第14話
◇
学園生活にも慣れてきたころ。
「ねえ、デートしてよ」
夜寝る前、同衾相手からそんなことを言われた。
「デート?」
「そ。せっかく王都に来たのに、リンクってばずっと訓練ばっかりじゃない。気がめいっちゃうでしょ。少し気分転換もどうかなって」
そう言うアイビーの目はきらきらと輝いている。
「おまえ……自分の立場がわかってるのか。俺がここに来た時に言ったことを覚えてるか? あんまり目立つような行動はするなって言ったろ」
「それはそうだけど……」
「大人しくしておいてくれ」
「じゃあこう言えばいい? リンクの言う”起こりうる未来”について調べていたんだけど、その調査で行き詰っていてね。とある人が良く行くのがカップル御用達の食事処なんだよね。会話を聞いて確認したいんだけど、私一人では潜入できないから、一緒に行ってほしいな」
理屈をこねられると確かにその通りだ。
そもそも俺が依頼した確認事項だし、ここで無下にするのは違う気がする。
「まあ、そういう理由があるんなら……」
「……なんとなく、アイビーの言ってた意味がわかった気がするぞ」
ぼそりと隣のベッドからレドの声が聞こえた。
聞いていたのか。
「何が?」
「おまえの性格のこと」
「なんて言ってたっけ?」
「教えねえよ。アイビーに直接聞けよ」
ふん、と鼻を鳴らされた。
何を不機嫌にしてるんだか。
一緒に行くかと誘ってみたが、絶対行かねえとの返答をもらった。
「リンクは素直だからねえ」
アイビーのしたり顔。
「素直に見えるか?」
「滅茶苦茶にね。偽悪を気取ってるところが私のツボです」
何の暴露だよ。
別に気取ってるつもりはないんだけど。
俺は結局、すべてを打算で決めている。アイビーを傍に置いているのだって、彼女の霊装が有能だからだ。俺を強化するのに必要だからだ。シレネに一言伝えたのも、優秀な霊装使いが巻き込まれて死ぬのが嫌だから。それ以外に理由はない。
欲望に素直という意味では、確かに正しいのかもしれないけれど。
そんな夜を過ごして、一夜明けた次の日。
その日、学園は休養日ということになっていて、講義や訓練は行われていない。学生たちは思い思いの休暇を楽しんでいる。
訓練場などは開いているから、能動的に参加する学生もいる。俺もアイビーとの約束がなかったら訓練場に行っていただろう。レドなんかは早々に身支度を整えて訓練場に向かっていった。
霊装使い。しかし俺たちはまだ子供で、霊装使いと言っても雛のようなものだ。だからしっかり管理されている。
学園の外出には時間制限と回数制限があって、書類を沢山書かされた。目的と移動先とそれに対する必要性云々。予想以上の量に四苦八苦していると、予定の時刻を少しオーバー。
速足で指定された場所に向かうと、すでにアイビーは待っていた。
王都の中心部、栄華の象徴だとでもいうように設置された噴水。待ち合わせに良く使われて、人が多く往来する場所で静かに佇んでいた。
服装は白いワンピースで、軽装を好む普段の彼女の装いとは異なっている。行こうとしている店にはドレスコードでもあるのだろうか。制服で来てしまったが大丈夫か。
駆け寄って声をかけた。
「悪い。遅れた。学園から抜け出すのに時間がかかっちまった。いちいち面倒くさいんだよ」
「遅いよ」と膨れ顔。「普通の手続きなんかしないで、最初っから霊装使って抜け出しちゃえば良かったのに。そのためのフォールアウトでしょう」
「バレたらコトだろ。昼間っから空を飛んでたら、色んなところに目撃されるしな」
それで退学なんか喰らったら目も当てられない。
リスク管理は基本である。
アイビーは膨れ面もほどほどに、けろっと表情を変えて、
「まあ、そんなに待ってないからいいけどね。でも早く行かないと混んじゃうよ。早く行こう」
歩き出す。
俺はその手を取った。細い彼女の手を軽く握りこむ。
「カップル御用達ならそれっぽい行動くらいしないとな。いちいち俺たちの関係性を疑われても面倒だ」
「え」
「ほら、どっちに行くんだ」
アイビーの手を引くと、「あ、えっと、こっち」と空いた方の手で行先を示してくれる。
何度も手を握ったし、抱擁もしたし、挙句の果てにベッドを共にしているというのに、顔を赤くしてぎこちない足取りになるアイビー。
周囲の目があるとなしとじゃ勝手が違うか。
「アイビー。今日の服、似合ってるよ」
「そ、そう? 新調したんだよね」
「道理で見たことがないと思った。金は大丈夫なのか?」
「意外と稼いでるんだよ。にしてもリンクさんは、女の子とのデートに随分と慣れていらっしゃるようで」
「二十も生きてればそうなるだろ」
前回の人生で、なんだかんだ俺は二十三歳まで生きていた。
そして、それなりに交友関係もあった。
なぜなら、俺の霊装は他者との関わり合いがすべてだから。誰とも親密にならなければ、ただの白い布をひらひらするだけなのが、俺の能力なのだ。
なんて。
また打算だよ。
アイビーが殊更に顔を赤く染めているものだから、俺たちはそれなりに目立っていた。
十五歳の二人。子供と大人の境界線。そんな二人がお洒落して手を繋いで歩いているのだから、生暖かい視線が頬に当たった。いいなあ、なんてほのぼのとした雰囲気に包まれる。
今、この国は平和だ。
他人の色恋沙汰に首を突っ込めるくらいには。
「俺たちが王都に着て一か月くらいか。どうだ、情報の進捗は」
尋ねると、アイビーは真面目な顔になって、
「概ね順調かな。リンクに教えてもらった少し先の未来、そこにずれは見られないよ」
「そうか。じゃあ魔王は別に世界に変化をもたらそうとはしてないんだな」
「そうだね。国の主要人物もざっと確認したけど、おんなじ感じ。リンク以外に派手に動いている人はいないね」
「俺は派手には動いてないだろ」
「私の主観だと、ド派手に動いたけどね。私、生きてるし」
にやりといった様子で笑う。
「おまえへの投資だよ。別に他意があったわけじゃない。見合う働きを見せてくれればいいんだよ。損はさせないでくれよ」
「あはは。手厳しい上司だなあ」
アイビーはすれ違った女性から手を振って挨拶されていた。アイビーも手を振り返したことから、知り合いらしい。
「知り合いか?」
「うん。調査には結局、人の口が役に立つんだよね。色んなところをバイトして、知り合いを増やしてる感じ。バイト代も結構入ってるよ。この服もそれで買ったんだ」
「……だから目立つなって」
「大丈夫だよ。リンクが心配性なんだって。この灰色の髪に、佇まいも変えてるしね。私がアイビー・ヘデラだと気づける人間はいないよ。よっぽど私のことを見ていた人以外」
そういうものだろうか。
アイビーのことは毎日見ているせいで、どこが変わったのか見当もつかない。
「情報が集まってるならいいか。だけど無茶はするなよ」
「大丈夫大丈夫。あ、見えてきたよ」
見えてきたレストランはすでに開店していて、数組のカップルが並んでいた。
格式が高いというわけではない、庶民向けの店。しかし内装はテーブルに椅子が二つが基本となっていて、おひとり様で入るには中々に勇気がいりそうだ。
「なるほど」
「ご理解いただけたようで何よりです。勘違いしてほしくないんだけど、私はリンクとデートがしたかっただけだからね」
「そうか」
ん?
素直過ぎな意見?
「ほら、並ぼう」とアイビーに急かされて、列の最後尾に。
俺たちみたいな少年少女はいなかったが、別に追い出されそうな雰囲気もなかった。
「で、今調査している人ってのは誰だ?」
「え?」
呆けた顔。
こいつ、まさか本当に他意しかないんじゃなかろうな。
「あ、ああ。そんな顔しないでよ。えーっと、アグネス教会の教主様が良く来てるんだよね。それがどんな人物か確認したくて。基本的には教会にいて、内部に侵入するのはなかなか難しくて、こっちから攻めようと思ったんだ」
アグネス教会は、前回唯一と言ってもいい魔王の存在を示唆していた教会だ。
おとぎ話の聖女になぞらえて、教主である少女を聖女としてたてまつっている。
実際、聖女を名乗る彼女は、”予言”ができたらしい。水晶玉の霊装を有していて、そこから未来が覗けるというのだ。
前回はその予言がピタリと当たっていたから、入信者の数は爆上がり。国も無視することのできない一大勢力となっていた。
ただし、金にがめつい組織だったために黒い噂も絶えず、それゆえに内部分裂が起こって崩壊した。
なんというか、惜しい組織だった。
「っていうかさ。リンクも聖女になれるんじゃない? 未来のことわかってるし」
それは尤も。
「一度は考えたよ。全力で未来のことを伝えるって手もな。でも、タイミングと状況次第だろ。この場で魔王復活の話をしても、誰も聞いてはくれない」
実際、シレネにだって鼻で笑われたわけだしな。
俺という何の後ろ盾もない存在が何を言ったって、人の心を揺らすことはない。
結局、明言は誰が言ったかによって変わる。結果という後ろ盾があるから、説得力が生まれるんだ。
「もっと俺に権力があれば、やれることもあるんだけどな。今はできることをやるしかない」
予言だなんだと未来を伝えて、信頼させるという手。
しかし、それは諸刃の剣だ。なんで未来を知っているんだと猜疑心を与えることになるし、魔王の介入で未来が変われば俺は嘘つきになってしまう。
「そうだね。まずは知ってる人だけこうやって動いてればいいと思うよ」
そんな会話をしていると、俺たちの番になった。
洒落た店内に、確かにその人物は座っていた。
マーガレット・フィン。
今は十六歳、俺たちよりも一つ上だったはず。
十六にして父が教主を務めるアグネス教会の跡を継ぐ敏腕さは、俺の耳にも入ってきていた。
自らを聖女と名乗るのも納得の、美人である。金色の長髪を垂らし、ぴんと背の張った姿は、美しいと表現するにふさわしい。
偶然にも、俺たちの案内された席はその隣だった。
メニューの確認もそこそこに、看板メニューを頼んでおく。
後はアイビーと談笑しながら、聞き耳を立てておく。
知りたいのは、彼女たちの近況。そして、言葉端から掴むことのできる性格。どういう人物で、何を成そうとしているか。
とは言ってはいるが、俺はマーガレットのことをあまりよく知らない。会ったことも話したこともない。風の噂で聞いた性格は、有能であり同時に利己的であるとのこと。
彼女がもっと聖女然としていれば、アグネス教会は盤石だったという話を聞いたりした。
「ここの料理は美味しいですね」
マーガレットは眼前の男性に語った。
目の前にいるのは、俺の見たことのない男。それなりに顔の整った青年で、体格からして鍛えていることは容易にうかがえた。教主の護衛兼傍付きなのだろう。
「お気に召せば幸いです。貴女には花が咲くような笑顔が良く似合います」
「ふふ。このレストランを見つけたのは私です、ともっと誇ってもいいのですよ」
「貴方の笑顔を考えれば、誇るような手間ではございません。次も素敵な店にご案内いたしますよ」
「期待して待っていますよ」
聞こえてきた話はカップルの一幕のようなもの。
まあ、大切な話をこんなレストランの一画ですることもないか。
とりあえず今日は顔を見れただけでも御の字だな。
「私を死地から救ってくださった恩は、こんなものでは返しきれません。これから一生をかけて、貴方に尽くしていく次第でございます」
「ええ。私も、国民のために頑張らなくては。予言はすでに未来を伝えています。皆様に信頼していただけるように、全力を尽くします。ついてきてくださいますか?」
「当然です。このカストール、骨の一かけらになろうとも貴方様を守り抜きます」
食事を終えた二人は席を立って出ていってしまった。
「特に実のある話はなかったな」
「そうだよね。ここ、人の目も多いレストランだし」
料理に手をつけながら、事実確認。
料理に舌鼓を打っているアイビーの目が細くなった。
「でも私、あの人苦手かも」
「へえ。おまえにも苦手とする人種がいるのか」
「私を何だと思ってるのさ。……なんかね、全部が薄っぺらいんだよね。人々を救いたいだなんて言いながら、本心はどうなんだろうな、って感じ」
確かに、前回の世界でマーガレットはそういう人間だった。
口では大層なことを言うが、行動が伴わない。人を助けたいと言いつつも、固めるのは自分の周りだけ。
結局、人を判断するのは言葉ではなくて行動だ。それがはっきりと表れていた。
利己的で、保守的。
人間らしいと言えばそれまでだが。
「予言もどうなんだろうね。本当に未来が見えてるのなら、もっと色々とやれることもありそうだけど、何をしてる様子もないし」
「本当に珍しいな。おまえがそこまで人のことを言うなんて」
「私だって人間だよ。気に入らない人の一人くらいいるさ」
ぷりぷりしながらも、料理は美味しそうに食べるアイビー。「そりゃ、ご飯に罪はないからね」とにこにこしながら食べていた。
実際に美味しかった。
店を出て、一息。
『ということで』
二人の声が重なった。
俺もアイビーも、互いに相手の言う事がなんとなくわかってしまった。
「帰るか」
「もう少し見て回ろうよ」
アイビーは信じられないものを見るような顔で俺を見た。
「え、嘘でしょう? ご飯食べて終わり?」
「だって今日の目的はそれだろう? マーガレットの顔も見ることができたし、達成したじゃないか」
「余韻は? デートだって言ったじゃない」
「だから食事デートで終わっただろ」
「……なんでだよお。この日のためにバイトの休みを調整したのに……」
アイビーがしょぼくれてしまった。
日ごろからこき使っている以上、流石に罪悪感があった。
「まあ、一日くらい良いか。付き合うよ」
「だから好き! リンクはそういうところ素直でいいね」
一瞬で元気を取り戻す少女。
罪悪感が薄れてきた。
まあでも、彼女には仕事だけを押し付けてしまっているのも確かだ。地元から知り合いのいない土地に連れてきて、あれやこれやと指示だけ飛ばす。
あれ、客観的に考えるとやばいな。
このまま不平不満を募らせると、俺の元から離れていってしまうかもしれない。
それはよろしくない。霊装フォールアウトは必須級の霊装なのだから。
「じゃあどこに行く?」
「服を見に行こうよ。リンク、制服と部屋着くらいしか持ってないでしょ。私が見繕ってあげる。バイト代も入って、懐は暖かいんだよ」
にこにこ顔で財布を見せびらかしてくる、が。
なんか俺、ヒモみたいじゃないか。
女性に働かせて、奢ってもらって。
だけど反論するほどに手持ちがあるわけではない。それが無性に恥ずかしい。俺も何か日銭を稼ごうかな。
再び手を繋いでの移動。アイビーが笑顔ならいいか、と思っていた。
正直、油断はあった。
今日の目的を達成して、あとは余暇。
アイビーという気心の知れた相手とのんびりお買い物をするだけ。
そんな心の隙間に入り込むように、その人物は現れた。
「……あ」
確か名前はレフだったか。
シレネ・アロンダイトの取り巻きの一人だ。もっと簡単に言うと、俺のクラスメイトの女子生徒だ。
彼女もこの休暇に外に出て、色々と買い込んでいたようだった。鞄いっぱいに日用品や衣服を詰め込んでいる。
俺はアイビーとの手を振りほどこうとしたが、外れなかった。アイビーが力強く握りこんでいる。
目はすでに合っている。アイビーは振りほどけない。一瞬の攻防の末、俺は逃げられないことを悟った。
流石に互いに無視できる状況ではなかった。
「えっと、リンク君だっけ」
「ああ、あんたはレフだったか。こんなところで会うなんて奇遇だな」
「私は実家がこのあたりで、足りないものを色々と持ってくる途中だったんだんです、けど」
言いながら、その視線は俺の手から離れない。
具体的には、密着した手と手から。
当然、突っ込みは入る。
「恋人?」
妹だ。という前に、被せ気味にアイビーが頷いていた。
これで妹だと発言したら俺が酷い男になってしまう。アイビーなら私たちそういう関係じゃないでしょくらいは言いそうだ。
アイビー。敵にするとこれほど厄介なのか。
「へえ。羨ましいなあ。学園にいるとそういう色恋沙汰からは遠ざかっちゃいますから」
「学園ではあまり恋愛はないんですか」とアイビー。
「あ、はい。全員訓練の虫ですね。まあ、将来騎士団に入る身分からすると、恋に現を抜かしている場合ではないってことなんでしょうけど」
はあ、とため息。
明らかに不満がありそうな感じだった。
「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃまずかったよね。私は帰ります」
レフはにっこりと笑って学園の方に戻っていった。
「……」
「……」
「……アイビー。どういうつもりだ」
「つい、出来心で」
真剣な目つきは、反省の色が一切見られなかった。
アイビーが俺にある程度の好意を持っていることは当然知っている。彼女の霊装が使えているのだから、それは自明なのだ。
だからこれくらいの独占欲はわからなくもない。
が。
俺はこれから他の霊装も手にしないといけない。そうでなければ強くなることはできない。アイビーがこんな態度だと、難しい話になってくる。
人によっておまえが一番だよ、なんて囁くジゴロにならないといけないのか。
それで前回は痛い目にあったこともあるし、俺に好感度管理ができるとも思えないのに。
「さ、買い物買い物」
気を取り直して俺を引きずりながら歩き出すアイビー。
流石にその手を振りほどくことはできず、これからの身の振り方を考えることしかできなかった。
後日談。
俺とアイビーが手を繋いで歩いていたことは学校中に知れ渡っていた。
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