第11話


 ◇




 その日ばかりは普段はクールぶっているレドもテンションが高かった。


「おい、リンク! 見ろよ! 王都だぞ!」


 馬車から見える王国最大の都市を見て、歓喜極まった声を上げる。俺たちだけが乗る馬車、馬を操る御者が軽く噴き出したのが横目に見えた。


「おいおい、子供かよ。そんなんではしゃぐんじゃない」

「うっせ。おまえは何度も見たかもしれないけど、俺は初めてなんだ」


 顔を赤くしながらも、眼前にやる視線を逸らそうとはしない。

 元来素直な性格な彼だ。放っておくに限る。

 レドに反してクールなのがアイビーだ。平素な顔で、


「リンクは全然はしゃいでないけど、以前に来たことがあるの?」

「ああ。まあ、前世だけど」

「そういえば、前世でも学園に通っていたんだっけね。王都はお手の物なわけだ」


 元来の栗毛に脱色剤をかまして、灰色の髪色になった彼女。顔つきがわからないように前髪を垂らしていて、髪の隙間から片目だけが俺を覗いていた。


「アイビ……、アイは随分と落ち着いているんだな。来たことがあるのか?」

「ないけど。私だって本心はレドと同じ気分だよ。でも、なんといっても私自身がお尋ね者ですからね。無暗にはしゃぐわけにはいかんのです」


 やれやれと肩を竦めて見せる。

 とはいっても、ちらちらと外に視線を投げる様子はせわしない。

 犬だったら尻尾をぶんぶんと振っていそうだ。


「ここでくらいいいだろ。俺たち以外いないんだから。王都ではあまり積極的に行動してほしくないし、今のうちにはしゃいでおけよ」

「ひゃっほう!」


 俺の許可と同時にレドに並んで馬車の外に顔を出すアイビー。

 髪が風に煽られて顔が顕になるが、彼女も彼女で喜色満面だった。

 大人びていても、結局は子供というわけだ。


「ふふ。子供だな」

「カッコつけてんなよ。おまえだって服の裏表が逆だぜ」


 レドに指摘されて、確かにその通りだと気づく。

 いやしかし、俺の持っている感情は二人とは少し異なっている。

 これから王都で起こりうることを思い返していたから、寝不足なのだ。

 学園を中心に色んなことが起こる。それに対して、どう対処しようか対策を練っていた。


 打算的に。

 計画的に。

 魔王を打倒するために、何が最善で最高か。

 それを考えていたのだが、流石に思い出せることには限度があって、重要なところ以外はその場で考えることになるだろう。


 大丈夫。

 以前の俺とは違って、すでにアイビーとレドという仲間も、二人の霊装も俺の手元にある。

 現実は以前よりも改善しているのだから。



 ◇



 学園での手続きは順調に進んだ。これから二年間を過ごす場所。同じタイミングで入学する生徒たちの顔ぶれを見て、とりあえずは安心する。

 どれも俺が知っている顔だ。

 現在が俺の知っている現在なのだから、未来も俺が知っている未来になりうる。


 受付で霊装を見せると、俺は自分の霊装の能力をまだ不明瞭であると答えた。

 前回の世界の入学時と一緒。

 正直に答えると、俺の行動が阻害されることになる。

 純粋な思いが尊ばれる世界。嘘つきは嘘をつくに限る。


 そんなこんなで一日が終わって、俺たちはこれからを過ごす寮に向かう。学園内に備え付けられた小奇麗な建物は、貴族の子息も多い分、よく手入れがされていた。


 基本的には二人部屋。

 俺はレドと同室だった。

 同郷だから気を遣ってくれたのかと思っていたが、名前の順らしい。


「中々にいいところだな」


 絨毯が引かれ、机が二つ。ロッカーとベッドが備え付けられていて、十分に広い。


「霊装使いってのはそれくらい重宝されてるんだな」


 好待遇に鼻を鳴らすレド。


「そりゃあな。霊装使いは国の重要な戦力だ。ここをケチって反乱でも起こされたらたまったものじゃない。未来への投資だと考えれば安いもんだ」

「ウィンウィンってやつか」


 言いながら、荷物を解き始める。


「お、広い広い。それに綺麗だし。良かったあ。これで私も気兼ねなくここに来れるね」


 部屋の様子を確認して俺やレドよりも安心していたのは、アイビーだった。

 気が付くと俺たちの部屋にいて、首肯を繰り返している。


「どうやって入ってきたんだ……って、愚問だったな」


 レドの視線は天井に向いた。そこにはナイフの切り傷がついている。外の窓から霊装を投擲して入り込んだらしい。


「二人の入った部屋は見えてたからね」

「外からナイフを投げたのか。目立つようなことをするなよ」

「なんだよ! じゃあ私だけ一人でいろって言うの? 二人はすでに生徒だけど、私には何も肩書がないんだ。宿をとるにもお金がかかるし、こっちの方が経済的でしょ」


 鼻息荒く訴えるアイビー。確かにその通りだ。

 何よりも彼女を一人で王都に放り出すのは危険だ。アステラの雇い主に見つかったら何をされるかわからない。


「これからもこの方法を使うんなら、天井に添え木か何かをして、補強しておかないとな」

「って、リンク。それでいいのかよ。毎晩アイビーをこの部屋で寝かせるのか? ベッドだって二つしかないんだぞ」


 レドは口を尖らせている。


「別に二人で寝ればいいだろ。寝れなくもない」


 用意されたベッドは上等かつ大きなもので、十四、五歳の少年少女二人なら余裕で寝そべることができる。

 アイビーに振り向くと、顔を赤く染めながら身体をくねらせている。


「そ、そうだね。もうすでに何回も一緒のベッドで寝てるし、今更だよね」

「俺が嫌ならレドの方でもいいぞ。なんなら俺とレドで寝てもいい」

「私がリンクと一緒に寝る! ほら、私は小柄だし、リンクとレドとを比べたらリンクの方が小柄だし、そっちの方が妥当でしょう。一番効率よくベッドを使える!」

「了解」

「……二人で変なことするなよ。変な匂いとか声とかしたら、放り出すからな」


 レドがため息を吐きながら自分の荷物を整理し始めた。

 俺も荷物を解き始めるが、レドと比べて荷物は少なく、すぐに整理し終わってしまった。

 アイビーは俺のベッドに腰を落ち着かせていて、


「で? これからどうするの? 二人は学園で霊装の使い方を覚えるとして、私は何をすればいい?」


 アイビーも霊装使い。学園に入る条件は満たしている。しかし、彼女の身の上を考えると、学園という公の場所に置いていくのは危険だ。

 そんな状況のアイビーを連れてきた理由は、大きく分けて二つ。


「まずは情報収集だな。本当に俺は前回と同じ世界を生きているのか。今のところ知った世界だけど、魔王が何かをしている可能性もある。俺が知っている過去に起こったことを伝えるから、同じ状況になってるか調べてくれ」

「あいあいさー」

「危険な場合はすぐに引いてくれ。何かあったらすぐに報告すること。一応おまえは狙われてたんだからな」


 二つ目は、俺たちの地元の街に置いておくのは危険だということ。

 アステラは信用しているが、雇い主の疑い深さがどれほどかわからない。街でアイビーの生存を確認するかもしれない。

 一応、あの日からアイビーは道場には通わせず、消えたということにした。消息不明につき、さようなら。他の訓練生、特に仲の良かった女子訓練生は動揺していたが仕方がない。


「過保護」とレドがぼそりと呟いたが、聞こえなかったことにする。せっかく救ったのに、簡単に死なれたのでは困るだけだ。


 アイビーは頷いて、


「了解です。私はすでにリンクの所有物だし、言う事聞くよ。むやみなことはしない。私の霊装は逃げに特化してるし、大丈夫だよ」


 本来フォールアウトは逃げに特化した霊装だ。投擲した場所に移動できるから、移動先は三次元どこでもいい。

 しかし、前世でアステラに殺されている。油断は厳禁だろう。


「油断するなよ。ばっさり背後からやられることもあるんだからな」

「大丈夫だって。私だって鍛えられたんだから」


 あんまり言ってもしょうがないか。こればかりはアイビーの飄々さを信じるしかない。

 荷物を備え付けの棚などにしまい終えたレド。こちらに振り返ってきて、


「で、俺たちの方はどうするんだ? 学園に通うんだろうが、普通に通っていいのか?」

「そうだな。基本は学園のカリキュラム通りに生きていこう。でも、俺たちにもやることがある。魔王を倒すための戦力を集めたい」


 俺がアイビーとレドを集めたように、信頼できる者を集めたい。


「他の霊装使いに声をかけるのか。話に聞いたんだが、今年は豊作なんだってな。四聖剣の跡取りが全員入学するし、王女様もいるんだろ?」

「そうだ。目標としては、四聖剣全員と仲良くなり、王女の庇護も得たい」

「了解。優先的に話してみる」

「だけど、絶対に無理だ」


 自分で提案しておいてなんだが、断言できる。

 というか、この魔王討伐という行為が難解になっているのは、彼らのせいなのだ。


「無理? どういうことだ?」

「四聖剣は全員性格が破綻してるからな」


 思い出すのも腹立たしい。

 彼らが協力出来れば魔王だの魔獣だのなんて意に介さないはずなのに、そんな様子は毛ほども見られなかった。


「一人は優等生な振りをしているが、倫理が破綻している。一人は一匹狼で、すでに身内を何人も殺してる。一人は階級主義者で、庶民丸だしな俺たちじゃ話は通じない」

「はあ? それでよく人類の代表だなんて名乗れるな」

「実力は間違いないからな」

「それで、最後の一人は?」

「とっかかりがあるとすれば、最後の一人だ。俺は彼のパーティーに入って魔王に挑んでいた。あいつならまだ話が通じるから最初に話すとして、それ以外はどうすればいいか考えも及ばない」

「まじかよ」


 呆れた様子のレド。

 残りについては出たとこ勝負で行くしかない。理想は彼ら四人を同じパーティーにすること。四聖剣が協力し合えば、魔王だって何とかなるはずなのだ。


「王女様は?」


 アイビーが軽い調子で聞いてくる。


「王女は……、まあ、多分二人ともすぐに噂が回ってくるから余計なことは言わないでおくけど、大変な人だよ。ひとまずはスルーでいい」


 通称、不義の王女。

 最初のうちは話せもしないだろうから、放っておくことにする。


「とにかく、理想は四聖剣と王女と仲良くなることだ。しかし、これは厳しい道のりになる。なので、随時状況を確認して行動を選択することにする。まずは四聖剣の一人――ザクロ・デュランダルと仲良くなることから始める」


 二人の首肯。

 方針を決めたことで寝ることにする。

 蝋燭の火を消して、月明かりを頼りにベッドの中へ入っていく。


「温めておきましたよ」


 とすでに中に入っているアイビーからの軽口。


「ありがとう」


 確かに暖かい。

 これだけでアイビーを救った価値があったかもしれない。

 なんて。


「こっちこそ、ありがと」


 こそばゆい御礼を耳に、明日からも頑張ろうと誓うのであった。

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