第17話




 ◇



 森への遠征が決まった。

 翌週だそうだ。

 今日はそのメンバー分けとなる。


 四人一組となって、魔物の発生する森の中に入っていく予定。

 とはいっても現役の騎士団がついていて、歩くところは森の浅いところ。万が一なんか起こるはずもない。

 英雄をはき違えた、死にたがりの人間でもいない限り。


「私はA班でしたわ」


 教壇の上にはメンバーに公平性を持たせるために、くじが置かれていた。たった今、シレネ・アロンダイトがくじを引き、自身の番号を公開したところ。

 すでにA班は二人のメンバーが決まっていて、彼女が三番目。残る椅子は一つで、男子生徒も女子生徒も、それを狙って目を血走らせている。


 地獄の片道切符を。


「んじゃ、俺も引いてくるわ」


 順番通り、レドが立ち上がって歩いていく。のを。

 服の袖を掴んで止めた。


「なんだよ」

「俺が先に引くわ」

「は? 急にどうした?」

「いいから。代わってくれ」


 レドを引いて、代わりに前に出る。

 正直、今の今まで迷っていた。

 これだって、魔王を討伐する最短ルートに則った行動ではない。俺は一回目の時のように、レドの後にくじを引くべきだ。


 これは寄り道。

 それも、良い未来に変わる予兆もない。


 でも。


 でも。


 でも。


 自分の行動にため息をつきながらも、俺はくじを引く。そこに書かれていた番号は”A”だった。


 シレネ・アロンダイトと同じ組。

 ここで俺はシレネ・アロンダイトを殺す。

 魔王討伐のために、尊い犠牲になってもらわないと。



 ◇



 A班はシレネと俺、そして二人の女子生徒で構成されていた。

 先日アイビーと出歩いているところを見られたレフという少女と、ライという少女。いずれもシレネの取り巻きで、彼女と一緒の組になれたことを喜んでいた。


 だから、シレネと良くぶつかっている俺のことは好意的に思っておらず、馬車に揺られて森の入り口に到着した時も猜疑的な視線を向けていた。


「いい? 余計なことしないでよ。シレネ様の邪魔だけはしないでよね」


 ライは俺に指差しして忠告してきた。

 勝気な性格の子で、シレネのことを崇拝している。肩を怒らせるたびに金色のツインテールが揺れて、小動物のようだ。


「はいはい。突っかからないよ。シレネが暴走しない限りな」

「そういう物言いが悪いのよ。シレネ様に因縁ふっかけて、気でも引きたいの?」

「なんで俺がそんなことしないといけないんだよ」

「~~! 私が聞きたいんだけど!」


 頬を膨らませてそっぽを向かれてしまった。

 アイビーといい、シレネといい、最近絡む女性は精神年齢が高いから、こういった子供っぽい子は希少だ。ステータスだ。


「ライもリンクさんもやめてください。ここは魔物の出る森なんですよ。喧嘩なんかしないで、仲良くやっていきましょうよ」


 レフがおっとりとした調子でライを宥めてくれた。

 大人っぽい子なんだけど、この子が俺とアイビーの噂話を迅速に広めたんだよな。人の口には戸が立てられないとはいえ、油断できない。


 俺は肩を竦めて、シレネに近づいていく。


「いいか。今日はあくまで”見学”なんだからな。おまえの蛮勇は必要がない」

「蛮勇? ふふ、面白いことを言いますのね。この場所のどこで勇を出す必要があるんですの?」

「忠告はしたぞ。出過ぎた行動をとるのなら、おまえの望みをここで叶えてやってもいい」


 俺の言葉の意図が通じたのだろう、シレネの口角が上がった。


「貴方にできるんですの?」

「あまり他人を見くびるなよ。あんたの持ってるその剣は、思ってる以上に絶対じゃない」

「胸に刻んでおきますわ」

「だから! そうやって話すなってば!」


 ライが癇癪を起こしてしまったので、身を引くことにした。

 四人が険悪な雰囲気のままに待機していると、打ち合わせをしていた騎士団員の集団が散会した。各組に一人、騎士団員が配備されることなっている。


 彼らはそれぞれのグループに参加して、挨拶を交わしていく。


「どうも。今日はよろしくお願いしますね」


 俺たちのところにやってきたのは、金髪の優男だった。

 どこかで見たことがある気がする。ということにしておこう。


「私はアステラと申します。不肖、この私がA班の随員として派遣されました。将来の防衛を担うであろう貴方たちに魔物の脅威を伝え、安全に学園まで送り届けるのが我が仕事。全うさせていただきます」


 にっこりと笑うその顔に、レフなんかは顔を赤く染めている。

 シレネは平素のにこにこ、ライは不機嫌が治っておらずむくれ顔。

 そんな面々にそれぞれ挨拶を行った後、アステラの顔は最後、俺の方を向いた。


「よろしくお願いいたしますね」


 殊更ににっこり。

 反応に困る笑みだ。


「よろしく」

「ええ、よろしく。貴方とは初めて会った気がしませんね」

「他人の空似だろ。俺の顔は手配書で見たなんてよく言われる」

「はっは。それは卑下しすぎでしょう。どちらかというと貴方は善人に見えますよ。それも、とびきりお節介な、ね」


 なんだこいつ。

 嫌にちょっかいをかけてきて、一年前の約束を忘れたのか。互いに過去の出会いをなかったことにするって話だろうが。

 そもそも俺がいる班にわざわざ入ってくるなんて、どういうつもりだ。


「世間話をしに来たのか? 誰に聞かれるともわからないぞ」

「これは失礼。知り合いに似ていて話しやすい人だと思ってしまいました。それに、別にこの班で聞かれてまずい話でもないでしょう」


 言葉の選択に違和感を覚える。

 ここで、とか、この場所で、ではなく、この班で。

 他の班では問題があるとでも言いたげな言い方だ。


 俺が視線を向けると、彼は自身の唇に指を当てていた。

 中々に頭が回る男だ。同時に、危ない橋を渡ってまで俺に情報をくれようとしている。

 のか?

 真実か、ブラフか。


「そんなに似てるのか? その知り合いとは仲が良かったのか?」

「ええ。私はそう思っています。私の一方的な思いだとは思いますが」


 苦笑するけれど、俺たちの何をそんなに気に入ったんだか。今や怪我の影響もないだろうが、結構痛めつけてしまったのだが。

 とにかく、アステラの言葉を信じるのなら、学園、この班以外に彼の雇い主――アイビーを殺そうとした相手がいるのだろう。

 予想通り、雇い主は若い。まだ世間の裏側を知らずに身近な騎士団員に依頼をしたのだろう。加えて、騎士団員を動かせる立場にいる人間。


 俺の視線は横に行く。

 王女マリー。四聖剣であり、シレネ以外の残りの三人。いや、そこまで絞りきることはできない。幼少期より霊装を継承していれば、王都での発言権も高くなる。


 つまり、今の段階で特定することは難しい。

 とりあえずこの森に一緒に来たいと駄々を捏ねていたアイビーを説き伏せておいて良かった。


「そうかい。まあ、その知り合いも悪くは思ってないだろうさ」

「そうだといいんですが」


 爽やかに笑う。

 彼を味方にできたのは大きな収穫だろう。罠でなければ。

 人を信じるのは、疑った後でだ。


「社交性に欠ける方かと思っていましたが、そういう受け答えもできますのね」


 シレネが寄ってきて、ちくりと。

 これはシレネの方から言ってきたんだから、正当防衛だよな。


「俺が辛辣なのはおまえだけだ。こう見えてもコミュニケーション能力は高い方なんだぜ」

「それは嘘」


 食い気味に言われた。


「私が特にぞんざいに扱われているだけで他の人とうまくやれているかと言えば、それは違いますわね」

「なんだよ。わかんないだろ。俺のことをそんなに見てるのかよ」

「ええ。私、クラスメイトのことは皆把握していますわ。よおく見てますのよ。全員と仲良くなりたいんですの。貴方のことももちろん、よく見ていますわ」


 慈母の様な顔、仕草、言葉。


「反吐が出るね」


 吐き捨てるように言うと、ライからすねに蹴りをもらった。


「あんたはねえええええ!」

「まあまあ、お三方。仲よくしましょうよ」


 アステラが軽薄に笑い、レフがおろおろとしている。

 前途多難な組み合わせのまま、森の中に入ることになった。

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