詰め込んだレドは迷惑そうに目を細める。
それ、褒めてるのか。
まあしかし、本人が良いならいいし、他人の色恋に口を出すものじゃない。
実際、レドが俺なんかよりも良い男なのは間違いないしな。
「悪かった。レドは良い男だ。俺が太鼓判を押せる」
「貴方に言われなくても知ってますよ。よぉくね」
ふん、と鼻を鳴らす。
マウントを取られてしまった。
返す返すも、この子とは最初の出会いを失敗したな。余裕を失くしたとはいえ、本気で殺しに行ってしまったからな。評価が低い低い。
そうでなければ、こんなことに巻き込まずに済んだかもしれないのに。俺が彼女の霊装を使えるような状況であれば、こんな相談はしなかったんだけどな。
彼女の能力は俺の計画には必要不可欠なんだ。
さて。
「レド、ハナズオウ。俺と一緒に死んでくれ」
世間話も終えて、場が温まってきた頃。
俺は本題を伝えて、場を凍らせた。
レドもハナズオウも、途端にきょとんとした顔になる。
いきなりのぶっこみである。そりゃそうだ。
「……何を言っているんですか? ついに頭がおかしいってことを公言するようになったんですか?」
「頭がおかしいのは前提なのな」
「そりゃそうです。普通の人は女王と四聖剣に手を出したりはしないんです」
たまたま好きになった女の子がそういった立場についていただけだよ。二人がそこらへんにいる女の子だったらもっと話は早かったし、そっちの方が良かった。
とまあ、それは置いておいて。
「相変わらず結論から話すんだな。で、どういう意味だ?」
流石のレドも食事の手を止めて俺の目を見た。
酒場の緩慢な空気の中、俺たちの席だけが緊張感を帯びる。
「国民に、魔物を討伐するための覚悟が足りない。それはつまり、魔物の恐ろしさを知らないからなんだ。自分がほんの些細な切欠で死ぬことを知らないんだ。だから俺は人類に刺激を与える役回りをする。死が身近であることを伝える。そうして人々にもっと本気になってもらう」
レドは腕を組んで唸った。
「……意味が分からん。マーガレットも巻き込んで、予言も出せているだろ。十分皆には伝わってる」
「その結果、足りないんだよ。おまえはさっき、魔の森の中に入ったことをさも偉いことのように言ったよな。そんなもの、大したことじゃない。十六体の魔物なんざ、一人で即座に殺し切って当然だ」
「好き勝手言ってくれますね。私たちだって遊んでるわけじゃないんですよ」
ハナズオウは怒りを顕に語気を強める。
でも、そういう反応が出る時点でダメなんだ。
「それが一番の問題点だ。おまえらは手を抜いてるつもりなんかじゃないんだろ。潜在的に、これが全力だと思い込んでるんだ。でも、俺からすれば足りない。真の魔物の恐怖を知っている俺からすれば、その努力は理想に及ばず意味がない」
「だから、王都でぬくぬくと過ごしている貴方には言われたくない――」
ハナズオウの言葉をレドが手で遮った。
困惑するハナズオウを置いて、
「アイビーも同じ意見か?」
「ああ。まったく同じ結論に至った」
「そうか。なら、そうなんだろうな」
「アイビーの他、ライにはすでにこの話を伝えてる。彼女は力を貸してくれるそうだ。おまえたちも力を貸してくれ」
レドは特に迷うそぶりも見せなかった。
「わかった。やる」
「え?」とハナズオウ。
「だけどもう少し教えてくれ。さっき一緒に死んでくれと言ったな。あれはどういう意味だ?」
「そのまんまの意味だ。これからこの王都に魔物を呼び出す。不安を煽るために放火とかもしようと思ってる。魔物に憎しみが向けづらい人には、俺たちを憎むよう誘導する。そうなれば、彼らの矛先は俺たちに向くだろう。逃げて逃げて魔の森まで行って、そこから生きて帰れるとは限らない。帰ってきてもお尋ね者だろうしな。死んだも同然だよ」
魔の森で生きていくことなんかできないし、指名手配されて人の世で生きることもできない。
文字通り、死ぬことになる。
「……レド君。考え直してください。そんな簡単に頷いてはいけません」
俺とレドは頭がおかしい。
だからこの場で唯一取り乱しているハナズオウこそが正常だ。
「意味がわからないです。魔物を殺すために人類を襲う? 魔物を呼んで、放火する? 人を救おうとしているはずなのに、人が何人も死にますよ」
「そうじゃないと脅しにならないだろ」
「人を救うために人を殺すんですか? 本末転倒です」
「被害なしで乗り切れるならそうしてるさ。そうじゃないからしょうがない」
「それをするくらいなら、貴方が魔の森まで来ればいい。そして、自分で魔物を殺せばいいではないですか。人類に喧嘩を売る意味が一切わかりません」
「俺だけじゃ足りない。人は痛みを伴って初めて痛覚を意識する。もう傷つきたくないと考えて、そうならないための策を考える。今の人類は痛みを知らなすぎる。そして痛みを知ったときにはもう遅いんだよ」
「もっと声を大きくして国民の皆さんに伝えればいいじゃないですか。話せばわかりますよ。貴方はマリー様の隣にいるんです。もっと政策に盛り込んで、討伐隊員を増やして――」
「すでに政治として、討伐隊の必要有無が問われてる。予言の時までは、と抑え込んでいるが、大臣たちをこれ以上動かすのは無理だ。動かしたところで、必要なのは数じゃないんだよ。それぞれの思いなんだ」
「……足りないっていっても、貴方の体感でしょう。そんな大罪を犯してまで貴方の感覚に頼るのは間違っています」
ハナズオウはなかなか納得しない。
まあ彼女にはレドと違って聖女とかの事前知識を与えていないからな。
しかし、彼女の能力は計画には必要不可欠だ。逃がせない。あまり言いたくなかったけれど、逃げ場を失くすしかないか。
どのみち悪役だ。誰に恨まれたって構わない。
「俺は未来を知っている。アイビーが本当の聖女なんだ。その聖女が、この体制では人類に勝機がないと言っている」
「聖女……?」
「そして、次期聖女はおまえだ、ハナズオウ。アイビーが死ねば、おまえが聖女になる」
「ちょ、っと、意味がわかりません」
「聖女になれば、おまえには今までの聖女が生きてきた記憶がなだれ込む。それだけと言えばそうだが、それまでと言ってもそうだ。過去幾度もやり直した歴史を受け止めても、おまえはおまえでいられるかな」
「少し待ってください……」
「最初俺とおまえが会ったとき、俺はおまえを殺そうとしただろう? あれはおまえが魔王だと思ったからだ。そして、魔王はアイビーだった。アイビーは今から俺たちがやろうとしていることを、すでにやっていた。俺に魔王だと自己紹介して、憎しみを煽ったんだ。事実、前回の世界でおまえは魔王だった。聖女の記憶を持ったおまえは今とは違う面持ちで、俺を殺そうとして――」
「待ってって、言ってるでしょう!!」
その声は酒場中に響き渡った。
今までの陽気はどこへやら、しんとする酒場。
「痴話喧嘩かあ? かわいこちゃんを泣かせるなよお」
酔っ払いの何人かが豪快に笑って、それぞれの会話が再開される。
陽気な雰囲気が戻った中、まったく逆の面持ちでハナズオウは俺を睨みつけていた。
「……で、なんですか。色々と意味のわからないことだらけですが、結局、アイビーさんが死ねば、私も死ぬと。だから協力しろと、そう言ってるんですか。脅しなんですか」
「理解が早いな。その通りだ」
「――」
ハナズオウはレドを見た。
彼女が一番信頼している男は黙って頷いた。
「全部真実だ。リンクは嘘は言ってない」
「……なんで、いっつも下らないことを言っているのに、一番大事なところで本当のことを言うんですか」
ハナズオウは顔を覆った。
「……聖女? 私が? そもそも聖女って何ですか」
「人類を存続させるための存在だよ。歴史を繰り返す能力を持っている。人類滅亡を契機に発動し、何度もやり直すことで絶望の未来を打ち壊すんだ」
「アイビーさんが聖女で、じゃあ、マーガレット様は……」
「マーガレットは協力者だ」
詳細は後でレドに伝えてもらおう。
今はとにかく現状を理解して、協力してもらわないといけない。
事実は事実。
しかし、伝え方によっては人に辛い思いを強いる。
俺の伝え方は間違いなく良くはなかった。
「……レド君はどうするんですか」
「俺はこいつに協力する」
「なんでですか。今からやることは全人類を敵に回す行為です。生きていけませんよ」
「それでもだ」
ハナズオウとは対照的に、レドの目は揺らがない。
俺も心配になるくらい、真っすぐな男だ。
「なんで……。リンクさんの話を信じたんですか。信じたとして、どうなんですか。リンクさんのために命を捨てろって? 私にはリンクさんにそこまでの価値があるようには思えません」
「こいつは口は悪いし、やり方も悪い」
「……」
「だが、いつだってなんだかんだと理由をつけて、誰かの都合を考えている。打算だなんだと言いながら、誰かに手を差し伸べようとしている。そんな阿呆なやつなんだよ。だからこいつを助けるやつが必要なんだ」
「そうは見えません」
「今だってハナズオウに恨まれてもいいと思ってやってるんだ、こいつは。迷った時や悔やんだ時に俺を恨めば少しは救われるだろ、とか意味のわからんことを思ってんだよ」
ハナズオウに視線を向けられるが、買いかぶりすぎだ。
焦って口走っただけの小心者なんだ。
「……考えさせてください」
ハナズオウはほとんど料理に口をつけないままに席を立った。
俺はレドについていくよう促す。
「理路整然と話すと逃げ場がなくなるからな。俺を悪者にして、詳細をおまえから伝えてくれ」
「あいつは巻き込まないとダメか? 俺だけじゃ足りないか?」
「駄目だ。あいつの能力は必要だ。ここまで魔物を呼び込むのにはあいつの力がいる」
「……そうだよな」
レドはため息をつく。
こいつなりにハナズオウのことを想っていることがわかって、申し訳なさしかなかった。
「おまえだけには言う。俺はおまえたちを殺させるつもりはない。おまえもハナズオウも必ず生きて帰す」
憎しみの矛先を俺とアイビーに向くように仕向ける。
最後の瞬間、俺とアイビーだけが姿を見せればいい。主犯が二人だとして、他に目がいかないようにすれば、まだなんとかなる。
レドとライ、ハナズオウにアリバイを作って、彼らが共犯者ではないとすれば――
レドは首を横に振った。
「いらねえよ」
「そうは言っても」
「また俺はのけ者か?」
レドは真っすぐに俺を見る。
それはきっと、最初の最初の話。アステラとの戦いの時。俺とアイビーが戦う中、レドはほとんど動けなかった。
別に俺もアイビーもそのことについて思うところはない。レドはあそこにいてくれただけで良かった。
けれど、それはこいつのプライドが許さないのだろう。
三人から始まった物語。
最後まで立ちぼうけなんて、嫌なのだ。
「俺はあの時の借りを返す。それだけだ」
「いいのか?」
「それに、俺のこの力は大切な人を守るためにあるんだ。使うのは今しかない」
どうも大きくなったのは身体だけではないようだ。
なんて、他人の成長に感極まってる場合か。
「任せていいか、相棒」
「ここまで来たら最後までやりきる。全員で生きて帰るぞ」
レドと俺は拳を重ね合わせた。
彼はハナズオウを追って行く。
俺は残った酒を飲んで、ため息を吐いた。
苦い酒だった。
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