第24話




 ◇



 そんな出来事があってから、俺の元にはよく女子生徒がやってくるようになった。


 何かと思えば、恋愛の相談事である。

 今までの人生で一切なかったことだ。俺も二度目の人生、コミュニケーション能力が向上したということだろうか。


 なんて。

 下らない妄言は置いておいて。


 理由は二つ。

 俺とシレネが公然と恋仲宣言をしたことによって、恋愛の先駆者と思われたらしい。あれからシレネはほとんと俺の傍にいるようになり、その顔が嬉しそうで、感化された子が男子代表となった俺に相談を持ち掛けてくる。

 もう一つの理由は、相談事の中身が俺の周りにいる人物の話だからだ。


「ねえ、レド君って、好きな人いるのかな?」

「ザクロ様って、どんな子がタイプなの?」


 俺に振ってくるのはそんな話ばかり。

 俺とレドとザクロは、所謂いつ面、同じグループだ。大体休み時間は三人で過ごしている。


 何故かわからないが、二人はモテるらしい。

 なんでかと聞くと、女子生徒たちはうっすらと頬を染めながら、


「レド君、訓練してる時の真面目な顔がカッコいいの。背も高いし、寡黙だし、筋肉もあるし、素敵じゃない?」

「はあ」


 あいつはただの朴念仁だぞ。強くなることしか考えてないから一緒にいてもつまらないぞ。

 とは言わなかったけれど。


「ザクロ様は可愛いのよね。むさい男たちの中で、唯一見てられるわ。聖剣の継承者だし、雑なところもなさそうだし、他の男とは違うのよ」

「へえ」


 あいつは意外と薄情だぞ。それに、確かに可愛い見た目をしているが、女子よりも可愛いから、自分に自信がなくなるんじゃないか。

 とは言わないけれど。


 まあしかし、当の二人とはなんだかんだ仲良くさせてもらってるし、自分に好意を持っている女子がいて嫌な気持ちにはならないだろう。そう思ってそれとなく聞いてみたら、

 レドは「知らねえよ。恋愛なんかに興味なんかない。そんなこと聞いてくんな」

 ザクロは「えーっと、そんなこと考えたことなかったかも。今を生きるのに精いっぱいでさ」

 となんともしょっぱい返事をもらった。


 なんだこいつら。


 これをそのまま女性陣に伝えたら角が立ちそうだし、普通の男が好きそうな女性像を伝えておいた。女子生徒たちはやる気を新たに自分を磨き始めるようだった。

 なんであんなこと言ってる二人がモテるんだよ。

 教室の中でも女子と話さないトップツーだぞ。関わり合いのない相手のはずなのに。


 顔か。

 顔かよ。

 まったく。

 あるいは、関わり合いがないからこそ理想ばかりが積みあがっているのかもしれない。


 とある日にはライも来た。

 森での一件以来、久々に話す。

 俺よりも頭一つ低い位置から、勝気な眼が飛んできた。

 他の女子と何度も行ったやり取りだ。面倒くさいし機先を制することにする。


「で、おまえはレド? ザクロ?」

「はあ? 何の話よ」

「誰のタイプが知りたいんだ。おまえには森の中で助けてもらったし、特別に良い情報を教えてやる。レドは寝るときに寝言を口にする。ザクロはからかうと面白い」

「だから何の話してんのよ。私、そういうの興味ないから」

「ああ、そうなの。じゃあなんなんだよ」

「……あんたねえ、もう少し人との話し方を学んだほうがいいわよ」


 なんでじゃい。

 と思ったが、ライ視点だと俺は勝手にレドとザクロの話を始めた狂人であった。


「悪かった。どうも最近そういう話ばっかでな」

「見てたわよ。あんたも大変ね」

「わかってくれるか。ライはいいやつだな。シレネから庇ってくれたりしてありがとうな」


 実際、この子はいい子だ。

 前世では森の中、シレネと一緒に奥まで行ったせいで帰らぬ人となり、ほとんど話したことはなかったが、こうして今話せている事実は素直に喜ばしい。


「別に、あんたのためじゃないわ。それが正しいと思っただけよ」

「だとしても、俺は礼を感じてる。素直に礼を言わせてくれ」

「……礼を言うのは、多分私の方なんでしょう?」


 ライは口を尖らせる。

 不満そうな、腑に落ちないような顔だ。


「どういうことだ?」

「森の中で言ってたこと。あのままシレネ様についていったら死ぬって話。……その、あんたは私とレフのために、シレネ様を止めてくれたんでしょう?」


 ふむ。

 そう見えたか。

 まあ、実際にそれは嘘じゃない。

 あの時あの場所でに死相が見えていたのは、ライとレフ。そして、将来的にシレネが巻き込むであろう多くの人々。

 彼らを救い、魔王を倒す戦力になってもらうのが俺の目的だった。


「だとしたら?」

「礼の一言くらい言わないとと思ってね。もしかしたら私はこの場にいなかったのかもしれないし。ありがとう」


 少し頬を赤く染めて、不服そうに。

 思わず笑ってしまった。


「なによ」

「いや、別に。俺は俺のために動いただけだよ。将来的にそっちの方が得になるから、シレネを止めただけ。あまり気にするな」

「それだけのために命を賭けたの? 魔物のいっぱいいる森の中で、正気じゃないシレネ様の相手をして」

「命を賭けるだけの価値はあった。それだけの話だ」

「なにそれ」


 くすり、とライも笑う。

 普段からつんつんしている子の笑顔はなかなかに可愛かった。


「人の笑顔は命を賭けるに値するよ」

「……あんたはわからないわね。そっけないのか、義理に厚いのか」

「どちらかね。あんたの判断に任せるよ」


 肩を竦めると、用は済んだのか、ライは背を向けた。


「ああ、そうだ。どうせなら一つ聞いておこうかしら」振り返って、「あんたのタイプは?」


 なんだろうな。

 いざ聞かれると返答に困る。

 レドとザクロのことをとやかく言ったが、俺も俺で返せる言葉はないのかもしれない。


「おまえ」

「……は?」

「なんてな。俺はそんなことを言う立場にはない。まあ、普通の子が好きだな」

「なにそれ」


 また笑って、去っていく。

 久々にあまり打算を考えなくていい会話だった。


「随分と楽しそうでしたね」


 背後に影。

 俺の背後をこうも簡単にとれる相手なんて限られる。


 恋人(仮)だ。

 俺は死んだ。


「なんでここに」

「開口一番がそれですか。ライとは楽しく話すのに、私とは楽しく話してくれないと。あまつさえ、ライのような子が好きだと? 私と恋仲になると言ってくれたのに?」

「ちょっと待て。じりじりと近づいてくるな」

「私は貴方のことが好きですわ。だからといって別に貴方に私への好意を強制することはありません。でも、恋仲になることを了承したのですから、少しは優しくしてくれてもいいのではないですか。私のことを一番に考えてくれてもいいではないですか」

「ち、近い近い」

「……なるほど、初めての感覚ですわ。今までは浮気くらいで何をぐちぐちと、と噂話や物語を流していましたが、こういう感情なのですね。これは確かに人の一人や二人、殺してもしょうがない」

「待て待て待て」


 シレネは平静を装ってはいるが、節々に怒りと哀しみが見て取れる。完璧から漏れ出ている。

 息の当たる距離。

 シレネの瞳に俺の瞳が映る近さ。

 互いの感情を雰囲気で理解できる状況。


 俺だって初めて知ったよ。おまえがこんなに他人に執着するなんて。


「自分の胸に聞いてみろ」

「何をです?」

「ライのような態度で話す俺と、今みたいに話す俺。どっちがいいか」

「貴方には素でいてほしいですわ。私なんかとの会話で気を使ってはほしくありません」

「そういうこと。シレネと話す方が気が楽だ。あんたは寛大だからね。逆に、ライとの会話は気を遣う。あれは一応女の子だからな」

「私は女の子ではないと?」

「少なくとも、普通の女の子ではないな。その自覚はあるだろう?」


 シレネは押し黙る。

 わかってる。


 シレネがほしいのは、理解。

 複雑な彼女の心境を慮る度量。

 生半可な優しい言葉や同情で靡く女ではない。


「おまえは一番話しやすいよ。俺が俺のままで話すことができる」

「そういう言い方はずるいですわ。それは私が言うべき言葉ですもの。私が唯一”私”を、アロンダイトの鎧を破って、ふがいない私を見せられるのは、貴方の前だけ」

「同じなんだよ。俺だっておまえの前だからこんな風に話すことができてる。おまえは綺麗な皮を被ってはいるが、結局は計算高い人間。俺と考えが似てる。俺の考えが曲解して伝わることもない。俺がおまえに変わってほしかったのも、救いたかったのも、ただただシレネという子を失いたくなかっただけだ」


 真実半分、虚飾半分。

 しかし、虚飾は誇張なだけだ。

 嘘ではない。


 シレネは賢い。俺の言葉が全部本当ではないことはわかっている。しかし、そこにあるのが嘘だけではないこともわかっている。

 こういう点では、この子のことを好いているのは間違いじゃない。


「おまえはおまえが作り上げたシレネ・アロンダイトという英雄を嫌っているかもしれないが、俺にとってはそれを含めてシレネだよ。自分を英雄にできる手腕は、結局はおまえのものなんだから。そういうおまえは好きだよ」

「口がうまいですわ」


 許してくれたようで、肌が密着するくらいまで近寄ってきた。

 犬みたいだ。

 しかし、優秀な知能と凶暴な牙を持っている猟犬だ。

 冷や冷やする。


「もう一度、好きと言って」

「好き」

「もう一回」

「すき」

「もう一度、耳元で」

「す・き」


 耳元で囁くとぶるぶると震えて顔を覆ってしまった。


 なんだこれ。

 何をさせられてるんだ。

 まあ、シレネが満足ならそれでいいんだけど。


 シレネは真っ赤になった顔でこほん、と空咳。


「まあ、先ほどのライへの態度は許しましょう。私は寛大な彼女。それに、恋人が多くの人に頼られるという状況は、誇らしさもありますわ」

「それは良かった」

「それで、それとは別に、一つ、聞きたいことがありますわ」

「なんだ?」

「貴方が言っていた未来の話。それはどういう意味なのか」


 真面目な顔になる。

 俺の行動の節々から、嘘や妄想ではないとわかってくれたようだ。


 俺に逡巡はなかった。

 シレネが俺に想いを寄せてくれること、俺の近くにいてくれること。

 俺の目的のためにも必要なのだ。


「これから言う事、それは神に誓って真実だ」

「貴方が言う言葉はすべて、私にとっては真実ですわ」


 素直なシレネは可愛い。


「今から七年後、魔王が現れる。俺は過去、そいつに殺されたんだ」

「過去? ……ああ、今私たちが生きている時間軸で言う未来が、貴方にとっては過去になるのでしょうか。つまり、貴方は今、過去に歩いた道のりを歩んでいる。だから、貴方が経験した未来についてわかるということですか。私のこともそれで知っていたと」


 察しが良すぎるというのも考えものだ。

 俺がこれから詳細に説明しようと思っていたのに。


「だとすれば次に貴方に確認すべきは、実際に貴方の歩いた未来は正しいのか、ということですわ。確認はしましたか? また、どんな原理でその未来が見えているのかわかっているのですか?」

「質問の前者――未来の状況については今のところ全部合っている。良くも悪くも、な。おまえが証人になってくれるだろう?」

「ええ。貴方の言う事はすべて当たっていましたわ。ふふ。どうやって私の背中のほくろを確認したのかは知りえませんけれど」

「記憶力がありすぎるというのも問題だな。知らなくていいことも世の中にはあるんだ」

「聞かなかったことにしますわ。貴方の知る未来の私は、今の私とは本質的に異なっているのでしょう。自分にまで嫉妬する愚かな女にはなりたくありません」

「殊勝な心掛けだな。過去を振り返るよりも未来を喜ぶべきだ。今のおまえは俺が見た中で一番美しいおまえだ」

「……そうでしょう。それはとっても喜ばしい言葉ですわ」


 にっこりと笑う。


「でも、私はこの喜びをどう表現していいかわかりませんわ」


 恐る恐る指を絡めてくるシレネ。

 すべてに怯えていた彼女は、相手を殺すことは知っていても、自分を受け入れてもらう方法を知らない。


「追々知っていけばいいだろ。おまえの人生は始まったばかりだ」

「”私”の人生は、始まったばかり。なるほど。ふふ、ふふふ。やっぱり貴方のことが好きですわ。貴方と一緒にいる一秒が、私を幸せにしていく」


 指どころか手が絡めとられた。

 ぎゅっと握りしめられた手は、振りほどけそうにない。

 華には水をあげすぎるのも危ないんだぜ。


「話を戻すぞ。おまえの質問の後者、俺がどうして過去に戻ったか、その方法はわからない。魔王の能力だと言ってしまえばそれまでなんだが」

「そもそも魔王とはなんですか? 魔物の王、という意味ですか?」

「本人がそう名乗っていた。まあ、魔物の王で間違いはないな。自分の近くに召喚したりしていたし」

「ふむ。人ですか?」

「ああ。俺たちと何ら変わりはなかった。そこらへんで歩いていてもおかしくはない」

「その他には?」


 特に際立った点はない。

 角が生えているわけでも、牙が生えているわけでもなかった。


 普通の、人。

 だからこそ、その正体は掴み切れない。


「……どちらにせよ、情報が少ないですわね。一旦私の中でも整理して、詳細はまた聞くことにしましょう。それで、そんな魔王がこの世界を蹂躙しようとしていて、貴方はそれを防ごうとしていると」

「そういうことだ」


 俺が頷くと、シレネはにっこりと笑った。


「わかりましたわ。このシレネ、貴方の目的に力を貸すことを誓いましょう」

「助かるよ」

「ついでに貴方に永遠の愛を誓いましょう」

「それは重いな」


 本当に永遠に愛してくれそうで、男冥利に尽きる。

 しかし、こんな可愛らしい子が俺なんかに一生を尽くすなんて、それはそれで問題だろう。


「それで、次はどうするんですの? 私を救ってくれたように、考えがあるのでしょう? 不都合な未来を変えましょう」

「まあ、ないこともない」


 シレネが仲間に加わったことで増えた選択肢。

 それは、彼女の権威や社交性でもって可能となる。


「マリーと話そうと思うんだ」

「マリー、様? うちのクラスの?」


 シレネは眼を丸くする。

 無理もない。

 マリーという存在は、アンタッチャブル。この国の根幹を揺るがす危険人物だ。生半可な気持ちで手を出すと、自分の死だけでは収まらない。


 だけど。

 彼女は必要だ。

 だから、救わないといけない。


「マリーは二か月後、死んでしまう」

「……」シレネの口が閉じる。ここから先、聞いていいかどうか迷うそぶりを見せてから、「どういった原因で?」

「ああ、おまえが思ってるような死に方じゃない。

 自殺だよ」

「……それは」


 シレネの眉が寄る。

 彼女だって、マリーという人物を取り巻く状況は理解している。

 だからこそ、自殺という言葉を聞いて悔しそうな、苦しそうな顔ができる彼女はとても尊い。


「俺は彼女に自殺なんかしてほしくない。一人、部屋の隅で首を吊っているところを見つけられるなんて、あんまりだろう。そんな未来はあり得ない。協力してくれるか」


 シレネは深く頷いてくれた。

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