第12話


 ◇



 入学式を終え、今年の入学者が三十六名であることを知る。

 式典の後に教室に戻ってくると、三十六名の霊装使いとご対面。一つの中規模都市にいる霊装使いを全員集めたような現状は、はっきり言って壮観だ。


 その中でも異彩を放つ五人。

 四聖剣を操る四人と、王位継承者の王女様。


 事前に知らされることはなくても、その雰囲気で誰もが理解することになる。自分は他の人間とは違うという自覚と意識。それらは立ち振る舞い一つを変化させるのだ。


 普通の生徒たちはそんな彼らに近寄ることもできていない。

 まだ仲良しグループもできていない現状。誰と学生生活を一緒に過ごすかという大切な選択の瞬間。誰もがけん制し合い、同時に親睦を深めようとして機を窺っている。

 そんな中。


「ふふふ。皆さん、どうかそんなに緊張しないでくださいまし。ここにいる私たちは総じて、国に尽くす霊装使いなのです。全員が同じ立場なのですから、楽しく思い出に残る生活にしましょう」


 四聖剣の一人、シレネ・アロンダイト。

 黒を基調とした髪に、白色の前髪がメッシュで入っている女子生徒。髪は丁寧に手入れされているのか艶めいていて、お洒落に巻かれてもいる。


 この歳の少女としては長身で、痩身。膨らみ始めた胸部と臀部はすでに女性を主張している。

 成長度合いに差がある少年少女の中、大人びていて、四聖剣という立場を持つシレネ。彼女が言葉を発すれば、視線がそちらに向くことは必然だった。


「私たちは力を合わせて行かなければなりません。私たちの一挙手一投足が国のためになり、国民を救うのです。ですから、堅苦しさによって私たちの絆が引き裂かれることはあってはならないこと。仲よくしましょう」


 聞こえの良い言葉。

 それは子供たちの中に容易に浸透していく。

 そんなシレネの言葉を皮切りに、周りでは談笑が始まっていった。


「あれでも性格が破綻してるのか?」


 レドは俺の隣の席に座って、シレネを顎で指し示す。

 すでにシレネの周りには多くの女子生徒が集まっている。この教室での権力者は決まったようなものだった。


「ああ。見てくれや行動、言葉は完璧なお嬢様だけどな」

「本当か? 何も裏がありそうには思えないけど」

「あいつには裏なんかない。だから厄介なんだ」

「また難しいこと言うな」


 シレネのことを言葉で説明するのは難しい。

 彼女は誰の目から見ても英雄なのだから。


「……まあ、おまえがそういうなら信じるけどよ」


 レドは半信半疑だ。

 まあ、それはそうだろう。俺だって昔は彼女を信じていた。見た目通りの綺麗で麗しくて真っすぐに生きてきた子。人に囲まれて、人に信じられて、同時に人を信じた聖人。

 その性根がぐちゃぐちゃだということに気が付いたのは、すでに”犠牲者”が何人も出た後だった。


「巻き込まれたくなかったらあまり深入りしない方がいい」

「そうかい」


 レドは渋面で肩を竦めた。

 その物腰柔らかい言葉で他の生徒の中心になっているシレネ。

 そんな女子生徒たちの中での例外は、四聖剣の一人、スカビオサ・エクスカリバー。他人のことなどまるで興味のない様子。眼を閉じて外界を拒絶している。


 もう一人は、マリー。

 彼女は王女だ。国王の娘で、王位継承者の証である霊装を有している。

 それなのに、お供の一人も周りには居ない。その空間だけは誰もが遠巻きにする。世界と切り離された場所で、そんな場所で一人、マリーは唇を噛み締めている。


 ――不義の王女。


 これと触れ合うのはリスクが高すぎる。

 アイビーと絡んだのとは意味がまるで異なっている。

 彼女に話しかけて仲よくするなんて、この国を敵に回すのも同義だ。

 だからまだ、接触を持つ気にはならない。


 そんなこんなで周囲の動向を確認して、以前とそれが変わっていないことを確認してから、俺は行動を起こす。

 俺がこの場で最初に知り合わなくてはならない存在。


「よお、よろしくな。俺はリンクっていうんだ」


 前の席に座っている小柄な少年の肩を叩いてそう言うと、彼はびくりと震えた後に恐る恐る振り返ってくる。

 このころは少女にも間違われそうなほどに幼い顔つきをしている。銀色の髪は少年にしては長く、線が細い。その下の瞳は同じく銀。揺れているのは、俺に対して幾何かの警戒心があるからだろう。


「よ、よろしく。僕はザクロ・……。うん、ザクロっていうんだ」


 途中で言葉が途切れる。

 彼にとって生家の本家は好ましくないようだ。本人からもそう聞いたことがある。


「ザクロか。よろしく。さっきシレネ様が言っていたように、これからは寝食を共にする仲間だ。仲よくしていこう」

「うん。よろしくね」


 握手を交わす手も小さい。

 だが、男だ。勘違いしてはいけない。


「俺はレド。よろしく」


 レドも手を差し出して、握手を交わす。


「レドと俺は、同じ街出身なんだ。こいつはこの通り不愛想なやつだが、根はいいやつなんだ。仲よくしてやってくれ」

「こいつは見た目通りに根も腐ってるから気をつけろよ」

「なんだと」

「やんのか」


 にらみ合うと、「仲がいいんだね」とザクロは微笑んだ。


「ただの腐れ縁だよ」


 俺は鼻を鳴らす。

 とりあえずザクロとのファーストコンタクトは上手くいった。あとはじわじわと好感度を稼いでいけばいい。


 打算的に。

 計画的に。

 人間関係の構築こそ、俺が生き抜く”手段”なのだから。


「そこな二人はどこから来た?」


 なんて思っていると、一人の少年から声をかけられた。


 抑揚のない声に振り返ると、これもまた四聖剣の一人。

 プリムラ・アスカロン。

 長身の男で、愛想がない。黒色の髪は同じ長さに切り揃えられ、それは彼の性格をそのまま表していた。眼鏡の丁番を抑えながら、眉根に深い皺を作って俺たちを見据えている。

 俺が答えなかったので、レドが答えていた。


「どこから、とは?」

「そのままの意味だ。出生家、出身地、家名。それらを教えてくれたまえ」


 あくまで上から目線。


「俺はレド。名字はマーフィだ。出身地はイウス。東にある小さい街だ」

「ふむ。そっちの君は?」

「名乗るほどの名前はないさ」

「そうか」


 プリムラは一度頷いて、背中を向けた。そのまま他に何も言わずに去っていく。


「お、おい」とレドは追いすがる。「それだけかよ。おまえは何なんだよ」

「やめてくれたまえ。すでに君は私にとって価値を失った」


 振り返りもせずに歩いていき、反対側の自席に戻っていってしまった。


「なんだよ、あいつ」

「あれがプリムラってやつだよ。徹底的な階級主義者だ」


 自分にとって相手が価値があるかどうか。

 それを共にいるかどうかではなく、生まれで判断する。就いた役職で判断する。

 それが悪いこととは言わない。俺だって一般人と王女様に接するのでは態度を変える。

 しかし、それが行き過ぎているのがこの男だ。

 彼にとって、他人は零か百かでしかない。


「……最低だね、彼は」


 ザクロは憎しみを込めてプリムラを睨んでいる。


「本当だ。あんなやつと一緒の空気を吸っているだけで胸焼けしてくる」

「同感だ」


 ザクロと俺とレド、三人は頷き合う。

 人が仲良くなる一番簡単な方法は、共通な敵を作ることだ。嫌いという感情は皮肉にも人の輪を創り出す。


 初日はまあまあ良い日だった。

 これからもこういう日が続けばいい。

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