第22話


 ◇



 あれから二週間ほど経った。

 教室はすでに普段の喧騒を取り戻している。


 以前と異なっているのは、そこにいるはずの中心人物がいないということだ。

 シレネ・アロンダイトは森の中で怪我を負い、今も療養中。

 看病に行っているレフとライによると、意識は戻っているらしいが、大事をとって休んでいるとのこと。


 森の中での顛末は今のところ公にはなっていない。シレネは魔物に襲われたということになっていて、生徒は全員シレネの意識が回復するのを待っていた。

 四聖剣もいるということで慢心し、森の中で深入りし過ぎたと、アステラは上司に報告していた。表向きは彼の過失ということになっていて、流石に申し訳がない。本人がまったく気にしてなさそうなのが救いか。


 学園の上層部が気を揉んでいるのは、シレネの身の安全のみだ。

 四聖剣の身の安泰は不可欠だ。特にアロンダイト家は代々継承の際には候補者同士での殺し合いが常。次代の跡取りが残っていない。シレネが死ねば、分家の分家の……まあ、誰が継ぐかわからず、王国が管理できる相手かも不明瞭。是が非でも生きてほしいというわけだ。


 だったら最初から身内同士で殺し合いなどしなければいい、とは、今を生きている俺たちなら全員そう思う。

 でも、そうはできない。

 霊装は常に奪い合いの歴史でもあった。兄弟に渡った霊装を奪うため、あるいは、奪われないようにするために、継承権を持つ相手を、物を言えない状態にしなければ安心できなかった。


 特に四聖剣の場合は手にする力は計り知れない。

 手にすれば絶大な権力を手にできるといえば、誰だっておかしくなってしまうだろう。


 それら霊装に対する各四聖剣の対応は、家によって異なっている。


 アロンダイト家は多くの子供を作って、殺し合わせる。最後の一人を当主にする。

 エクスカリバー家はそもそも一人しか子供を作らない。その子が引き継ぐのみだ。

 アスカロン家は干渉しない。子供を作って子供同士がいがみ合うならそれはそれ。

 デュランダル家は、子供を作って競い合わせる。策謀と知略を用いて家督を継ぐ。


 いずれにしたって、薄氷の上に立っている文化だ。霊装が生まれて数百年、よくもまあ絶えずに存続しているものだと感心する。


 話を戻して。

 殺し合いの末に生き残ったシレネ・アロンダイトの価値は想像しているよりも高い。そいつに傷を負わせたと糾弾されれば、なんだかんだ俺の立場はないに等しい。

 さっきはアステラが怒られて申し訳ないと言ったが、事実、真実が知られて一番まずいのは俺である。


 まあ、どうとでもなる。

 最悪アイビーだけ連れて放浪の旅に出てもいいかな。


「シレネさん、帰ってこないね」


 四聖剣の一人、ザクロ・デュランダルはため息をついていた。机の上に頬杖をついて、物憂げな表情。


「なんだ、そんな顔をするなんて、シレネと仲が良かったのか?」

「別にそんなことないけどね。僕は他の四聖剣と顔合わせたの、ここが初めてだし。仲よくした覚えもないし」


 王国の中核を担う四聖剣。

 彼らは王城で開催されるパーティーで幾度も顔を合わせるという。数年前から家督を継いでいるシレネ・アロンダイト、スカビオサ・エクスカリバー、プリムラ・アスカロンは最初からお互いを知っていただろう。


 ザクロ・デュランダルだけは少し事情が異なっている。

 彼は学園に来る直前に、四聖剣になった。

 四聖剣として育てられることもなかったから、そういった催しには参加していない。


 理由は単純。今、シレネが死ねはどうなるか。表向きはたった一人しかいない継承者を喪って、アロンダイトはどこに行くか。血を遡って、次の継承者を探し出す。


 同じような状況でデュランダルが行きついたのが、ザクロの下である。

 霊装のシステムも中々に罪深い。適合する血さえ残っていれば、どこにでも行ってしまう。

 こればかりは俺にはどうすることもできない。

 俺だって自分の霊装がどこから来たか、わかっていない始末だ。


 ちらりと視線を投げる先は、一人で教科書を黙読している王女へと向かう。

 彼女だって、似たような境遇だ。

 不義の王女。

 王様が不貞を働かなければ、血脈を多方向に割らなければ、彼女を巡る人生だって変わっていたかもしれないのに。


 まあ、俺にできることなんかないし、することもないけれど。


「シレネさんと仲が良かったのは、リンク君の方でしょう?」


 ザクロがにやにやしながら俺の方を向いてきて、我に返った。


「は? 何言ってんだ?」

「突っかかってたのも、そういうことなんでしょ? シレネさんが療養中、全然元気がないのはリンク君の方だし。皆そういうことだったんだ、って思ってるよ」


 なんだそれ。

 なんで俺があんななんちゃって英雄に惚れないとならないんだ。


「ありえな――」


 い。

 と、そう言おうとして、思いとどまった。


 今、俺を取り巻く状況は、意外と危なかったりする。

 シレネが療養から復帰して、俺に向かってこいつが私を殺そうとした、なんて口走ったら、俺は終わる。四聖剣を殺そうとした犯人ということで、どんな処罰が下るかわからない。


 つまり、ここでの俺の回答は。


「まあ、そういうことだ。……誰にも言うなよ」


 肯定だ。

 あくまで愛憎入り乱れる末の凶行。彼女のことが好きだったんです、と涙ながらに訴えれば、温情があるかもしれない。まだ情状酌量の余地を残しておきたい。あのお花畑英雄だって、おまえのことが好きだったんだ、ってしがみつけば、ある程度は庇ってくれるだろう。


「あ、本当にそうなんだ。でも、好きな相手にあの態度はどうかと思うよ」

「恥ずかしがりやなもんで」

「意外だね。あれ、そうしたら、街中で他の子と手を繋いでたっていうのは」

「妹だって。背伸びしたい年頃なんだ」


 なんだか自分で次々に地雷を埋めていっているような気分だ。

 爆発しませんように。


「そうなんだね。まあでも、僕が秘密にしていても、すでに皆知ってるんだけどね」


 困ったように笑うザクロ。

 ならいいか。

 勝手にそういう判断になるだろう。

 周りだって生暖かい目で見てくれるはず。


 そんな会話を交わしていると、にわかに教室内の喧騒が大きくなった。

 出元の教室の入り口に目を向けると、噂をすれば何とやら、シレネが立っていた。傍にはレフとライが立っている。


 教室内の生徒がほとんど駆け寄って挨拶なり安堵の言葉を口にしていた。

 遠目で見ても、確かに具合は悪くはなさそうだった。一部包帯が巻かれているが、にこにことした笑顔は健在で、級友との再会を喜び合っている。


 そんな様子をぼうっと見ていると、眼があった。

 合ってしまった。

 慌てて逸らすも、あっちからの視線が逸れている感じがしない。最悪なことに、シレネがゆっくりとこっちに歩いてくる気配さえする。


「あ、来たよ」


 俺の心情を知ってか知らずか、能天気にザクロは言う。


 来るなよ。仲が良い相手とあと三十分くらい話して、それから思い出したかのように俺のところに来いよ。あるいは、そのタイミングを見計らって俺が謝罪しに行くから。一発目にこっちに来たらそれこそ邪推を呼ぶだろ。


 そんな俺の胸中の葛藤も虚しく、シレネは近寄ってきた。

 流石にこれ以上は無視を決め込んでいられない。

 顔の向きを戻す。

 目の前にいた。

 再び目が合う。


「……」

「……」

「……」

「……」


 なんだこれ。

 なんで無言?

 シレネが無言で立ち尽くしているし、俺との普段の関係性もあるから、教室の空気が真冬の夜くらいまで冷え切ってるんだが。


「し、シレネ様。その、リンクにも思うところがあったように思えます。あの森での出来事の処遇は一度思い直していただいた方が、寛大なお心に全員感謝するかと」


 焦った様子でライが進言してくれた。

 やっぱり優しい良いやつだ。


「ライさん、どいてください。私が用があるのは、この人だけですので」

「っ」


 冷えた声にライも引くしかなかった。

 まあ、しょうがない。

 俺も腹を括るか。


「よお、その様子だと元気みたいだな。良かったよ」

「……」

「まあ、思うところも色々あるだろうさ。俺は言い訳するつもりもない。おまえの思いは受け止めるつもりだ」

「……」


 なにこれこっわ。

 なんで何も言わないの。

 段々と顔が赤くなっていくのも怖さ倍増なんだけど。


 ザクロだって俺から離れていこうとしてるし。薄情なやつだ。

 いざとなれば机に突っ伏して寝ているレドを盾にして逃げるしかない。


「……俺は何をすればいい。なんでもするぞ」


 剣幕に押され、俺は一歩退いた。

 いつでもフォールアウトを放り投げられるようにしておこう。


「……なんでも?」


 真っ赤になったシレネはようやく言葉を呟いた。


「も、もちろん俺にできることだけどな」

「そうですか」


 はああ、と大きなため息。

 シレネは俺の目の前で大きく深呼吸を繰り返した。

 そして大きく息を吸って、


「大好きです! 私と将来を誓い合ってください!」


 大きな声で、そう、言った。

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