第6話
◇
レドは最初こそは無駄なプライドを有していて面倒くさいやつだと思っていたが、話すようになるとただ真面目なだけだということがわかってきた。
当初こそ俺に反発してきたが、夜中に一緒に霊装の訓練を行う事で、仲は深まっていったように思う。
今日も今日とて夜中の訓練を行った後。
「なあ親友。これでおまえもパーティーメンバーに入ったってことだな」
霊装バルディリスを一心不乱に振っているレドに近づいて肩を組んだ。そんな俺に対して眼を細めてくるレド。
「……おまえさあ、気持ち悪いんだけど」
「ひどいな。そんな風に邪険にしなくてもいいだろ。俺のアドバイスのおかげでバルディリスの動きも洗練されてきたじゃないか」
「それはそうなんだが、おまえ、そんなキャラだったのか?」
レドの胡乱な目も尤もだ。
俺は周りから冷血漢だの鉄仮面だのと称される男。
それがこんな友好的に肩を組むなんて。天変地異が起こるな。
「なんというかね、リンクは一言でいうと”打算的”なんだよ」
夜中の道場には俺たち三人しかいない。ゆえに、アイビーにも霊装を使用することを許可しておいた。彼女にもいざという時のため、自分の霊装の使い方を学んでもらいたい。
ナイフを自分の行きたい場所に放り投げて、移動。微小なズレも起こらないように何度も反復練習をさせる。
レドに肩をかける俺。アイビーはその隣にナイフと共に飛んできて、思案顔。
「基本的に自分の興味のないことには目も向けない。だから冷たく思られるんだけど、逆も然りで、興味あることには全力なんだよ。魔王を倒すための行動だったら、なんでもしそう」
「確かにそうかもな」
俺は頷く。
今まで言語化したことはなかったが、客観的に見ると俺はそういう人間だった。
打算的。確かにそうだ。
自分がどう思われようが、極論どうでもいい。
例えば騎士団に入るのが目的だったら、自分を鍛えて、足りない部分は地べたに額をこすり付けることも厭わない。
「魔王を一発で殺せる霊装を持つ人がいたら、全身すら差し出しそうだよね」
「厭わないな」
「きも」
常識人枠はパーティーには必要不可欠だ。
そういった意味でも、レドには是非とも傘下に加わってほしい。
レドは肩にかかった俺の腕を見つめて、
「じゃあ何か? おまえは俺の霊装が目的で近づいてきてるってことか」
その通りだった。
「その通りだ」
口に出していた。
「け」
レドは口を尖らせて俺を振り払う。
「待て待て。なんでそれで機嫌を悪くする? おまえの霊装が将来役に立つからというのはもちろん理由の一つだが、おまえの力あってだろう。おまえとおまえの霊装が、世界を救うんだぞ」
「世界なんかどうでもいいんだよ。俺の手は小さいんだから」
鼻を鳴らして離れていってしまった。
何がそんなに気に食わないんだ。俺はしっかり褒めただろうに。
「あはは。リンクはやっぱり人付き合いが苦手だね」
「アイビーならうまくやれるっていうのか?」
「リンクよりはね。貴方はねえ、打算が過ぎるんだよ。人間はね、すべての行動に理由がつけられるわけじゃないの」
俺は肩を竦めた。
魔王を倒す。
そのために行動している。魔王を倒すために仲間を増やして、優秀な霊装持ちを鍛えていく。
それは間違った行動ではないだろう。
「貴方の身体が欲しいですって言われて喜ぶ女の子はいないでしょう?」
「レドは男だぞ」
「……そういうことじゃないんだけど」
アイビーの呆れ顔。
俺は変なことを言っているだろうか。
「俺は間違ったこと言ってるか?」
「いんや。間違ってない。でも、それは正しいとは限らない」
「禅問答かよ」
「答えはちゃんとあるよ。言葉にするのは難しいけど」
言葉にできないならそれは答えじゃないだろう、と言いたくなったが、これも所謂”間違っていない”答えなんだろう。アイビーに言い返される未来が見えた。
俺は口を閉ざすことにした。
そんなこんなで、俺とアイビーが道場に入門してから、一年が経とうとしていた。
その間も多くの門下生たちが辞め、新しい門下生が入ってくる。入れ替わり立ち代わり、人々は循環していく。
俺とレドは道場内でもトップの力を持っていた。特にレドは俺が入ってきてから従来の負けん気が発動したようで、鬼気迫る勢いで訓練に打ち込んでいた。それを見てムクゲは満足そうな顔をしているので、俺が道場を追い出されることはなさそうだ。
アイビーも少女の中ではトップの運動能力を持っていた。霊装は使用させないが、それでも十分。木刀でばったばったと他の訓練生をなぎ倒していく。
俺自身も、前回、十四歳の際の俺よりも強くなった自信がある。何が自分に足りていないか、それは昔から自問自答していたから伸ばすべき分野はわかっていたし、子供の頃であれば癖の矯正も楽だった。
このまま道場で自分を鍛えて、さらに一年後には学園に向けて旅立つ。
そしてそこで、本格的に魔王を倒す算段を立てていくのだ。
順風満帆なのは間違いがない。
そんなある日だった。
俺は油断していた。
いや、正確に言えば、油断も慢心もなかった。何しろ、それはもう起こりうる未来ではないと思っていたのだ。
それが起こらないように、俺は一年間も彼女に厳命を繰り返していたのだから。彼女の人生に足を突っ込んでいったのだから。
がしかし、死神は少しの矯正ではその鎌を収めようとはしないようだ。
「もしもし」
その日、道場の門を叩いたのは、一人の青年だった。
金髪を短く揃えた整った顔の彼は、柔和な笑顔と共に、応対した俺に問うた。
「ここにアイビー・ヘデラという子はいますか?」
俺と視線を合わせるようにかがむ長身の男。
その笑顔は近所のおばちゃんたちが井戸端会議の話題に出すような綺麗なもので、人によっては一瞬で懐柔されそうなものだった。
だから、なのか。
しかし、なのか。
俺は答えに逡巡した。
わからない。原因も、理由も、これから何が起こるのかも。
ただ、この一年間、俺やアイビーを訪ねてくる人なんかいなかった。俺たちはすでに天涯孤独。孤児院だって、去る者追わず。わざわざ探しに来たりしない。
考えるべくは、この男が来た理由。
何の目的で、アイビーを探しに来たんだ。
「……」
「えっと……、アイビー、って子で、茶色の髪で、黒目の子らしいんですけど……ここじゃなかったかな?」
俺が無言だったからか、青年の笑顔にヒビが入る。困ったように眉が寄った。
「リンク。ムクゲさんが呼んでるよ」
俺の迷いを蹴散らすように、当の本人が俺を呼びに来た。
アイビーと青年、二人は互いを認識した。
青年の方は眉を上げて、アイビーの方は平素の様子で。
「君は?」
青年がアイビーに問う。
「私? アイビーだけど」
「苗字は?」
「ヘデラ」
「そうかい」
青年の笑顔が曇った。
見つけた、という希望。
見つけてしまった、という失望。
不思議にも、両極端な感情が垣間見えた。
青年は確認すべきことが終わったとでもいうように、体を起き上がらせた。そのまま背を向けようとするのを、俺は止めていた。
「あんたは?」
青年が顔だけで振り返る。
さっきの柔和な雰囲気はどこへ。冷淡な目が返ってきた。
「アステラ、と申します」
その名前には聞き覚えがなかった。今までの俺の人生の中で、出会ったことがない。偽名かもしれないし、委細はわからないことだが。
アステラは去っていく。
後に残ったのは、俺とアイビー。
「リンクの知り合い、じゃないよね?」
「逆に聞く。おまえはあいつと会ったことがあるか?」
「ないよ。何か雰囲気がある人だったね。ここらへんじゃあんまり見ない感じ」
確かに、その所作は妙に洗練としていた。
このあたりの治安ではありえない。
だからこそ、漠然とした不安があった。
何かを取りこぼしたような気持。しかし、何をいつどこで落としたのか、まったく見当もつかないのだ。
「アイビー」
「なに?」
「しばらく外に出るな。絶対に一人になるな。寝るときも俺の部屋に来い」
「は、え?」
眼が点になるアイビー。
「な、なに、それってそういうこと?」
「どういうことでもいい。絶対だぞ」
俺はきっと余裕のない顔をしていただろう。
本気の加減が伝わったのか、アイビーは眉を潜めながらも頷いてくれた。
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